4-47 仮初めの覚悟は崩れ、付けを清算するは今5
「ふー、ふー、俺が、切ったのか?」
生きた肉を切り裂く感覚。慣れないその感覚が、怒りの感情に突き動かされる俺に冷静さを取り戻させた。
思えば、実際に人を切ったのはこれが初めてだ。
仮想訓練とは少し違う。硬く柔らかい、何とも言えない感触。
目の前の倒れている男からどんどん血が広がっていく。
鉄臭い独特の臭いに吐き気が込み上げてくる。
「はぁ、はぁ、うっ……ぁ、そうだ。空は……」
仮想空間で瞬閃雷果を放った時ほどではないが、体を無理に動かしただけあって全身が痛い。
特に、刀を振るうために雷輪で重点的に力を加えていた右腕は、しばらく力が入らなそうなレベルだ。
同時に若干の気怠さを感じつつも、寝転がる親友の元へと歩を進める。
「無事、か?」
「……うん。ちょっときついけどね。何とか生きてるよ。あーあ、今回こそは活躍出来ると思ってたんだけどね。また助けられちゃったなぁ」
見下ろした親友は血に塗れていたが、どうやら傷自体はすでに塞がっているらしかった。
安心したらさらに疲れが出てきた。空が大丈夫なら、次はバルザックだな。
自分がやったことながら、なかなか大量の出血だ。大丈夫だよな?
「空、ギリギリのところに悪いんだが、バルザックの手当は出来そうか?」
「……うん、自分のと違って、他人のなら何とか出来なくもないと思う。ちょっと肩貸してくれる?」
「あぁ、しっかり掴まれ」
空を担ぐと、若干覚束ない足取りでバルザックの元に向かう。
改めて見るとなかなかに深く切れていたようだ。
あの硬い鱗を切るなんて、俺もなかなか捨てたもんじゃないな。
っと、今はそんなことを考えているほどの余裕はない。とにかく急がないとな。
「バルザック。今手当をしてやるが、暴れるなよ? 負けを認めるんだ」
「ごぼっ……、は、はは、手当でござるか? 甘い考えを持っているみたいでござるね。だが、もう遅いでござる。……拙者も……潮時でござるか。無念……でござる……が、兄者がいれば、繋がる。心配など……不要でござるな」
「は? 何、言ってるんだよ。お前はこれから宇宙警察に捕まって、罪を償うんだ。勝手なことを言うなよ。逃がさないからな? それじゃあ頼む。空、やってくれ」
「……うん」
目の前で腹から胸にかけて大量の血を流したバルザックが地面に倒れている。
流れた血は地面に大きな血溜まりを作っていて、一目で危険だと分かるレベルだ。
空が治療を開始したが、どうにも血が止まらない。
おい、このままじゃ、本当に……。
「止血……そうだ。止血をしないとな。空だけに任せることはないよな。俺も手伝うぞ」
「……」
真剣な表情で能力を使う空。その表情は、言葉にしなくとも危険な状態であることを如実に物語っていた。
俺はすぐにバルザックの体に手を添え、カナムで傷口を物理的に塞ぎ、圧迫していく。
生暖かい、ぬめっとした感触が手に纏わりついた。
それは、俺に自分がこれをやったのだという事実を鮮明に叩きつけてきた。
「違う。違うんだ。俺は、俺は……」
鱗を叩いた硬い感触の後に、硬いが比較的柔らかい感触。
細い何かの束を切り裂いていく感触。肉を裂く感触が腕にこびりついていた。
俺はその感触を消し去りたくて、真っ赤に染まった右腕を掻き毟った。
内側から新たに赤い液体が出て来て、赤黒く変色してきていた色を塗り直していく。だが、痛みを感じても、血が流れても、肉を切ったあの感触は消えない。
その時、突然掻き毟っていた腕が動かなくなった。
見ると空が俺の左腕に組み付いて掻き毟るのを妨害していた。
「空……俺は……俺はぁ!」
「分かってる。分かってるよ……雷人! でも、これ以上は止めてよ! どうしようもなかった! あそこでやらなかったら、今倒れていたのは僕達だ! 雷人は僕を助けてくれたんだ! そうでしょ!?」
「だけど、でも……、俺は……」
「……わはは、そうだとも。戦士たるもの、常に死と隣り合わせ、拙者等がしていたのは武道の試合ではないでござる。純然たる殺し合い。死合いでござるからな。お主達がやらなければ、拙者がお主等を殺していたでござるよ」
「血が止まらない。このままじゃ、傷が塞がるまで間に合わないよ……」
空の言葉に雷人がさらに顔を青くする中、当の本人はどういうわけか笑っていた。
どうしてだ。お前達には何かやりたいことがあったんだろ?
なのに、どうしてそんな顔が出来るんだよ!?
「自分の状態……は……自分が一番、分かるでござる。勝ったのは……お主等でござる。天晴れでござった。戦士たる拙者の、最後の相手に、不足はなかったで……ござるよ」
「バル、ザック……」
バルザックは死を前にして笑っている。恨んではいないと言っている。
しかし、それが理解出来ても何の足しにもならない。手が震えている。
分かった気になっていた。その気になれば、守るためならば、俺は誰かを殺すことすら普通に出来ると思っていた。
でも、考えることと実際にすることは全くの別物だった。
命の重さ。一瞬で消えてしまい、二度と戻ることの無いかけがえのないもの。
その重さに、俺の心は押し潰されそうになっていた。
自分が、反射的にしてしまったことの重大さが、今更になって襲い掛かってきていた。
「なぁ、死なないでくれよ……。俺には覚悟がなかった。お前の命は、俺には重過ぎるんだよ!」
「ふはは、なんとも……情けない。そして、凄く、勝手でござるな。雷人と言ったでござるか。……勝った者は、敗北した者を糧として、生きていくでござる。この世はそういう風に……出来ているのでござる。だから、受け入れるでござるよ。……拙者もそうしてきた」
「おい、そんなことを言うなよ。死ぬなよ! 俺には、まだ……!」
「あぁ、視界が、霞んできたでござる。死ぬ時は、本当に寒いのでござるなぁ。……拙者も、多くを殺してきたでござる。生きるために、必要だと信じて。しかし、背負うものが……大き過ぎたでござるなぁ。ようやく、解放される。兄者、すまぬ。先に……逝くで、ござ……る」
バルザックの目が完全に閉じ、その全身が脱力するのが分かった。
空がそれを見て首を横に振る。その意味など口にされるまでもなく明らかだった。
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