4-34 ヴィスタ拳法の脅威
「どうやら、戦うしかなさそうね。フォレオ、シルフェ! 最初から全力で行くわよ!」
「さっきの動きを見ておよその実力は分かっているのですよ。一対一ならともかく、三対一で負けるわけにはいきません」
「私は空と一緒にいるために全力を尽くすって決めたもんね! 初仕事、頑張るよ!」
「ふん、三人いれば勝てるというのか? 笑わせてくれる。来い、相手をしてやる!」
そう言うとセルビスは地面に降り、腰を落として右手を前に構えた。
武器は無い。構えからして何らかの武術を使うのだろう。
竜人族は堅い鱗を持ってる。
武器を持っていなくてもその拳だけでも十分な凶器だわ。
とりあえずまずは……動きを封じないとね!
「チェーンバインド!」
空中から飛び出た無数の鎖がセルビスに襲い掛かる。
そして、体を縛り上げようとしたその瞬間、セルビスが腕を振ったかと思うと一瞬にして鎖はバラバラに切り刻まれた。
「なっ!」
「波動刀。そして、波動歩!」
言葉と同時、踏み込みで地面のアスファルトが一瞬で砕け、セルビスが一気に加速する。
あの時、ビルの間を一瞬で詰めてきたのはこれか!
流れるような体捌きでセルビスの掌底が迫る。
それを刀で受けようとした瞬間。視界の端で何かが動いた。
「そーれっ!」
その軽い掛け声と共に巨大なハンマーが振り下ろされ、その大質量でセルビスを地面に叩きつける。
腕で防がれてしまってはいるが、衝撃を殺し切ることは出来ずに地面にセルビスの足が埋まる。
「ぬぅ!」
「ありがとう、シルフェ! クリスタル・プリズン!」
「ぬおっ!」
フィアが叫ぶとともに腕を振ると、瞬く間にセルビスの全身が凍りついた。しかし、それをものともせずにセルビスは氷を砕いて足を地面から引き抜いた。
「くっ、完全に凍りつく前に割られるか」
「それを待つほど馬鹿ではないのでな。むん!」
そしてそのまま足を振り下ろすと地面が大きく揺れ、その振動にフィアとシルフェの体が若干浮き上がった。
「うそ! なんて馬鹿力なの!?」
「あはは、すごーい!」
「ゆくぞ! 波動掌!」
わずかではあるが体が浮き、即座に動けない二人に向けてセルビスが掌底を放とうとする。
しかしセルビスが腕を振り切る寸前、何かが側面からその腕を叩き、その軌道を変えた。
「うひゃ! かすったぁ!」
「フォレオね! 助かったわ!」
「二人とも油断しすぎですよ。全く」
側面から飛来したそれはフォレオの水弾だった。
狙いが外れたセルビスの掌底。直後に後方で轟音が鳴り響いた。
「何が……って、嘘でしょ?」
「あはは、危なかったぁ……」
轟音のした先に目を向けると、その直線状にあった廃ビル群に大きなひびが入り、幾つものビルが崩れ去っていくところだった。
「なるほど……これが、あんたの能力ってわけ?」
フィアが距離を取りながらも尋ねると、セルビスは手を振って拳に付いた塵を払い落としながら答えた。
「能力? 違うな。私に能力などというものは無い。これは我等がヴィスタ家に伝わる拳闘術。ヴィスタ拳法だ」
その言葉にフィアはもう一度崩れ去って瓦礫の山と化した廃ビル群に目を向けた。拳法? これが?
「一体どうやったら拳法で離れたビルが何棟も吹っ飛ぶのか、教えて欲しいものね」
「残念ながらそれは無理だ。これは我が一族秘伝の拳法。むやみに口にすることは出来んのでな」
「あぁそう。まぁ、相手に種を明かすわけがないわね」
「凄い……カッコいい! わ、私にもあれ出来るかなぁ?」
「シルフェ、今はそういう空気じゃありません。空気を読んで下さい」
「えぇ? でも、使えたら便利でしょ?」
「秘伝だと言っていたでしょう。教えてくれない以上は使えませんよ」
「そっかぁ、じゃあ、捕まえたら教えてもらおう」
「……捕まっても教える気はないが、そもそも捕まる気もないのでな!」
その言葉と共に突き出された掌底をフィアは鎖を使ってずらし、何とか躱す。
再び後ろにあったビルが何棟か崩れる音が響く。
だが射程が伸びようが威力が凄かろうが関係ない。
全て躱せばいいだけだ。
「むやみに建物を壊すんじゃないわよ! 後が面倒でしょうが! アクセル・ブースト!」
刀の後ろ側から炎を噴出し、刀の速度を上昇させる。
セルビスの腕を切り飛ばすつもりで振り切ると、甲高い金属音と共にセルビスが吹っ飛びビルに突っ込んだ。
「やった?」
「残念ながら何ともないと思いますよ。刃が当たったというのに吹っ飛んだ時点で切れてません」
フォレオの言葉にフィアは自身の握る刀をにぎにぎしながら見つめた。
「何かしら今の感触……ただの鱗って感じじゃなかったけど……」
ぐにゃっとした不思議な感触。
てっきり鱗を切って肉まで届いたのかと思ったけど、確かに硬い感触もあったし、金属音が響いた。
フォレオの言うように吹っ飛んだことも考えると多分切れてはいない。
あの感触はなんだったのかしら?
そんなことを考えながらセルビスが吹っ飛んだ先に目線を向けると、土煙の中からセルビスが姿を現した。
その姿はやはりというか無傷だった。
どうやら鱗にも傷一つついている様子は無い。
「波動鎧。その程度では、我が守りは越えられんよ」
「はぁ、これは……想像以上に面倒臭そうね」
これのどこが拳法だって言うの?
むちゃくちゃな暴論にため息を吐きながら油断なく刀を構える。
全く、少しずつこっちの戦力は上がっているっていうのに、どうして一向に楽にならないのかしらね?




