4-55 こびりついた感触
今回の戦いは皆ボロボロだった。
唯は生命力を使い果たして動けなくなっていたし、空もよく分からない力で吹っ飛ばされて気絶していた。
情けないことに俺も腰が抜けてフォレオ達が来るまで動けなかったし、フィアとシルフェ、フォレオもふらふらだった。
ここまでしてやられたのはジェルドーの時以来だろうか?
とはいえ、今回はセルビスを捕まえることが出来た。これは一つの収穫だ。
そんなセルビスはと言うと目を覚ますなり……。
「少女よ。名前は何というのだ? 元々気に入ってはいたのだが、我を倒した貴殿なら我が求婚するに不足ない。いや、違うな。我は貴殿に惚れたのだ。どうだろうか? 一度考えてはくれないか?」
「……何のつもりです? いきなり貴殿とか呼んで気持ち悪いのです。それにそもそも、あなたは犯罪者なんですよ? 身の程を弁えて下さい。それに! うちはリザードマンと付き合うような趣味はありませんので!」
「そうか。では何ならよいのだ?」
「な、何って、それは! ……まぁ? 少なくともフィアや雷人達のような人間の見た目の方が好みです。爬虫類はNGなのですよ」
「なるほど、分かった。ではまずは刑期を全うして、犯罪者から足を洗うところからだな。それが終わったら、またアプローチをさせてもらうとしよう」
「……分かってないですよね? だから! そもそもNGなんですってば!」
何というか、フォレオらしからぬ怒りっぷりだ。
こんなフォレオは初めて見た。
何があったのかは知らないが、フォレオはこの男に甚く気に入られたらしい。
あそこまで言われて引かないとは、セルビスとかいうあいつ、なかなかの強者だな。
しかし、フィアとシルフェもきょとんとしているな。
あっちにいたはずの二人が何で分からないって顔をしているんだ?
まぁ何にしても、とりあえず今回の件はこれで一件落着となった。新たに発生した問題を残して……。
セルビスを宇宙警察に引き渡した後、俺は皆に少し一人になりたいと告げて散歩に出た。
目的もなくただ歩いていると、海辺に出た。
ラグーンシティは人口の島なので浜辺などほとんどないのだが、一部だけ意図的に作られた浜辺が存在する。
その維持には結構な手間が掛かっているらしいが、あと一月ほどもすればシーズン真っ只中なのでさぞや儲けが出ることだろう。
今はもう陽が落ちてしまっているため、ほとんど真っ暗だ。
わずかな月明かりに波の打つ音が響き、真っ暗でもそれなりの風情がある。
周りを見渡すと数人の学生が少し離れた所で花火をしていた。
綺麗な光景だったが、今の俺の心は少しも動かなかった。
僅かな月明かりを反射するさざ波を見ていると、自分がその中に溶けて消えてしまうような錯覚に陥る。
実際、消えてしまえたら幾分楽だろうか?
そんな事を考えていると、後ろから砂を踏む音が聞こえた。
「雷人」
フィアの声だ。俺は無性に苛立った。
そして、それを隠すことが出来ずに全く悪くもないフィアに声をぶつけた。
「俺は一人になりたいって言ったよな?」
「私は一人にするとは言ってないわ」
「……っ、そんな屁理屈を言いに来たのか?」
フィアは黙ったまま、後ろに立っていた。
若干の冷たい風と静寂が空間を占める。
遠くで花火をしている音とさざ波の音、それと二人の息遣いだけが耳に届く。沈黙に耐えられなくなった俺は拳を握りしめた。
「……何で黙ってるんだよ」
そう言った瞬間、後ろからフィアが抱きついて来た。
背中から腕が回され、腹をフィアの手が撫でる。
息遣いがより大きく聞こえ、フィアの吐く息でじんわりと背中が熱くなる。
「……何のつもりだよ」
「ちょっと、雷人に伝えようと思ったことがあってね。雷人、自分の事を責めてる?」
「……っ、当たり前だろ!? 俺は! 俺は……、初めて人を殺したんだ。前は、誰かを守るためなら、人を殺すことだって普通に出来ると思ってた。俺はそれが出来ると思ってた! それが正義なら……出来ると思ってたんだ」
「人を傷つけることが怖くなった?」
「……あぁ、そうだよ。肉を切るあの感触……あれが腕から離れないんだ! 忘れられないんだ! 命が消えるあの瞬間が……忘れられないんだよ」
「分かるわ。私も、人を殺した事はあるから」
「……フィアも、あるのか? じゃあ、分かるだろ? このどうしようもない気持ちが……。この気持ちはどうすれば消えるんだ? 教えてくれよ! ……教えてくれよ……なぁ」
話していると意図せず涙が出て来る。
手で顔を覆って隠すが、体の震えが止まらない。
いつの間にか、花火の音は消えていた。




