3-57 変態ストーカー野郎の推理の時間1
「……思ったよりも厄介だな」
「あなたみたいな変態ストーカー野郎に負ける気なんてこれっぽっちもしません! 隠れてないで出てきやがれです!」
明かりが消えて真っ暗な部屋の中、暗闇に紛れている隼人とは全く違う方向に向かって少女が吠える。
それは花南が隼人の居場所を掴めていないということを示していて、傍目から見ても劣勢なのは花南だ。そのはずなのだが……。
「花南ちゃんの能力……思ってたよりも対応範囲が広いじゃん」
前回の戦闘を経て隼人が考えた彼女の能力は半径五メートル以内に働く念動力。
これは事前の情報と同じだし、ほぼ間違いない。
加えて舞い上げた砂塵による防御。
隼人が実体化させた影を削り取ったあの技、隼人の影はやろうと思えば鋼鉄をも貫く事が出来る程の硬度を持っている。
それを踏まえれば彼女の念動力の出力がとても高いことは必然だ。
祭には及ばないが、それでもナンバーズであるという事を納得出来るだけの力は秘めている。
そして今、目の前で起きている状況が新たな情報を隼人に与えていた。
真っ暗な部屋の中、隼人が投げた僅かな光源と能力によって影が移動した事で部屋の四隅には陽だまりのように明るい部分が出来ていた。
しかし、それとは関係なしにもう一箇所、陽だまりのように明るい部分が出来ていたのだ。
そう、花南の周囲、半径五メートルの半球、そこにはまさしく光が差していた。
ここは地下だ。その密室で明かりを消したとなれば、外から入ってくる光はほとんどない。
そんな中でも生まれる光、それは花南が隼人同様に影に対して干渉出来る事を示していた。
「どうしたんですか? 逃げてばかりです? ふっふっふ、私はもうあなたの力を見抜いているんです。ズバリ! あなたの力は影の操作ですね! どうですか! ぐぅの音も出ませんか!」
何やら大きな声で言いながら歩き回るゴーグル少女。
流石にこんな状況になればそんな事は馬鹿でも分かる。
本来なら部屋が暗くなった段階で、全体が影に満たされた段階で彼女は為す術もなく捕縛出来るはずだった。
しかし、彼女は即座に自身の周囲の影を遠ざけて見せた。
“隼人が能力を使う前に”だ。
隼人は彼女が影を防いで見せたのはあくまで実体化させた事で干渉出来るようになったからだと考えていた。
しかし、能力を使う前から遠ざけられた以上この考えは間違っているということになる。
「反応がない……もしかして逃げましたか? ……まさか! 戦うように見せかけて私をここに足止めするのが目的ですか!? ぐぬぬ、上手い! 策略に嵌ってしまいました! 早くこの部屋から出ないと……、出口どっちですかね?」
影とは、あくまで人が光を認識するうえで現れる概念だ。
人の目は光を通して周りの状況を捉える。
その時の光の量の差から明るい、暗いを判断する。
そして、光源から放たれた光が何かの物に当たり、目に届く光の量が減った結果、生まれた暗い部分、これが影だ。
要するに何かがそこにあるわけではない。
光が当たらない部分が影なのだ。
実際に何かがあるわけではないのだから、これに干渉する事など本来は当然出来ない。
しかし、能力は時としてそんな物理法則さえも無視をする。
だから隼人は能力で影を実体化させる事が出来た。
しかし、花南は実体化させる事すらなく影を遠ざけて見せた。
つまり、花南は概念にすら干渉出来るような力を持っている事になるのだ。
「……適当に歩いていれば着きますよね? 幸い周囲五メートルは見えますし、壁に沿って歩けばすぐにドアも見つけられるはずです!」
彼女は半径五メートルに限って非常に強力だ。
今現在も花南の周りは非常に重そうな鉄球がぐるぐると回っている。
迂闊に踏み込めば吹っ飛ばされてしまうだろう。
でも、
「それでも」
「ふぇ? ひぐぅ!」
無理やりに花南の周囲五メートル内に踏み込んだ隼人の掌底が花南の背中を叩き、その体を浮き上がらせる。
同時に周囲を回っていた鉄球が隼人を捉えるが、影が糸のように鉄球に絡みつき、ギリギリでその動きを止める。
そして、隼人はすぐさま反転すると念動力の圏外に退避しながら言った。
「行かせるわけにはいかないんだよね」




