4-50 過去を想えど、歩みは止まらず3
いつかはこの日が来るとは思っていた。
傭兵という仕事では昨日元気だった者が今日死んでいることなど珍しくない。
成りたての傭兵はその事を考えないようにしている者も多いようだが、竜人族としては元から当たり前の考え方だ。覚悟は出来ている。
実際、父上が死んだ時にも我の心は全く動かなかったのだ。
……そう思っていたのだが、不意に雫が腕に当たった。
今相対している少女によるものかと思ったが、どうもそうではないらしい。
どうやら我は泣いていたようだ。
「何です? あなた、どうして泣いているのですか?」
「どうやら、弟は死んだようだ」
目の前の少女は俺の言葉に目を大きく見開いた。驚愕を示す動作だ。
そして、目を細めた。あれは同情している時の仕草だっただろうか?
「そうですか、残念でしたね」
「こちらの心配をするとは意外だな。何、我等は常に危険と隣り合わせ、死ぬ覚悟などとうの昔に出来ている」
「……覚悟が出来ているのと悲しいことは別ですよ。実際、あなたは泣いているじゃないですか」
少女は油断なく二丁拳銃を構えながらもそう言った。
その表情からは本気でこちらを慮っていることが感じられる。
そのような精神でこの種の仕事をしているとは、まったく難儀なことだ。
「あぁ、どうやら自分で思っていた以上に我にとって弟の存在は大きかったようだ。恨むつもりはないが……せめて敵は取らせてもらおう」
我がそう言った瞬間、少女の目からは憐みの情が消えていた。
切り替えが早い。思っていたよりもこの少女はしっかりしているようだ。向いていないと思ったことを詫びなければならないな。
「悪いですが、あの人達をやらせるわけにはいきません。止めさせてもらいます」
「……敵に気を遣うのも、身内を最優先とするのも良い。戦う者としてはあまり良いことではないが……女子としては格別に良い。これで我並みに強ければ求婚しているところだ」
「……馬鹿じゃないですか? その冗談、面白くないですよ」
「本気なのだがな……。まぁいい、我が負けるなどありえんのでな」
そう言うと我は腰を落として右手を前に基本の構えを取った。
*****
「はぁー、何でかなー? 何で私達ってこういう役回りなのかなー?」
「芽衣、これも誰かがやらなければならない重要な仕事です。気持ちは分かるけど、もう少しやる気を出して」
「だってー、その誰かが私達である必要はないじゃーん」
「すみません。ですが、他に手の空いている方がいないんですよ」
端末の操作に悪戦苦闘していた芽衣とそれを見守っていた哨はシンシアさん側からの働きかけで、ようやく事態を知ることとなった。
相手がいつぞやのトカゲ男だと聞いた芽衣は、今回も返り討ちにしてやるぜーと息を巻いていたのだが、シンシアから告げられた仕事の内容はただのロボット退治だった。
まぁたあの時の気持ち悪い蜘蛛型ロボットの相手かと思うと、芽衣はげんなりする気持ちを隠すことが出来なかった。
「まぁ? 別にいいんだけどさー。今回はさらに、被害は小さく、迅速に、だったっけ? 注文が多いよぉ」
「そう言わずに、どうかお願いします」
シンシアさんはぶー垂れている芽衣に対して嫌な顔一つせずに(顔は見えていないが)頼んでくる。
どうやらシンシアさんもその検出されなかったロボットの発見に奔走して疲れているみたいだし、ここで私が我儘を言うのも可哀想か。そう思える程度の心は芽衣も持ち合わせていた。
「私も手伝いますし、早く終わらせて後夜祭に行きませんか? 例によってキャンプファイヤーやフォークダンスがあるみたいですよ?」
「うー、はぁ、しょーがない。それじゃあ早く終わらせよっか。お、早速発見! くたばれー!」
言うが早いか手を蜘蛛型のロボットの方に向ける芽衣。
その掌を覆うように植物が腕に絡みつき、見る間に植物は筒状になっていた。
そして、芽衣の掛け声と同時にその口の部分から何やら大きめの種が飛び出した。
弾丸のように飛ぶそれをなかなかに俊敏な動きで蜘蛛型ロボットが躱す。
だが、種は突然空中で弾けてその弾道を変え、見事に蜘蛛型ロボットに命中した。
種はそのまま急成長し、蜘蛛型ロボットを締め上げるように絡みついていく。そして……。
バキッ! ボキッ! プシュー……。
足を完全に折られたロボットは動けなくなり、煙を上げ始めた。
それを見て芽衣はうんうんと頷いて見せる。
「さんざん被害が大きいって怒られてたからね。コンパクト且つ強力な力を持てるようになりました! 大変だったけど、やっぱり実際に使えると楽しいね!」
「その腕のそれ、もしかして私の幻想兵装の真似ですか?」
「うん哨ちゃんのを参考にさせてもらったよ! だってカッコいいもんね!」
「ふふふ、芽衣は分かってますね。でも、それならもっと改良して表面の状態を整えれば……」
「ちなみに名前は飛び出せ圧縮君! 種から種が飛び出して、着いた先で急成長して圧縮するんだよ!」
芽衣に褒められたことで舞い上がり、趣味の世界に入り込む哨を気にした様子も無く元気に告げる芽衣。
自分の言いたい事を喋りたいだけ喋る少女達に、端末から若干引き気味の声が聞こえた。
「あはは、それはなんとも……凶悪な種ですね」
「えー? そうかなぁ? 私は可愛いと思うけどなぁ」
「……ソウデスネー」
芽衣に対する感想を押し殺しつつも態度を隠し切れないシンシアに、良くも悪くも純粋な芽衣は頭に疑問符を浮かべるが、目の前にまた現れたロボットを見てそんなことはすぐに忘れるのだった。
「種の形状を気にかければもっとカッコいいし、きっと飛距離も……」
「もう! 哨ちゃん、敵が増えて来たよ! そろそろ戻って来て!」
「はっ! ごめん、ついスイッチが入っちゃって……」
「うんうん、戻って来たね。よーし、試したい種はまだまだあるからね! どんどん行くよー!」
「はい、私も試したい物を思いつきました。行きますよ。幻想兵装!」
最初のやる気のなさはどこへやら、嬉々として走り出した少女達と追われる蜘蛛型ロボット。
その光景は何も知らない一般人達の間で妙な物を腕に着けて疾走する奇行少女として、的外れな噂になるのだった。
何やら、腕から妙な物を生やした少女達が元気に走り回って、その後にはどういうわけか燃える塊が散乱していたそうですね?
いやぁ、芽衣は噂の種をばら撒くのが得意みたいですね。
さすがは植物使いだ!
ついでに悲劇の芽を摘み取る地味な作業もお願いしますね!(丸投げ)




