3-63 火のないところに煙は立たず2
私は出来るだけここで時間を稼ぐ!
そんな心構えをしてそう言うと、男は少し悲しげに言った。
「まだストーカーって言うかよ……」
調子の軽い男の思わぬ悲しげな声に花南はたじろいだ。
……少し、言い過ぎだっただろうか?
この男の観察力はやっぱり気持ち悪いが、特別私を害する意思が無い事はなんとなく分かってきていた。
そんな考えが一瞬過るが、花南はそれを払拭すべく頭を振る。
目的のためには甘い考えは捨てなければ、この男は敵なのだ。
仲良くする義理も優しくする道理もない。
そんな言い訳を頭に浮かべていると男が続けた。
「まぁ、なんだ。花南ちゃんには悪いけど、さすがにそろそろ終わらせてもらうよ。花南ちゃんの能力は影で生物を作り出せる俺の能力とすこぶる相性が悪いからな」
そんな言葉に対しても私はまだ戦えると思っていた。
さっきの犬からして話している事は嘘ではないかもだけど、そんなにすぐに作れるものではないはず。あんな犬、十匹くらいまでなら余裕で……。
「はぇ?」
そこまで考えた時、私が影を遠ざけて出来た光のドームに四方八方から侵入してくる影の生物を見た。
犬だけじゃない、熊、鰐、鹿、虎、獅子、猿、鳥、etc……。
「あ、あはは、はは、冗談……キツイですよ」
「物量って大切だよね。花南ちゃん?」
自分の意思と関係なく足が震える。
思わぬ危機的状況に、冷や汗が流れ落ちた。
迫る命の危機に、生き物が可哀想だなんて感情は優先出来なかった。
「いや、いやあああああああ!!」
能力を使ってこれでもかと全力で鉄球をぶん回し、影の動物達に叩きつける。
すると、まるで血でも出たかのように黒い液体が飛び散った。
飛散したそれは勢いよく私の顔に掛かった。
少し暖かく、ヌメッとした感触。
その感触に背筋が震え、血の気が引いたような寒気が襲い掛かる。
鉄球を食らった動物達は倒れたが、そんなのお構いなしとばかりにそれを乗り越えるようにして次々と影の動物達が襲い掛かって来る。
殴っても殴っても、勢いの衰えない黒の濁流に鉄球による対処が追い付かなくなり、少しずつ距離を詰められる。
「いやっ! やめ、て! こ、ないでぇえ! ひぐ、ぅわあああん!」
悲痛の叫びも虚しく視界は滲み、そして黒に染まった。
何か生暖かい物に飲み込まれ、全身ドロッとした感触に包み込まれる。
もはや上下左右も分からない。
どういうわけか、あるはずの痛みも感じない。
あぁ、そうか私、死ぬんだ。
そんな言葉が頭を過り、意識は暗闇に沈んでいった。
*****
「いやあ、こうして見てるとやっぱりえげつないね、それ」
突如として後ろから掛けられた声に隼人が能力を解除して振り向くと、そこにはネックウォーマーをした少女、天音光葉をお姫様抱っこした会長が立っていた。
「人聞きが悪いですよ、会長。確かに気絶してもらうために少しばかりキツくいきましたけど、命に別状はないですよ?」
「まぁ、命には別状ないんだろうね……」
そうして視線を落とした会長の視線を追うように見ると、床には涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたゴーグル少女が倒れていた。
服ははだけているし、体中に黒いべとべとが付いているので、まるで何かされた後のように見える。言われてみれば……うん、確かにこれは酷いな。
「絶対にトラウマになってると思うよ。アフターフォローはしっかりね?」
「まぁ、そうだなぁ。この有様じゃあ変態って言われるのも頷けてくるな。分かりましたよ。とりあえず、全身綺麗に掃除しておきます」
そう言って隼人が手を翳すと影が少女の足から順に覆い包んでいき、顔を通り過ぎた頃にはまるで何もなかったかのように身なりの綺麗に整った少女が寝転んでいた。
よし、体は風呂に入ったかのように綺麗だし、服もクリーニングから帰って来たかのような仕上がりだ。……きっちり仕事をしたのになぜかジト―っとした視線を会長が向けて来る。
「何ですか? 会長」
「そういうとこだぞ☆」
問いかけると会長が何やらウインクをしながら言ってくる。
女の子がやっていれば可愛いかもしれないが、会長だとウザいだけだな。
「うわぁ、何ですかその言い方。ちょっと気持ち悪いですよ?」
「……随分とはっきり言うね。まぁ、いいか。光葉君もこんなだから付き添ってあげたいし、後は彼等に任せようか」
「ははは会長、今回も何もしてないですね」
呆れたように嘆息する会長に笑いながらおどけて言うと、会長がやれやれといった感じで肩を竦める。
「失礼な。こうして全部お膳立てしたじゃないか。場を整えた時点で僕の仕事は終わっているよ」
「ははは、まぁそれでこそ俺等の会長ですね」
そう言った瞬間、大きな音と共に地面が……というか建物が大きく揺れた。その衝撃に二人揃って声を上げる。
「んんっ!?」
揺れが収まったのを確認して会長と顔を見合わせる。
「……会長、今のって」
「……何かあったみたいだね。これは……、吉報……だといいなぁ?」
「だと良いですけどね」
そう言うと俺は気絶している花南ちゃんを担ぎ、急いで外に向かって走り出したのだった。
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