4-30 竜人族再び
曲がり角から響いた声は低めの、落ち着いた声だった。
全員が弾かれたように後ろを振り向く。
曲がり角の影にいるために姿は見えないが、確実に誰かがいる。
「姿も見せずに様子を窺うなんて、怪し過ぎるわよ。一体何者?」
もしかしたら、さっきのライブを見てやってきた生徒かもしれない。
だが、なんだ? 何か、空気が違うような。そんな感覚がする。
まるで、本能が警鐘を鳴らしているような。
無意識に唾を飲み込む。そして、曲がり角からそれが一歩を踏み出した。
「すまないが、その『こうやさい』とやらに行かせるわけにはいかないな。我らと共に来てもらおうか」
現れたのは赤褐色のトカゲ頭。
いわゆるリザードマンのような見た目の男が仁王立ちで通路を塞いでいる。
その、明らかに異質な見た目にすぐに遊園地での出来事が思い起こされた。
「あなたは……まさか竜人族?」
フィアも同様だったようでそんな事を口にする。
そう、確かそんな名前の種族だったか。
どうやらあの時の奴とは別の奴なようだが、こいつからはなんだかあの時の奴と違って知性を感じる。
あの時の……確か、バルザックだったか?
あいつはあんまり考えてなさそうだったからな。
「久しぶりでござるな。先日のリベンジに参ったでござるよ」
そうそう、こんなござる口調でって……来てたのか。
声と共にもう一つの影が現れる。
一人目は丸腰だが、今度の奴は四本の刀を帯刀している。
装備以外の違いは分からないが、間違いなくあの時の奴だろう。
そんな二人を見て歯噛みするようにフィアが言った。
「まさか、ホーリークレイドルに感知される事無くここまで来るなんてね。しばらく何もなかったと思ったら、こんな事を準備していたの?」
「それは我らの知った事ではないな。我らは傭兵。自身の仕事を果たすだけだ」
「仕事を果たすって、それならこちらに気付かれていなかったのに、どうして奇襲をするでもなく話し掛けて来たのです? 利点をわざわざ放棄するなんてどういうつもりですか?」
フォレオの言葉に新手の竜人族が仁王立ちのまま目を閉じた。
「ふん、知れた事。我らは奇襲は好かん。真正面から戦うのみだ」
「……依頼主はそんな事望んでないんじゃないのか?」
「そうであろうな。しかし、そんな事は我等には関係ない。それが嫌ならば我等以外を雇えばよいのだ」
頭は悪くなさそうだが、何やら硬い頭をお持ちなようだ。
何にしても、こちらとしてはいきなり襲われるよりは良いので何も言う事は無いのだが。
「えっと、ここで戦うと周りに大きな被害が出てしまいます。場所を変えさせてもらえないでしょうか?」
おずおずと言った感じで唯が手を上げそんな事を言う。
わざわざ姿を見せたのにそんな暇を与えてくれるわけが無いだろう。
「いやいや、そんなの了承するわけが……」
「構わん。それに、貴様らのその装束、戦闘には向かんだろう。着替えて来るがよい。我らは貴様らがこれまで戦闘してきたという彼の場所にて待とう」
「するんだー……」
何だこいつら? 何で待ってくれるんだ? 妙なほどに場を整えてくれるな。
有利な奇襲を放棄したり、戦闘の場を選んだり、本当に俺達を殺す気があるのか?
