4-15 迫る壁は高く、越える手段は
工夫、工夫か。
ただやっても駄目なら当然そういう考えに至るわけだが……。
「そうですね。出来る工夫があるならやった方が良いです。でも、何が良いんでしょうか?本番で出来なければ意味がありませんから、今から振り付けを大きく変えるわけにもいきませんよね……ちょっとアクロバティックな振り付けでも入れてみますか?」
唯の提案に思考を巡らせる。
確かにアクロバティックな事もやろうと思えば普通に出来る。
空や天音さんにはキツイかもしれないが、それ以外のメンバーなら一般人の感性からいえばプロレベルのものが出来るだろう。
そう思えば多少の変更はありだと思うが、元の振り付けがあるものだからな。
あんまり変えると違和感が目立ってしまう可能性もある。
とはいえ、地力がない以上は目を引くような何かは必要だ。
アイドルらしさを損なわず、それでいて目を引き、且つ短時間でものに出来ることが必要だ。
さらに欲を言えば今の振り付けにちょい足しくらいで……何かないだろうか?
「どうせやるならさ。僕達にしか出来ない事が良いよね。誰でも出来るような事じゃインパクトに欠けるでしょ」
「うち達にしか出来ない事って何ですか? 銃でも撃ちますか?」
「いや、それはちょっと……」
目にも留まらぬ速さでライフルを取り出してくるくると回して見せるフォレオ。
確かにそれは邦桜の人達には出来ないだろうが……いや、待てよ?
「そっか、そうだよ! あるじゃないか、俺達にしか出来ない事!」
「あるの? それって何よ?」
「とりあえず細かい事は置いといて、思いついた以上はやるしかないな。そうと決まれば構成を考えないと」
「ちょっと? 無視しないで教えてよ」
俺に気付かれるためにか、体を割り込ませてくるフィア。
どっちを向いても視界に入り込んで来る。
……上目遣いはやっぱりグッとくるな。
って、いやいやそんな場合じゃない。
「あぁ、悪い悪い。ちょっと思いついたんだけどさ……」
そうして全員の前で思いついた事の内容を話すと、見事に全員が頷いてくれた。
「それいいじゃない! 面白くなってきたわね」
「なるほど、では問題にならないように会長には私から話を通しておきましょう」
「確かに、こんなのプロにだって出来ないよね。これはいけるんじゃないの?」
「盲点でした。そういう事ならうち達も全力でやりましょう」
「私も、私も! うふふ、ばっちり役に立つよ!」
「あぁ、観客の皆さんの顔を見るのが待ち遠しいですね。これは最高の思い出になる予感がします」
そして、俺達はその思い付きをよりよく万全な状態にするために、予定していたライブ構成の見直しと練習を行った。
残った時間はあっと言う間に過ぎて行き、気付けば椚祭前夜となっていた。
「あ、こんな所にいたの? 皆もう帰っちゃったわよ」
学校の校舎の屋上、その淵の部分に座って星を眺めているとフィアがやって来た。
「よいしょ」
そして、軽々と落下防止の柵を飛び越えたフィアは隣に座って足をブラブラとさせる。
「……いよいよ明日だな」
「そうね。短い時間だったけど、何とか思い描いたレベルにまで仕上がったと思うわ。あの子達の演奏を見た時にはどうしようもないかと思ったけれど、案外やってみれば何とかなるものね」
「そうだな。歌とかダンスとか、こんなに真剣にやったのは初めてだよ」
「私もよ。やっぱり、青春って良いものね。アニメや漫画の中だけの作りものじゃない。それが現実にあるなんて、少し前の私じゃ考えもしなかったわ」
手を星に向けて伸ばし、それを見つめるフィア。
そういえば、フィアは小さい時からホーリークレイドルにいたんだったか?
もし学校にも行ってないなら、青春も何もあったものじゃない。
俺達にとっての青春はあり得るかもしれない話でも、フィアにとってのそれは、お伽噺みたいなものだったんだな。
「……フィアは一人じゃない」
「え?」
「俺も、空も、唯も、フォレオにシルフェもいる。それ以外の人達だって、これから出会って仲良くなるかもしれない。こんな日々は確かにもう無いのかもしれないけど、未来では楽しい思い出も、悲しい思い出も、色んな思い出が増えていってるんだ。なんていうか、上手く言えないけどさ。まだまだこれからだろ?」
照れながらもそう言うと、ポカーンとしたように聞いていたフィアが突然くすりと笑った。
「ふふ、それって励ましてくれてるの? そうね。確かにそう。昔は友達もあまりいなかったけど、今はあなた達がいるものね。私、この時間を大切にするわ」
「ああ、俺も、大切にするよ」
「ねぇ、雷人……」
「ん、何だよ?」
こっちを頬を少し染めたフィアが見ていた。
口をパクパクさせているが、何を言おうとしているのかまでは分からない。
言うかどうか迷っているのだろうか?
するとフィアはそのまま口を噤み、前に向き直った。
「んー、やっぱり何でもない」
「……そう言われると気になるな」
「うふふ、何でしょうね」
そう言って、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
フィアにしては珍しい表情に少し驚いたが、なんとか顔に出ないように堪える。
「そうか。何を言うのを止めたのかは分からないけど、まだしばらくは一緒にいるんだ。フィアのタイミングで話してくれればいいよ」
「……うん。そうするわ。……さ、そろそろ帰りましょ? もしこれで風邪でも引いたら皆が怒るわよ?」
「そうだな。……明日、頑張ろうな」
「もちろん。ふふ、楽しみにしてなさいよね」
「ん? 楽しみに? あー、そうだな。楽しみにしてるよ」
そして、学校から家までの道をフィアと二人で並んで帰ったのだった。




