4-5 人の波に流されて
なぜか腕に抱き着いて来るフィア。
……シルフェに当てられたんだろうか?
いや、まさかな……。
「えーと、フィア? ちょっと近いというかなんというか」
「ご、ごめんね。でもちょっと我慢して、多分手を繋いでるだけじゃ逸れちゃうわ。私だって恥ずかしいんだから、おあいこよ」
目線を逸らしながら言う辺りがこう……グッとくるな。うん、可愛い。
って、いやいや、ダメだダメだ、こんな事を考えていたらダメだ。
フィアだって仕方なく俺の腕に抱き着いてるんだからな。平常心、平常心。
そう思いながらふと前方に視線を向けると派手な服、衣装だろうか? を着た少女が列に向かって手を振っているのが見えた。
少女は進入禁止のロープに囲われた小さなステージの上に立っていた。
周りには警備員が複数いて、その少女に近付こうとするファンを押し留めている。
なるほど、列の進みが速くなったのはこれが原因か。
逆に少女の近くは進みが遅くなっていて係員の人が大変そうだ。
ファンサービスの一環なのだろうが、これは良し悪しありそうだな。
「ん? 何を見てるの? あ、あれレセフィラのフィトちゃんじゃない? ライブの時には入り口付近で出迎えしてくれるって本当だったのね!」
そう言いながらフィアが笑顔でそのアイドルに手を振っている。
周りも人の流れが遅くなっているので、手を放していてもなんとか流されずに済みそうだ。
「アイドルが出迎えなんて珍しいな。ライブ前なんて相当忙しいだろうに」
「レセフィラ・フォシュラも最初から売れてたわけじゃないもの。最初の頃にやってた習慣で今もやってるって話だったはずよ」
「へー、詳しいんだな」
「当然、ライブに来るんだから調べたわ! ネットって便利よね。邦桜にもあって助かったわ」
「なるほどなぁ。フィアはこういうの好きだもんな。あれ? なんか俺達の方を見て手を振ってないか?」
フィトが何やら小さくジャンプしながらこっちに手を振っている。
何かを言っているような気がするが、周りが五月蠅くて生憎こっちまでは聞こえない。
そんな事を言っているとフィアが呆れたように俺を見た。
「あんたねー、それは思い込みってやつよ。こんなにたくさんの人がいるのに私達に向けて手を振ってるわけないじゃないの。……とはいえ、思うだけなら自由よね。じゃあそう思っても悪くはないか。フィトちゃーん!」
呆れた顔はどこへやら、フィアはぴょんぴょんと軽く跳ねながら、手を振り叫ぶ。
そんな二人を俺は交互に見比べていた。
「あのフィトって子、黒髪でマフラー付けてるから、ぱっと見フィアに似て見えるな。いや、実際フィアのルックスならアイドルやれるよな。スタイルもいいし、これは間違いない」
俺がうんうんと頷いているとフィアが恥ずかしそうに上目遣いでこっちを見ているのに気付いた。
「あれ? 今の口に出てた?」
「しっかり出てたわよ。私がアイドルやれるとか、褒めても何も出ないわよ? まぁでも……お世辞でも嬉しいわね」
「いや、お世辞じゃなくて本気で思ってるんだが……あっ!」
「ひゃあ!」
後ろから押されてフィアと危うく離れそうになるが、何とかフィアの手を掴む事に成功した。
また列の流れが速くなったな。少し離れた所で今度は別のメンバーが出迎えをしているみたいだ。
「せ、セーフ。そろそろ流れが速くなってきたな。また手を繋いでおこう」
「そ、そうね。……ありがと」
そう言ってフィアが俺の腕にまた抱き着いて来る。
いや、仕方ないんだが、本当に周りの目が気になるな。
なんか睨んできてる人もいるし……。
多分リア充に見えるんだろうな。実際は彼女じゃないんだけどなぁ……。
その後、そのまま人の波に流されながら各メンバーの挨拶を見て回り、なんとか自分達の席に無事到着したのだった。




