3-59 意見が割れたら論より証拠
「あと、もう少し……」
長々と伸びる全面が金属で作られた通路。
日常生活ではSF作品の中くらいでしか見ないようなそんな通路を剱持祭はひた走っていた。
ここ数日は劇的だった。
発端は突如としてラグーンシティに生えたとされる巨大樹。
それは一晩のうちに現れて、そして朝を待つこともなく消えた。
それをニュースで見た時は、近くで起きた大事件に他人事のように驚いただけだった。
しかし第二位、天衣花蓮から話を聞かされた時、その認識は一変した。
世間で騒がれている能力暴走説。
それは本当に他人事で済ましてもいいような問題なのか?
確かにこれまで能力の暴走が原因となった事件はほとんどない。
しかし現世代の第一位である自身の力、これを超える力の持ち主には今まで会ったことがない。
今までないからといって、今後もないと本当に言えるの?
第一位とは言われながらも、普通に暮らしていれば能力を使う機会などほとんどないし、何かの特典があるわけでもない。
そのため、自身が一番であることなどあまり意識してはいなかったが、自身の力が暴走してしまったら一体どうなってしまうのか。
周囲への被害は?
自分への影響は?
私はそれを止める事が出来るの?
花蓮の言葉で、これまで考えないようにしてきた不安が一気に噴出した。
私はただ、そう考えないようにしていただけだ。
能力テストの度に自身の力が強くなっている事を自覚しながらも、それはどこか他人事のようで、その力が危険なものだと心のどこかで思いつつも、きっと自分は大丈夫と目を逸らしてきた。
これまで何もなかったから大丈夫。
そうやって考えないようにしてきた事に今更になって目を向けたんだ。
そんな中で花蓮から聞かされた話、能力を人から取り除く方法。
花蓮がどうやってそんな方法を知ったのかは知らない。
だが、確かに邦桜は能力の研究をしている。
そして、能力者から能力を取り上げる方法を発見したという話があると言うのだ。
その方法の内容に関してはさっぱり理解出来なかったが、実行するのに内容の理解は必要ない。可能性があるのなら、後は試すか試さないか、それだけだ。
少なくとも花蓮の目には本気を感じた。
だから信じる事にした。
能力は便利だし、もったいないと思う気持ちも確かにあった。
でも、沸き上がった不安を取り除く方法があると分かったら、もうその話に飛びつかずにはいられなかった。
とはいえ、今後の不安はあれど現時点では能力を制御出来ている自信があった。
正直な所、この時の私はどうにか出来たらいいな程度の気持ちだったのだ。
でも一昨日の晩。
二つ目の研究所襲撃の時にそれは起こった。
待ち伏せをしていた男子生徒と女子生徒。
彼等との戦いの中で、まだ制御出来ている自信のあったその力を初めて人に向けた。
自身の身を守ろうと振るったその力は地面を容易く抉り取った。
あと少しずれていたら、間違いなく彼等を殺していただろう。
その事実を認識したその瞬間、この一件は私にとって他人事ではなくなった。だけどそれも、もう少しで終わる。
時折曲がりくねる道を走り、認証キーなど無いので行く手を遮る扉はこじ開け、目的の場所へと続く広い実験場へと辿り着いた。
「はぁ、はぁ、やっと、着いた」
そこは先ほど花蓮達を残してきたあの大広間とほぼ同じだけの広さがあり、周囲には何やら大きなロボットのような物が並べられていた。
ここは確かテレパス系の研究所だったはずだ。何でこんな物が?
脳波で機械を操作するとか、そういうのに能力を使えないか実験でもしていたのだろうか?
何にしても、目的の場所はここの奥にある管理室だ。
花蓮の話の通りなら、そこにある制御用のパソコンに渡されたUSBメモリさえ差し込めば、後は勝手にやってくれるという話。
詳しい事は分からないが、USBを差すくらいならば私にも出来る。
手にUSBを握りしめ、祭はゆっくりと歩き出す。
ようやく、ようやくこの忌まわしい力とお別れ出来るのだ。
興奮してあまりちゃんとした思考が出来ていない気もするが、そんなのはどうだっていい。USB、このUSBさえ差す事が出来れば――。
そんな考えを掻き消すように背後で爆発……ではないがそう思わせる程の暴風が吹き荒れ、一瞬体が浮き上がった。後ろで縛っていた髪が暴風に流される。
「……追い掛けて来たの?」
「おっと、ギリギリ間に合ったという感じでしょうか」
そんな言葉と共にいかにも真面目ながり勉ですと言った風貌の冴えない男が現れた。
今の状況に非常に似つかわしくない外見だが、その中身はその限りでもない。
「あんたの事は知ってるわ。私と同じで第一位なんだってね。風使いさん」
「おや、知って頂けているとは光栄ですね。僕もあなたの事は知っています。念動力使いの剱持さん。ふふふ、あなたは僕なんかよりもずっと有名だ」
「あっそう。なら分かってると思うけど、あんたに勝ち目なんてないわよ。痛い目をみる前に帰ってよね」
祭がそう言うと嵐山は眼鏡をクイっと持ち上げて笑った。
「いえいえ、それはやってみないと分かりません」
その返答に祭は溜め息を吐いて嵐山を睨みつける。
しかし、嵐山は張り付いたように動かない表情で笑っているだけで、動じた様子もない。気味の悪い男だ。
「いるのよね。そういう力量差が分かってない奴ってさ。私はこれまで一度たりとも自分よりも強い力を持った奴を見た事がないわ。悪い事は言わないから帰って、私はこの危険な力を一刻も早く手放したいの!」
私がそう言うと、嵐山は張り付いたような笑みを崩して不満そうな顔をした。
力には自信があるみたいだし、私の方が強いって言ったから怒った?
そう思ったのだが、嵐山は全く別の反応をした。
「もったいないですね。それほどの力を持ちながら使おうと思わないとは」
「は? ……こんな力の何が良いって言うの? どんなに便利な力だって、扱えないなら無い方がましでしょ」
「浪漫が無いですね。強い力を持てば使いたいと思うのが人というものでしょう?」
「……私達をあんた達みたいな野蛮な奴等と一緒にしないでくれる? 暴走したらどれだけの被害が出ると思ってるの?」
「暴走? そんなのしませんよ。そんなのは普段から能力を使うようにしていないから起きるんです。積極的に使って慣れていればそんな事態はそうそう起きません」
私がそう言うと嵐山は何を言っているんだとばかりにそう言った。
こいつは……本気でそう思っているのか?
慣れただけで扱えると本気で?
祭は大きな溜め息を吐いた。
「はぁー。ダメだわ。あんた全然分かってない。……この力がどれだけ危険か教えてあげるわ。そうすればあんたも、こんな力は捨てるべきだってきっと分かるわよ」
「望む所ですよ。ついでに、あなたのその悩みはそれほど悩むような事ではないと教えてあげるとしましょうか」
「……絶対後悔するわよ」
そう小さく呟いて、祭は目の前の分からず屋に向かって手を翳した。




