3-62 火のないところに煙は立たず1
真っ暗な部屋。その中央付近にまるでスポットライトが当たったかのように一箇所だけ明るい場所があった。
そして、その半径五メートル程の半球状の中で踊る一人のゴーグル少女がいた。
その光の中へとあらゆる方向から影が入り込んでは少女が手を向けるだけで掻き消える。
少女は既に肩で息をしていて、滲む汗が頬を伝って流れ落ちていた。
「ははは、疲れてきてるでしょ? そろそろ諦めてもいいんだよ? 花南ちゃん」
闇の中から響く声にくるくると回る少女は本当にイライラしているといった様子で怒る。
「誰が諦めますか! っていうか正々堂々と来やがれって言うんですよ! ちまちま、ちまちま攻撃して! それでも男ですか!」
しかし、闇の中から響く声はそんな言葉にも一切堪えていない様子で、非常に落ち着いていた。
「いやいや、これが俺の戦闘スタイルだからさ。有利な状況なのに自分のスタイルを捨てるわけがないじゃん? それにさ、男とか女とか関係ないでしょ。まぁ俺としては花南ちゃんを傷つけたくはないけどね?」
「ぎゃああああ! 歯の浮くような事言ってキモイです! 喋らないで下さい! 同じ空間で息しないで下さい!」
「おっと、暗に死ねって言われちゃったよ! さすがに傷つくなぁ」
「じゃあ何度でも言ってやりますよ! キモイ! 臭い! 陰湿! チャラい!」
「ぐはぁ! 温情はないのか花南ちゃん! っていうか臭いって! 匂い嗅いでないでしょうが!」
「うわぁ、匂い嗅ぐとか引きます! やっぱりキモイです!」
「俺がじゃねぇよ、俺がじゃ! ……はぁ、続けても傷つくだけだし、そろそろ行くぞ」
「何がですか……って、え?」
その時、花南の目の端に移ったのは一匹の真っ黒で大きな犬だった。
いや、犬とはいってももはや輪郭もはっきりとしない犬の形をした何かだ。
これが涼しげな夜道を散歩中、とかなら悲鳴の一つでも上げる所だが、今の状況からすればその正体は明白だ。
すぐさま迎撃に入ろうとした時、その犬が呻りながら跳び掛かって来た。
「グルルルルルルウウウウ! ガウッ!!」
「ふぇえええ!? ちょっ! あっち行って!」
突然の事態に鉄球で攻撃を防ぎながらも花南はパニックになる。
この状況ならあの犬はあのストーカーの操る影のはずだ。
でも、影なら声を上げる事なんて出来るのか?
その疑問に答えるように闇の中の声が笑った。
「ははははは! やっぱり俺の観察眼は捨てたもんじゃないな!」
「な、何の事ですか!」
花南が動揺を隠すかのようにその声に即座に反応する。
それを図星と取ったらしく、声は自信に満ち溢れたように流暢に響く。
「いや、ちょっと思ってた事があったんだけどな。今ので確信したよ。花南ちゃんの能力はどういうわけか知らないけど、生物には効かないでしょ?」
「そ、そんな事!」
咄嗟にそんな言葉が出てしまうが、自分でも分かるくらいにその声は震えていた。
これでは図星だと言っているようなものだ。
やはりストーカー男もそう解釈したらしく、自分の推理を話し始める。
「いやー、前に戦った時からおかしいとは思ってたんだよな。俺に向かって礫とかは飛ばしてきたのにさ、周りにあんなに生えてた木は一切攻撃に使わなかったよね?」
「……」
「木だって生き物だしさ。可哀想だから……とかそんな理由かとも思ったんだけどね。さっき俺が踏み込んだ時だってさ、わざわざ鉄球の威力を落としてぶつけるよりも、俺を念動力でそのまま吹き飛ばした方がよっぽど楽なのに、花南ちゃんはしなかったもんね」
この男は、本当に観察力に長けているみたいだ。
たった二回戦っただけで私の能力のほぼ全てを暴かれている。
確かにこの男の言う通り、私の能力は自身の半径五メートル以内、私が無生物だと思った物に対して念動力を働かせるというものだ。
周りは闇に包まれていてその姿は見えないが、まるで全てを見透かされているような、そんな視線が感じられて身震いする。
「さ、さすがはストーカーですね。それで、どうするつもりですか? 窮鼠猫を噛むって言葉がありますよね? 私だって、追い詰められればもっと強く抵抗しますよ?」
完全に強がりでしかないが、目的のためには引くわけにはいかない。
まず間違いなく私はこの男に勝てないだろう。
でも、私の勝利条件は皆が目的を果たす事だ。
であれば、勝てなくてもいい。
私は出来るだけここで時間を稼ぐ!




