4-42 反旗の狼煙、ジャイアントキリング
「ハイドロウィップ!」
その言葉とともにフォレオの背中から無数の水で出来た鞭が伸びる。
両手には二丁の拳銃が握られ、その鞭は渦を巻くかのように荒々しくうねっていた。
「ほう。水使いなのか。それが貴様の本気なのか?」
「えぇ、そうですよ。水の恐ろしさをとくと味わわせてあげます」
「それは楽しみであるな。では、ゆくぞ!」
拳を腰の位置に構えるセルビス。
フォレオは油断なく腰を落としながらも拳銃を前に向け、トリガーを引く。
絶え間なく射出される弾丸は余すことなくセルビスの全身に叩き込まれる。
しかし、セルビスは怯むことなく突進を敢行した。
「波動歩! 波動掌!」
「あなたはワンパターンなんですよ。ウォータースケート!」
瞬時にフォレオの足元に水の膜が出来上がり、その上をスケートで氷の上を滑るかのように滑らかに移動する。
真っすぐに突き出された掌底はフォレオを捉えることなく空を切った。
そしてそれを待ち受けるようにして振られた水の鞭がセルビスを全方向から叩く。その間にも弾丸を撃ち込むことは忘れない。
「波動盾!」
しかし、それらは突き出された拳の先で見えない盾のような何かに阻まれたようだった。
弾丸の全てがその勢いを失い地面に落ちる。
威力を優先して水弾ではなく実弾を使用していたのだが、それでもあの防御を越えるのは難しいらしい。
効かないのは分かったが構わずに弾を撃ち続けていると、ほんの三秒ほどで盾らしきそれが消えたのが分かった。
「ふむ、随分と便利な力ですね。盾に鎧、刃に衝撃波。名前からして波動を用いた技といったところでしょうか」
「ほう、これまでにないほど怒っているなどと言っていたが、随分と冷静に観察しているのだな」
「怒っていますよ? ですが、うちは知っているのですよ。戦闘において最も重用なのは冷静さです。相手を分析し、必要な攻撃を加え、必要な防御をする。感情任せに戦えば足元を掬われるかもしれませんが、冷静に戦えば自分よりも弱い相手に負けることはありません」
もっとも、すでに例外を経験しているのですが……。
その言葉をフォレオは飲み込み、笑みを浮かべる。
この笑みは別に愛想を振り撒いているわけではない。
これは自身のはち切れんばかりの感情を抑え込むための仮面だ。
フォレオが笑いながらもスムーズに弾倉を交換していると、何を思ったのかセルビスが語りだした。
「……我が使うヴィスタ流拳法は確かに貴様の言う通り、波動を用いた拳闘術だ。肉体の内を流れし波動。それを体外へ放出することによって様々な現象を引き起こす。波動は時に肉体を覆う鎧となり、時に円形に広がり盾となり、時に薄く鋭く広がり刃となって、時に振動を伝え衝撃となす。生物の体に用いれば体内に入り込み、臓器を揺らす防御不能の拳闘術。まさに、これこそが最強の拳法。それがヴィスタ流拳法だ」
「……突然語りだしてどうしたんです? 説明してくれるのはうちとしてはありがたいですが、あまり人前に晒したくないとか言っていませんでしたか?」
突然のセルビスの行動にその意図が分からず困惑するフォレオ。
出来るだけそれを顔に出さないようにしながらも尋ねる。
果たして、その行動に何の意味が?
「確かにそうだ。この拳法は我がヴィスタ家にのみ伝わる秘伝の拳法。それを外に漏らすことはよいことではない。だが、どうせどのような拳法かなど説明したところで何にもならないのだ。見て真似出来るほどに単純なものでもなければ、原理を知ったとて対応する術もない。それ故に最強の拳法なのだからな」
「……答えになっていませんよ?」
「そうだな。強いて言うのならば、それなりに貴様のことが気に入ったということだ。何かも分らぬままに倒されるのは嫌だろう?」
……これはあれですか? 武人ゆえの情けという奴ですか?
まぁ、確かに話を聞いたところで波動とは何だ? という一歩目で躓くわけですが……。
うちの持つ知識で無理やりに推測するのなら、恐らくこいつの言う肉体の内を流れし波動とは生命力のことで、これを体外へ出した結果、波動とやらに姿を変えているというところでしょうか?
それって、能力を使うのと何か違いがあるんですか?
……結局必要な情報は分からないし、考えるだけ無駄ですね。
こいつは波動とかいう名前のよく分からない力を使う能力者。それでいいでしょう。
「あなたに気に入られてもさっぱり嬉しくありません。うちの中の怒りが大きくなるだけですよ。気分が悪いです」
「そうか。それは残念だな。さて、では続きを始めるか」
そう言って再びセルビスが拳を腰の位置に構えた。
こいつの使う拳法は確かに強力です。
こいつの言っていた通りに防御不能の攻撃であるのなら、こちらは躱すしかなくなりますから。
……そうですね。どうにかして、防御不能の一撃を与えてやればこいつにも勝てますね。
そうすればあの硬すぎる鱗も強靭な肉体も何もかもが関係ありません。
後はどうやってそこまで持っていくかですが……。
冷静でいれば自分よりも弱い相手にはよっぽど負けることはありません。
ですが一方で、自身よりもはっきりと強い相手には大体勝てません。
自分よりも確実に強い者を倒す。
時にジャイアントキリングと呼ばれるそれには、感情の高ぶりによる不安定な、一方で通常よりも強力な力が必要です。
でも、それでは博打が過ぎます。
それは安定的な勝利を求めるうちの良しとするところではありません。
ではどうしましょうか。答えは簡単です。
冷静に怒る。静かな怒り、それこそが重要です。
でも静かに怒るなんて簡単なことじゃないです。
そんなことは分かっています。
それでも、やります。
そうでなければ、うちの大切なものを守ることは出来ないんですから……。
「えぇ、それでは、始めましょうか」
フォレオは今まさに沈もうとしている夕陽をバックに不敵な笑みを浮かべ、二丁拳銃を構えた。
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