1-20 技術開発研究所
早足で付いて行くとフィアはある部屋の前で足を止めた。
扉は他の部屋と特に変わりのない見た目だが、扉の横に何かプレートが付いている。
技術開発研究所?
「着いたわ! ここがうちを宇宙に通用する会社にした立役者っ! 技術開発部の研究所よ!」
「わああああぁ! 止まらないよー!?」
「ちょっ、ごはぁっ!」
フィアが扉を開けた次の瞬間、中から誰かが飛び出してきて雷人に衝突し、雷人は勢いよく後ろの壁に激突した。
「えっ! 大丈夫!?」
「あちゃー……」
突然の事態に空は驚き、フィアは手を額に当てて天を仰いだ。
「いったぁ……。一体何が……?」
状況を把握しようと目を開けると、どうやら腹の上に見知らぬ少女が乗っていた。
ミント色の短髪で小麦肌。小学生ぐらいの身長だが頭にゴーグル、厚手のオーバーオールを着て腰には工具を着けている。サリアさんと同じでドワーフみたいな印象だ。
その少女は俺の視線に気が付くと満面の笑みで親指を上げた。
「お兄さんナイスクッション! 助かったよー」
笑顔でなんて事を言うんだこいつは!
「誰がクッションだ。誰が」
「え、お兄さん以外にいなくない? っていったー! 何するんだよ。おっちゃん」
全く悪びれない少女の頭に拳骨が落ちた。
そしてそのまま脇腹を掴まれて荷物の様に抱えられていた。
一体誰かと思ったら、そこにはボサボサの頭で白衣を着た男が立っていた。
見た感じ歳は三十代くらいだろうか?
「馬鹿野郎。だから危ないって言っただろうが、悪いね兄ちゃん。うちのが迷惑かけて……って、見ない顔だな。お前さん新入りか?」
「えっと、新入りというか何というか……」
咄嗟の事で返答に困っていると、フィアが間に割って入り手を出して引っ張り起こしてくれた。
「はいはい。疑問はとりあえず置いといて、立ち話もなんだし中に入りましょうよ」
フィアの提案に「それもそうか、とりあえず中に入れよ」とおっちゃんと呼ばれた男が言うので、皆で研究所の中に入っていった。
*****
五人は研究所の奥にあった丸いデスクを囲んで座っていた。
白衣のおっちゃんは懐から煙草を取り出したが、すぐさま少女に叩き落とされている。
「じゃあまずは紹介ね。こっちの白衣でちょっとだらしなく見えるおじさんがウルガス・サルファ。ここの研究所の所長だから、ホーリークレイドルでも結構偉い人よ」
フィアが紹介するとウルガスさんは白衣の襟を正し自己紹介を始めた。
「はいどうも。ウルガス・サルファだ。まぁおっちゃんでもウルガスでも好きに呼んでくれ。俺は能力関係の研究をする片手間でここの奴らが使う武器とかを作ってるんだ。なんかあったら相談してくれ」
「こんな感じの人だけど凄いのよ? さっきの指輪だってウルガスが作ったんだから! ウルガス無しじゃうちの会社は成り立たないわ」
ウルガスさんはフィアの言葉に照れくさそうに頭を掻いた。
「おいおい、照れるじゃねぇか。まぁ俺は宇宙一の能力研究者だからな。敬ってくれても構わんぞ」
「あはははは! 敬ってくれとか……っぷ、あははははは! っていたぁ!」
静かにしていたが限界が来たのか少女が笑い出し、またもや拳骨を食らった。
何か本気で痛そうだな、手加減なし?