「そんなのまで待ってくれるんだ。随分と余裕なんだね」
「ふん、万全の状態でない者を倒してなんとする。貴様らの話は聞いている。周りに邪魔者が居たり、突然の戦闘では万全の状態で戦えまい」
「我らはお前達の舞踊が終わるのすら待っていたのでござるよ? 今更、少しばかり待つくらいなんともないでござる」
「私達の踊りを見てたんだ? 綺麗じゃなかった? 凄いよね!」
「貴様は裏切ったとかいう、天使族の娘か……。まぁ、傭兵などそんなものか。貴様は前金を貰っていなかったようであるしな。見ていたのは機会を窺っていただけで他意は無い。我らは貴様らの催しを邪魔する程に無粋ではないし、我等とて騒ぎもなるべく起こしたくはない。ただそれだけだ」
「拙者はキラキラしていたのは良かったと思うでござるよ。登場の際にあのような事が出来ればカッコいいでござる」
……どうやら、本当に万全な状態のこちらと戦いたいだけのようだ。
バルザックは何も考えていなさそうだけどな。
「分かった。すぐに準備を整えて俺達も向かう。他の人達に危害を加えないでくれるならそれに越した事はないからな」
「そうか。それでは先に向かって待っていよう。危害を加えないという話だが……貴様らが来なければその限りではない。とは伝えておくぞ」
「逃げないから、念押しなんていらないわよ」
フィアの返答を聞くと二人は踵を返して去って行った。
気配を隠すのが上手いのか、見かけに寄らず足音も立てなかった。実力は疑うまでもないな。
「とりあえず、会社の方に連絡は?」
「うちがしておきました。ゲートに気付く事の出来なかった原因の解明と対策は、順次行われると思いますよ。つまり、現状の一番の問題は……」
「ロボット、ですか?」
フォレオの言葉に唯が続く。それを聞いてフォレオは頷いて見せた。
「うちもこれまでの報告は確認しています。ゲートをこちらに悟られる事も無く開く事が出来たのに、あの二人を送り込んだだけだとは考え難いです」
「シルフェやあいつらの言っていた事が本当なら、相手の目的は何らかの調査って事になるわよね。なら、この機を逃すはずがないわ」
「私は嘘は吐いてないよ。確かにあのおじいさんはそう言ってたもん」
「その、おじいさんが嘘を吐いてる可能性があるって話だよ。シルフェが本当の事を話してても、聞いた内容が正しいとは限らないからね」
「あぅ、そっかぁ」
空の言葉にシルフェが俯く。
皆の言う事はもっともだが、起きてしまった事は仕方ないし、しらみ潰しに探すわけにもいかない。
まぁ、あんな変なロボットが歩いていれば嫌でも騒ぎになるはずだ。
最悪、特殊治安部隊も動くだろう。
だとすれば俺達のやることは自ずと決まってくる。
「分からない事を話していても埒が明かないし、とりあえずあの二人組を捕まえる事を考えよう」
「そうね。ロボットの方はシンシアに確認しておいてもらうとして、私達は侵入不可区画に向かいましょうか。あのバルザックっていうのも強かったけど、新しい方はそれ以上のやばい雰囲気を纏ってたわ。皆、気を引き締めてね」
俺達はフィアの言葉に頷くと、それぞれの控え室へと入っていく。
そして、ステージ衣装を異次元収納に放り込むと戦闘服に着替え、侵入不可区画へと急いだ。
今回も、今まで通り何もなく終わればいいのだが……。
*****
「お兄ちゃんお疲れ様ー! ってあれ? 誰もいないの?」
「誰もいない? ふむ、本当ですね」
会場での投票を終えた芽衣と哨は控え室の場所をスタッフから聞き出すと、その足で突撃していた。
しかし中には誰もおらず、荷物が何も残されていない事からも一足遅かったことが分かる。それを確認すると、芽衣は露骨に不満そうな顔をした。
「えー! もう行っちゃったの? もう、お兄ちゃん達ったら! こういうのってさぁ、もっとこう余韻とかさぁ、そういうのがあるもんじゃないの?」
「芽衣の言う事はもっともですが、この後はあれがあります。その所為じゃないですか?」
「あれ? うーん……何だっけ? あ、そういえば後夜祭があるって言ってたっけ?」
その時、芽衣の腕で突然何かが振動した。
「うわわわわ、何々何!?」
「ふわっ!? び、びっくりしました。突然どうしたんですか?」
慣れない振動に芽衣は跳び上がり、突然横で大声を上げた芽衣に哨はビクッと驚いた。
心臓がバクバクする。息を落ち着けながら振動の元を見ると、それはいつぞやの腕時計だった。
「あ、使い方のよく分からないこれかぁ。これがいきなり振動したんだよ。びっくりしたなぁ、もう!」
「あぁ、その端末が振動したのですね。ホーリークレイドルからの連絡用の端末ですし、また何かあったのでしょうか?」
「そうかもだけど……これ、どうすればいいんだろ? こうかな? それとも、こう?」
貰ったはいいものの使い方が分からず、ずっと放置していたそれに芽衣は果敢にも挑むのだった。




