4-45 仮初めの覚悟は崩れ、付けを清算するは今3
「本当の切り札というのは、最後の最後まで隠しておくものなのでござるよ!」
言葉と同時、不意に地面が揺れた。
言いようのない嫌な予感を感じ取った俺は空を抱えて飛ぼうと翼を形作った。そして、跳ぶために膝を曲げる。
するとその時、地面から高速で何かがせり上がった。
それは壁だ。半径二十メートルほど離れて全周を囲う壁。
空を飛べる俺に対しての切り札がただの壁なわけがない。つまりこれは……
「くそっ! 奴の狙いは!」
「もう遅いでござる!」
全力で上に向かって飛ぶ。
しかし、みるみるうちに影が差し、そして、天井が閉じた。
光が締め出され、真っ暗闇が場を支配する。
俺はゆっくりと閉じた天井に近付くと、属性刀で切りつけた。
しかし、返ってくるのはまるで金属でも切っているかのような感覚。
全力でやれば切れないということはなさそうだが、切り開くのはなかなか難しいだろう。
それに、どうやらこの壁は相当厚い。そう、要するにこれは……。
「土のドームに閉じ込められた……」
「……ねぇ、天井がどんどん下がってきてるよ!」
「まぁ、当然そうするよな」
天井を調べるかのように触っていたらしい空の言葉に納得する。
地面で戦うことを得意とする者が、空中で戦える状況を残すはずがない。
一体奴はどうするつもりだ?
このまま俺達を生き埋めにでもするつもりか?
だが、このドームは奴を中心に作っていた。奴はまだこの中にいるはずだ。
外に出なかったってことは俺達を自身の手で殺すつもりなのかもしれないな。
もしそうだとすれば、迂闊にここから出ることも出来ない。
ここから出ようと思ったら、恐らく授雷砲クラスの火力が必要になる。
そんなものを撃てば俺も唯みたいに一気に力を失って、確実に形勢が悪化するだろう。そんな隙を晒すことは出来ない。
とりあえず、今やるべき事は周囲の状況把握か……。
一先ず、俺は現在進行形で下がってきている天井から離れるために地面に降りた。
そして相手に自身の位置を悟らせないために、光らないように細心の注意を払いながらカナムを周囲に散布する。すると、反応はすぐそばにあった。
「な!?」
バルザックが腕を振る様子が僅かながら感知できる。
この軌道は徒手空拳のそれではない。刀を振る軌道だ。
それを悟ると同時に俺は腕にカナムを纏わせてガードを固める。
属性刀は今からでは間に合わないという判断だ。
そして、再びの爆ぜるような衝撃。
相変わらずの不快感が全身を廻るが、分かっていれば耐えられないこともない。
弾き飛ばされて地面を転がるも、その勢いのままに起き上がって右方向に走る。
どうやって俺のいる位置を探り当てたかは知らないが、弾き飛ばされた方向からは離脱した。
土のドーム内は光が届かずに真っ暗だし、音が反響するから音で正確な位置を把握するのも困難だ。これでとりあえずバルザックの攻撃から逃れ……。
「がぼっ!? うぁ、ぐぇ!」
突然の腹への衝撃に足が止まる。
そして、ここぞとばかりに足に巻き付いた土棘に引っ張られて宙を舞い、地面に勢いよく叩きつけられた。
「この!」
俺はすぐさま起き上がると属性刀で土棘を切り払い、翼を展開して宙に浮かぶ。
一応、周囲に散布しているカナムの反応から土棘の出現は感知出来る。
しかし、さすがに足元からの一撃は回避が間に合わない。やはり地面は奴のフィールドだ。
「くそ、どうなってる?」
当てずっぽうではない。まさに狙い撃つような一撃だった。
まるで、そこに俺がいるのが分かっているかのような……。まさか、バルザックは感知系統の能力も持っているのか?
……そうかもしれないな。よくよく考えてみれば、これはバルザック曰く切り札なのだ。
いくら地上戦を強制出来るとはいえ、自身が相手を補足出来なくなるようなものであるはずがない。
その時、どうやって隠れていたのか声が聞こえなくなっていた空が叫んだ。
「やっぱりそうだ……。雷人! きっとバルザックは地面を伝わる振動とかでこっちの位置を把握出来るんだ!」
「地面を伝わる振動?」
「うん。思えば巨大ゴーレムと戦ってた時も、雷人の方に集中してるはずなのにちゃんと僕達を狙って攻撃してきたし、何かしらの感知系の能力はあるんだと思ってたけど、あいつは雷人を吹っ飛ばした後に隣にいた僕には攻撃しなかったんだ。きっと、僕が動いてなかったから気付かなかったんだよ」
「ほう、その洞察はお見事でござる。だが、気付いたところでもう遅いでござるよ!」
「うぁっ! ぐぅ、僕だってぇ!」
「空!」
声が反響する。音から位置を把握するのは無理だ。
カナムによる索敵は出来るが、そこまで正確なものじゃない。今の練度じゃあ大雑把な動きは分かっても戦闘に使用するには不安の残るレベルだ。
じゃあ、どうする? そんなのは簡単だ。
相手がこっちを把握出来るのなら、躊躇う理由なんて一つもない!
「フラッシュ!」
自身を中心に全方位に放電。これで視界が確保出来る。
とはいえ、消耗が激しいからずっとは無理だからな。短期決戦を仕掛けるしかない!
そして、照らされたドームの中。雷人の目にバルザックの振るう刀が、空の腹を切る光景が飛び込んで来た。切られた箇所から空の戦闘服の色がじわじわと塗り替わっていく。
俺の内側から何かが込み上げてくるのを感じた。