「こっちの女の子はレジーナ・ラルセイ。匠人族なんだけど……二人にはドワーフの方が通りがいいかしら?」
「ドワーフ?」
三人の声が重なった。
いや何で本人が疑問符を浮かべてるんだよ。
「みたいだなーとは思ってたけど、本当にドワーフなのか?」
「ん? ドワーフって何?」
「レジーナはちょっと待っててね。そう、あなた達の星でいう所のドワーフ。ファンタジー系の作品によく出てくるでしょ?」
フィアが人差し指を揺らしながら言う。
確かに出てくるけど……。
「あれは創作の話だろ? 空想上の存在じゃ無かったのか?」
雷人が少し首を傾げながら言う。
するとフィアが空中で指を振りながら説明を始めた。
「私の知る限り、邦桜のファンタジー作品に出てくる想像上の生物の幾つかは似た種族が実際に存在するわ。天使や悪魔、獣人や怪物とかね」
「そうなんだ。でも特徴が似てるってだけなら偶然なんじゃないの? 同じかどうかは分からないよね?」
フィアの言葉に空が疑問を口にする。
確かにそうだ、全部ならまだしも幾つか例があるだけなら偶然の可能性が高いのではないだろうか?
その疑問に対してフィアは少し難しい顔をする。
「うーん。まぁ、絶対に偶然じゃないとは言えないわよね。でも、特徴が完全に一致してる例も少なからずあるわ。宇宙警察の影響力が強くなりだしたのってせいぜい三百年くらい前らしいし、それより前はフロラシオンだって保護されて無かったんだもの。色んな星の人達がフロラシオンに来て、それを見た人が物語とかの形で後世に伝えたんじゃないかって私は思ってるのよ」
「なるほど、確かにありそうな話だな。特に昔は能力なんて存在しなかったんだ。崇拝や畏怖の対象にもなるかもしれない。それなら、記録じゃなくて物語として残されてるのも分からなくはないな」
「でしょ! そうでしょ、そうでしょ? 意外と私の推測は当たってるのかもね」
フィアは得意気な顔をし、空は驚きつつ「確かにあり得るかも」と言っている。
あくまで可能性でしかないが、偶然よりはよっぽど信じられる説だ。
実際どうかは知らないが、そう考えた方がロマンがあって面白いというものだろう。
「えーと? つまりは匠人族の人が昔フロラシオンに行ってて? フロラシオンではドワーフって呼ばれてるって話?」
今の話を噛み砕いてレジーナが確認する。
子供っぽい行動が目立っていたが、思ったよりしっかりしているな。
「大体そんな感じ、あくまで可能性の一つだけどね」
「ふーん。まぁいいや! 匠人族のレジーナ・ラルセイだよ! ふふふ、お兄さん達は運が良いよぉ。私がサポートをしてあげようーって、いったぁ! ……おっちゃん、しつこいと嫌われるよ?」
レジーナはまた拳骨をもらい、若干涙目になっている。
「何がサポートをしてあげるだ。お前に任せてたら二人ともあの世行きだよ。いやぁ、お二人さん悪いね。サポートが欲しかったら俺に言ってくれ。なぁに後悔はさせねぇよ」
よく分からないが、さすがにあの世行きはたまらない。
雷人と空、フィアはあははーと苦笑いをした。
「そうですか、ありが……」
「ちょっとおっちゃん! なに人聞きの悪い事言ってんの? 私は天才なんだから! 後悔なんてさせないし、間違ってもあの世行きになんてならないって!」
レジーナが雷人の返事に被せるようにしてウルガスさんに食ってかかる。
しかし、ウルガスさんは完全に呆れ顔である。
「なーに言ってんだお前は。今までにお前の作った武器をちゃんと使えた奴がいたか? 試した奴はみーんな逃げ帰っただろうが」
マジかよ。皆逃げ帰るって、一体どんな物を作ればそうなるんだ?
そんなウルガスさんの言葉に当の本人は頬を膨らませて怒っている。
「皆が根性無しなだけだよ。だって私は使えるもん! 皆が使えないわけ無いじゃん!」
「あのなぁ、お前の作る物は確かに凄い。凄いが……お前以外にゃ使いこなせん。調整がピーキー過ぎるんだよ。お前はもっと他人が使う事を考えろ。誰かを受け持つのはそれを理解してからだな」
ウルガスさんが諭すとレジーナは勢いよく立ち上がり、剝れながらドアに向かって走って行った。そして外に出るとこっちを振り返る。
「いーだ! アッと驚かすもの作ってやるもんね! 顔を洗って待ってろバーカ!」
「洗うのは首だ馬鹿!」
ウルガスさんの指摘を聞いたのか聞いてないのか。
大声で叫びながらレジーナは走り去って行った。




