4-19 魔法をコール
フィアへの失言を笑ってごまかしているとフォレオが机を軽く叩いた。
「そんなことより、サービスはまだですか? さっき別のテーブルでやってるのを見ましたよ」
こちらを見上げているフォレオの言葉に仕事を思い出し、一つ咳払いをしてこの店のサービスを遂行するべくメープルシロップを構える。
「おいしくなる魔法をお掛けします。魔法のスパイスを一摘まみ。さぁ、これでおいしくなりました。どうぞ、お召し上がり下さい。お嬢様」
「おぉ、生で聞くとこのセリフもやっぱりいいわね」
「そうですね。もう一回、もう一回お願いします」
なかなかに好評だな。
恥ずかしいのを我慢してやった甲斐があるというもの……ん?
「え? もう一回?」
「シロップを掛けてるのにスパイスを一摘まみはおかしいですよ! アレンジ! アレンジを下さい!」
なんだか突然流ちょうに話し始めたフォレオに押し切られ、もう一度シロップを構える羽目になった。
それにしてもアレンジだって? 何か気の利いた事を……と思ったが何も思いつかない。
仕方ないな。ちょっと臭いセリフだが、ええい、ままよ!
「おいしくなる魔法をお掛けします。極上のシロップで魔法の呪文を描きましょう。お嬢様だけの……とっておきの魔法を、さぁ、私の愛をトッピングしました。どうぞお召し上がり下さい……」
言いながらケーキの上にハートマークを描く。
我ながら言っていて恥ずかしくなってきた。言葉が尻すぼみになる。
周りの視線が地味に集まってる気がして痛い。唯も、めっちゃこっち見てるし!
そんな中、フォレオはなぜかテンションが上がっていた。
「おぉ! 臭いセリフのはずなのになんか良い、良いですよ! うち的にグッと来ました!」
「それ私にも! 私にもやって! フォレオだけはずるいわよ!」
「執事さーん! その後こっちもお願いしまーす!」
「こっち、こっちも忘れないでね!」
クラス中から謎のコールが掛かり、本気で泣きたくなってきた。
も、もう勘弁してくれ。
俺は今日の事は完全に黒歴史となるだろうと確信しながらも、結局女性陣に振り回されるのであった。
*****
「……ねぇねぇ、空もあれ」
すぐ近くで繰り広げられている恥ずかしいプレイを見ていた空の嫌な予感は思い切り的中した。
そうだよね。シルフェならそう言うよね。
空はポーカーフェイスを意識しつつ、簡潔に答える。
「やりたくない」
「えぇー、やってよ。お願い。見たいなぁ。私も見たいなぁ」
目をうるうるとさせながらの上目遣いは正直に言って破壊力が凄い。
断固としてやらないという気持ちがどんどん曲がっていく。
「ダメだよ。歯止めが利かなくなりそうだし……」
「どうしても……ダメなの?」
本当にシルフェは……、狙ってなくてこれなんだよなぁ。
空は天井を仰ぎ、溜め息を吐いた。
「……はぁ、ちょっとだけだよ。パンケーキはもうシロップを十分に掛けちゃったし、やるならコーヒーだね。……よし、僕の魔法でコーヒーをおいしくしてあげるよ。一、二、三。ほら、甘い甘い、僕の気持ちをトッピングしたよ。ほら、せっかくコーヒーが苦手なお嬢様でも飲めるようにしてあげたんだ。ぬるくならないうちに飲んじゃいなよ」
僅かな沈黙。言う前から分かっていた事だが、想像以上に恥ずかしい。
顔がみるみる熱くなっていく。それを見てかどうかは分からないがシルフェがにんまりと笑った。
「うふふ、やっぱり、今日の空はいつも以上にカッコいいよ。ねぇ、あーんってしてよ」
ここまでやってしまえば、あーんをするくらい変わらない。断る理由もない。
そうなんだけど、恥ずかしい事には変わりなかった。
今、僕はどんな顔をしているだろうか?
「……ほら、あーん」
「あむっ、うふふ、幸せだなぁ」
差し出されたフォークに刺さったパンケーキをぱくりと食べ、今日一番の笑顔を見せるシルフェ。あぁ、もう。可愛いと言わざるを得ない。
今更シルフェの好意に疑いはないし、僕は別に彼女の事が好きじゃないわけではない。
何も考えずに付き合いたいと言えたら、どれだけ楽だろうか?
「……それは良かったよ」
「あ、照れてる! 可愛い!」
屈託のない笑み。
この笑顔を、僕は守れるのだろうか? 僕は、本当に……。
「うるさい。男に可愛いは嬉しくないよ」
「えへへ」
「……全くもう」
まだ僕は、その結論が出せないでいる。




