3-60 膠着状態
「うひゃあ！ ちょっ！ しつこい！」
「くそ、空！ 何とか振り切って唯を治してくれ！」
「出来たら！ やってるよ！」
カッコつけて足止めするとか言ったまでは良かったのだが、結局のところ状況は防戦一方だった。天衣さんの空間転移能力は凄まじく、攻撃を当てようにも掠りもしない。
「当たれ！」
叫びと同時に幾本もの青白の電撃が走るがそれも全て躱される。
当てずっぽうに避けているのならまだ可能性もありそうだが、短距離の転移を駆使してギリギリで躱している辺りしっかりと見てから跳んでいるのだろう。
それでも、回避に専念している内は多少ながら攻撃の手は緩まるので撃ち続ける。
すると仏頂面で天衣さんが言った。
「数を撃てば当たるなんてものではありませんわよ。あまり嘗めないでもらいたいですわね」
「ジリ貧か……」
動けない唯を背負って走り回りながら、何か打開策はないかと考えていると背中で唯が呟いた。
「すみません。足を引っ張ってしまって、私がこんな状態じゃなかったら雷人君ももっと気兼ねなく動けるのに」
消え入りそうに唯はそう言うが、唯が万全の状態でもこの膠着状態をどうにか出来るかは怪しい。それ程までに天衣さんの能力は強力なのだ。
「いや、そんな事はない。あの時、風人を送り出せただけでも良かったよ。あれは唯のおかげだ。唯の機転がなかったら上手くはいってなかったはずだ」
「そう……ですか？」
ほんの少し、唯の声が明るくなった気がする。
少しでも唯が自信を持てたなら良かった。
しかし、本当に厄介な能力だ。
五郭さんも転移させつつ、どこの部屋から持って来たのか机や大きな機材など様々な物を降らせてくる。
そんな物は当たったところで大した事はないのだが、山の様に積もってきている所為で少しずつ逃げ回れる空間が減ってきているのが地味にやり辛い。
唯は動けないので俺が背負っているから全力が出せないし、空は五郭さんの能力を食らっては治しての繰り返しで自由に動けていない。
完全に膠着した状況に歯噛みする。
このまま戦っていても消耗するだけで何の意味も無い、戦いながら説得を試みた方が良いか。
そう考えた俺は攻撃を中断した。
「なあ、本当に！ こんな事はもう止めないか！？」
俺がそう言うと天衣さんは小刻みに繰り返していた転移を止めた。
同様に空への攻撃も一旦止むが、五郭さんは油断なく構えて空を見据えている。
この状況では空も動けない。
だが、天衣さん達の攻撃は止んだ。
何となくそうではないかと思っていたが、どうやら彼女達も風人を追いかけるつもりはないのだろう。
まぁゴリゴリのパワー系二人の戦闘に介入すれば、その余波だけでもただでは済まないのは向こうも分かっているのか。
唯には悪いが、どうせ膠着しているんだから無意味にお互いを攻撃するよりは良いだろう。
「さっきも言ったけどな。能力は使い方次第では確かに危険だが、ちゃんと制御さえ出来れば有用な力なんだ。こんな風に手放そうとするよりも、制御出来るようにする努力をしないか？」
再びそんな提案をしてみるが、やはり天衣さんは忌々しげな顔をした。
「そんな事を言って、何かあった時あなたは責任を取れますの？ 私達の力が暴走して誰かが危険に晒された時、あなたは何か出来るんですの？」
「……俺がそこにいれば死にもの狂いで止めてみせるさ」
「笑わせますわね。そこにいれば？ そうですわよね。神でもあるまいし、事が起こった時、あなたがその全てを解決出来るわけはないですわ。だからこそ！ 事前に！ 芽のうちに！ その不安を摘んでおくべきなのですわ！」
彼女の言い分は限定的には正しい。
それが完全に間違っているとはとてもではないが言えない。
だが、能力が暴走するというのも憶測に過ぎないのだ。
「これまで能力が暴走した事はほとんど無いんだぞ。だからといって備えなくて良いわけじゃないが、それを危惧して能力を取り上げるよりも、災害とか事故とかそういうものから人を守るために使った方がよっぽど良いんじゃないか？」
「これまで無かったから今後も無いはず、なんて温い考えですわ！ それに、暴走しなくたって大きな力は危険なものですわ！ 人が持つべき力ではないんですの！」
くそ、自分の主張が間違っているとは思っていないが、彼女の主張も間違っているとは言い難い。相手が完全な悪なら話は簡単だが、彼女達の行動原理は他人を傷つけたくない、なのだ。
自分が正しいという自信もあり、善意で行っている事でもあるからこそ決して意見を曲げることもない。これでは完全に平行線だ。
とはいえ、例え受け入れられなくとも伝えたいことは言い切らないともやもやする。
俺は段々とヒートアップしているのを感じつつも叫んだ。
「どんなものも使い方次第だ！ 君が攻撃に使ったそこ等に転がっている机や機材だって、本来は役に立つ物なのに使い方一つで凶器になる！ それと何が違うんだ！」
俺の答えに天衣さんが歯噛みする。
天衣さんも平行線だと考えたのか痺れを切らしたように言った。
「埒があきませんわね。とにかく！ 私は諦めるつもりは毛頭ありませんの！ 心さん！ やりますわよ！」
