3-69 狂える姫の暴走は天災に等しく2
天衣さんの姿が消え、咄嗟に上を向くと小刻みに転移して落下してくる瓦礫を躱しながら地上に上がって行く天衣さんの姿が見えた。
「――っ! すぐに追わないと、五郭さん、行けるか?」
「う、うん、大丈……あ……」
俺が差し出した手を掴もうと、伸ばされた手が空を切る。
上を見ていたので気付かなかったが、足場がもうすぐそこまで崩れてきていたのだ。
五郭さんがこっちに手を伸ばしながら大穴に落ちていくのがスローモーションのように見えた。
大穴は結構深い。
下の階までは十メートル以上の高さがあったようだ。
「五郭さん!」
大丈夫間に合う。
さらに手を伸ばして掴もうとしたが、あと一歩という所で指がすり抜ける。
その儚げな少女の縋るような表情が目に焼き付けられるように鮮明に映る。
尚も少女はこちらに手を伸ばしたまま落下していく。
まだだ! まだ、間に合う!
俺はそのまま引き上げる事を諦めて大穴に向かってすぐに飛び降りようとした。
その時、落下していた五郭さんが突然空中に浮かんだ。
それを見た俺が慌てて飛び降りるのをやめ、大穴の先を見てみると下から浮かび上がってくる影が見えた。
「間一髪でしょうか。早く地上に戻りましょう」
「心、危なかったわね。もう大丈夫よ」
「あ、祭、ありがと」
そう、それは剱持さんをお姫様抱っこした風人だったのだ。
状況はよく分からないが、風人は剱持さんを説得出来たってことでいいんだよな?
そうでもなきゃお姫様抱っこなんてことにはならないだろうし……。
それにしても、平気そうな顔はしているが肩で息をしている。
かなり消耗しているみたいだな。
「風人! それに剱持さんも無事だったみたいで良かった」
「あんたは……色々と悪かったわね。もう計画も失敗したし、こんな事二度とするつもりも無いから安心していいわよ」
「そちらも無事のようで何よりです。仕方がなかったとはいえ、かなり無茶をしてしまいました」
「それは本当にな。もう少しずれてたら全員死んでたぞ。って、そんな事を言っている場合じゃない! 移動しながら話すぞ! 天衣さんがまだ諦めてないんだ! 早く地上に追い掛けないと!」
そう言うと風が全身を包み込み、上昇を始めた。
風人の力だろう。
即座に行動に移すなんて手際がいいな。
一刻を争う今は非常にありがたい。
上に向かっている時、風人の腕の上からひょこっと顔を覗かせた剱持さんが疑問を口にした。
「ねぇ、花蓮が諦めてないって言った? でも、計画はもう失敗してるわよ。代替案なんて聞いてないんだけど」
「それがよく分からないんだが、岩山を落としてラグーンシティを沈めるとかなんとか」
「はぁ!? 何それ! 何考えてるのよあの子!?」
「それは、まずいですね……僕も祭も、もうほとんど力が残っていません。どれだけ力になれるか」
「それでも、やるしかない! もう地上に出るぞ!」
地上に出ると外の建物は中心付近がおよそ崩落していて、辛うじて外側が残っているだけだった。
……いや、入って来た廃病院は少し離れた場所にあるな。
入り口は一つじゃなかったのか。
まぁ、地下は随分と広かったからそんなこともあるか。
そんな事を考えながら周囲を見渡していると、地面に空いた大きな穴の周辺にある瓦礫の山の上に立つ少女が一人、天衣さんだ。
何やら力を使おうとしているのか両手を前に出して構えている。
一体どれほどの力を練っているのか。
彼女の周辺の空間が若干歪んで見える。
彼女は上がって来た俺達に気付くと顔だけをこちらに向けた。
「うふふ、遅かったですわね。……あぁ、祭さん。あなたが上手くやってくれてさえいれば、こんな事はしなくて済みましたのに」
風人の風が消えて地面に着地する。
それと同時に剱持さんが叫んだ。
「花蓮! どういうつもり!? 私達は能力者を皆殺しにするために力を貸してたんじゃないわよ!」
「……私だって、出来ればこんな事はしたくありませんでしたわ」
「だったら!」
「失敗したんですから、仕方ないじゃありませんの。さぁ、もう準備は整いましたわ。行きますわよ。これが私の最終手段。止められるものなら、止めてみて下さいな!」
「ま、待て!」
制止に動こうとするがもはや間に合わない。
能力が発動し、天衣さんの周囲の歪みが消えた。
そして次の瞬間、大きな変化が訪れた。
「何だ、これ?」
「これはこれは、僕が万全の状態でも無理ですね。ははは、まさかこれ程とは」
「こんな……花蓮、本気で……」
「これは……さすがに無理……」
突然、辺り一面を暗闇が覆った。
見上げるとそこにそれはあった。
遥か上空、それでも隠し切れない威圧感を放つ大きな岩山。
一体全体、どこからこんなものを持って来たのだろうか?
距離感が違い過ぎて実際の大きさはさっぱり分からないが……直径五十メートル以上はあるんじゃないだろうか?
一人の能力で、あんな物を飛ばせるものなのか?
その光景に愕然としていると天衣さんが笑った。




