3-74 もう一つの戦い2
家に帰って来た俺達は理由もよく分からないままに、剣呑な雰囲気を漂わせるフィアに言われて正座をさせられていた。
フィアが怒る理由……今回の一件で彼女達に迷惑を掛けた事といえば……。
「仕事とは関係ない俺達の事情に手を煩わせた事は本当にすまないと……」
「違う」
「まさか、断りもなくフォレオを家に入れた事か?」
「それはそれで気になるけど、違うわよ!」
ちらりとフィアがフォレオの方に視線を向けるとどうやら視線が合ったらしく、二人ともパッと視線を逸らした。
お前等は意識し合ってる男女かよ!
二人ともお互いが好きなのに探りあっている感じは正にそんな感じだけれども!
それにしても、他に何かあっただろうか?
空は何も言わずに黙っているので、俺もゆっくり考えようと思い顎に手を当てて考え込もうとする。すると、
「ああ、もう!」
痺れを切らしたのかフィアがズイっと顔を近付けて来た。
反射的に身を少し引いてしまう。
顔が近い。
それに揺れる髪から仄かにいい匂いが……。
「私が怒ってるのは! すぐに私達に連絡を入れなかったことよ!」
フィアの言葉に一瞬疑問で思考が止まる。
改めてフィアの顔を見ると真剣な顔でこちらを見つめる姿が目に入った。
「いや、だってフィア達は研修に行ってただろ?」
「そんなの、いつだって中断するわよ! 別にもうすぐ魔王が復活するとか、早くしないと爆弾が爆発してたくさんの人が死ぬとか、そんなんじゃないんだから」
「でも、今回の件はフィアの仕事とは関係ないだろ? 俺達の個人的な事情だったんだから」
そう言うと、フィアは頭に手を当てて溜め息を吐いた。
「……はぁ、あんたねぇ。私達がそんなに薄情に見えるわけ? そりゃ、誰でも彼でもってわけじゃないけどね。ほら、その、そう! 私達はもう友達なんでしょ?」
「友達……」
「友達助けるのに、仕事かどうかなんて関係無いじゃないの。違う?」
友達、友達か。
俺はフィア達が困っていれば、報酬なんかなくたって助けたいと思う。
でも、皆が皆そんな風に考えるわけじゃない事も知っている。
だからこそ、普段は仕事だから助けてくれるんじゃないか?
戦力が必要だから訓練にも付き合ってくれているだけ、頼ってはいけないんじゃないか?
心のどこかでそんな風に線を引いて考えていた。
でも、フィアは俺達の事をそんな風に、仕事じゃなくても助けたいと思ってくれていたのか。
それに気付くとなんだか心が温かくなる。
黙ってフィアの顔を見つめていると、フィアが照れたように顔を赤らめて上目遣いになる。
「何よ、黙ったままで」
「そうだな。フィアの言う通りだ。悪かったよ。ありがとう」
そう言って笑って見せるとフィアは目を丸くした後、顔をさらに真っ赤にする。
なんだか面白い反応だな。可愛いとも言うか。
「わ、分かればいいわ。うん」
「お説教終わった? もう良いよね?」
フィアから剣呑な空気が消えたのを見計らってか、様子を見ていたシルフェが我慢出来ないとばかりに立ち上がる。
そして、空に近付くと抱き着いた。
なんか犬みたいだな。
「ん~! 久しぶり、空~! 会いたかったよぉ」
「ちょっまっ! 足が痺れて、うわわわ!」
空はそのまま押し倒されて胸の辺りにすりすりと頬擦りをされている。
相変わらずシルフェのスキンシップには慣れていないみたいで、空の手がシルフェに触れる事が出来ずに宙を泳ぐ。
行く前ですらああだったのだ。
二日会えないだけでも溜まっているのだろう。
むしろここまで我慢していただけでも頑張ったのではないだろうか?
とりあえず助ける事も出来ないので放っておく。
ふと目線を上げるとフィアがちらちらとフォレオの方を見ているのが目に入った。
かくいうフォレオは見られている事に気付いているらしく、気恥ずかしいのか明後日の方向を向いている。
なぁ、フォレオ?
そっちには何も無いぞ? あるのは壁だけだ。
そんな事を考えているとフィアが近付いてきて小声で耳打ちをしてくる。
「それで、結局フォレオの件はどういう事なの? 私、どうしたら良いか分からないんだけど」
「あぁ、今回の件でちょっとあってな。力を貸してくれる事になったんだ。実際、被害が無かったのはフォレオやフィア達のおかげだからな。感謝してるよ」
「そう……なら一言くらい言った方が良いわよね? その方が自然よね……ね?」
「あぁ、仲良くな?」
「言われなくたって、いつでもそのつもりよ」
そう言うとフィアが緊張した面持ちでフォレオの方に近付いていく。
どっちの事情も知っているから二人の心境がなんとなく分かる。
フォレオもフォレオで緊張しているんだろうな。
頑張れ。
ここが大切だぞ。
「えっと、フォレオ?」
「な、何ですか? うちに何か用事ですか?」
「えっと、私が留守の間に雷人達を手伝ってくれたみたいで、ありがとうね」
「そ、そのくらいはどうってことないです。うちも偶々、偶々暇でしたから」
「そう」
「……」
「……」
……気まずい!
見ているこっちが非常に気まずい!
恐らく二人の頭の中では何を話そうかと頭が高速回転しているはずだ。何ともむず痒い。
空がいい加減ギブアップなのか助けを求める声が聞こえてくるが、すまん、構ってられない!
そこで沈黙を破り、ようやくフォレオが口を動かした。
「や、やっぱりフィアだけでは頼りないみたいですね! こっちの話はマリエル姉さんからも聞いていますが、いつもギリギリだっていう話ですし!?」
声が上擦ってる!
怪しい!
怪し過ぎるぞ!
「そ、それは! そうだけど……、シルフェも加わるから大丈夫よ!」
「え……い、いやいや! そうは言っても相手もより一層力を入れて来るかもしれません! 心許ないんじゃないですかねぇ!?」
「そ、そんな事ないわ! 雷人達だってどんどん強くなってるし、私だってまだまだ強くなるもの!」
これは……なんとか自分もこっちに来ようとする妹と妹に心配を掛けまいとする姉の攻防か?
何とも不毛だ!
否定するんじゃない、フィア!
いい言葉が思いつかなくてフォレオがプルプルしちゃってるじゃん!
あ、こっちをちらちら見てる。
……そろそろ限界かな?
仕方ないここは俺が一肌脱ぐか。
「フィア、確かにフォレオの言う通りだろ。このままじゃまた危険かもしれないし、何か対策をした方が良いんじゃないのか?」
俺がそう言うと、ここだとばかりにフォレオが捲し立てる。
「そうですよ! 本当に! もうフィアはしょうがないですねぇ! ここはう……」
「よし! そこまで言うなら特訓しましょう!」
「ちが……あぅ……」
フォレオの声が消え入るように小さくなる。
うん頑張った。頑張ったよ。
落ち込むなって、な?
そして、フィアは空気を読んで!
俺は心の中で叫んだのだった。




