3-49 緊張感が……感じられない!
「……金持ちの考える事はよく分からん」
「様式美のようなものですよ。多分」
「そうなのかな? あれは気付かない人が多いと思うなぁ」
「ははは、まぁ入って来れたし良いじゃねぇの。こういう家もあるんだって勉強になったろ?」
「絶対に要らない知識だと思うけどな」
輪っかで扉を叩くと反応するタイプのインターフォンだったらしい。
金持ちの趣向は本当に分からないな。
……というか、何で唯は当然かのように分かっていたんだ?
そういう経験でもあったのだろうか?
そんな事を考えつつ隼人の後ろを三人で付いて行き。
以前来た会長の部屋の前に着いた。
そして、隼人がノックをして返事を待ってから入る。
「失礼します、会長。全員到着しましたよ」
「おはようございます。交渉はどうなったんですか?」
そう言いながら中に入っていくと、いつもの天音さんの代わりに会長の隣に立っている人物がいた。
椚ヶ丘の制服であるブレザーを纏い、眼鏡を掛けたいかにも真面目ですといった風貌の男だ。
彼が会長の言っていた剱持さんの対策?
あまり強そうには見えないが。
そう思っていると突然彼はこっちに向かって歩いて来た。
張り付いたような笑顔のまま近付いてくる様はどこか恐怖を感じさせる。
そして、五十センチ程の距離まで来るとぴたりと止まった。
ち、近い。
「え、えっと?」
「初めまして、嵐山風人と申します。気軽に風人とでも呼んで下さい。成神雷人君と、常盤空君、それと……?」
「朝賀唯です。よろしくお願いします」
「朝賀唯さん……あなたも悪くなさそうだ。是非一度お付き合い願いたいものですね」
「なっ!?」
ちっとも態度を変えずに、唯の手を取りながらそう言い放った風人に唯が赤面する。
ちょ、出会ったばかりでいきなり言うことがそれか?
とんだプレイボーイだな。
「おい、いきなり何のつもりだ!」
「おっと、失礼。急が過ぎましたね。しかし、あなたにも是非お付き合い頂きたいです。近々、どうですか?」
「はぁ!?」
な、何を言っているんだ?
こいつはまさか、りょ、両刀なのか? しかも同時に?
そんな事を考え口をパクパクさせていると、
「ぶはっ!」
「あっはははは!」
突然会長と隼人が堪えられなくなったというように笑い始めた。
何が可笑しいのかとそっちを睨むと、二人は手を振って弁解を始めた。
「いや、悪いね。あまりにも面白くてついね」
「はは、安心しろって。お前等が思ってるようなお付き合いじゃねぇよ。風人はナンバーズの第一位、ただ単に戦ってみたいって言ってるだけだよ」
「戦う……? あぁ、いや紛らわしい言い方するなよ!」
「な、なるほど……。取り乱してすみませんでした」
「び、びっくりしたぁ」
そんな俺達の様子を見て得心がいったという感じで風人はポンっと手を叩くと静かに笑った。
「ふふ、なるほど。それも悪くありませんが……私も良く知りもしない女性を口説く程に色を好む質ではないので、杞憂ですよ」
風人が笑い終わったタイミングで会長がパンパンと手を叩く。
そして全員を見回し、視線が集まったのを確認して話しを始める。
「さて、とりあえず全員集まってくれて感謝するよ。一応、風人君が参加してくれたことで予定通りの戦力を確保する事は出来た。後は今日決行される襲撃を止めるだけだね」
「それですけど、作戦とかはあるんですか? いくら第一位が力を貸してくれるとはいえ、あっちだって第一位です。勝てるか分からないですし、勝てても他のメンバーだって充分に強力ですよ」
メンバーだけ見ればこっちには男子生徒のナンバーズが全員と天音さん、加えて唯がいる。あくまでも予備戦力なので話してはいないが、フォレオだっている。
それに対して向こうは女子生徒のナンバーズが四人だけなのだから数的な有利はこちらにある。
とは言っても、前回見たあの剱持さんと天衣さんの力。
それだけでも十分過ぎるほどに脅威だ。有利とはいえ無策で突っ込むのは危険だろう。
そう考えてとりあえず会長の考えを聞こうと質問すると、俺の言い方が不満だったのか風人が口を挟んだ。
「僕が負けるような相手なら望ましいのですがね。仮にそうだとしても足止めくらいは十分にこなしてみせますよ」
いや、望ましくはないだろ。
何言ってんだこの人。
何にしても第一位なだけあってどうも自信に満ち溢れているようだ。
「まぁ、相手の戦力が完璧に把握出来てるわけでもないからな。どうしたって最後は出たとこ勝負だろ」
隼人の言う事はもっともだ。
相手の力量を測り間違えたまま立てた作戦では、確かに意味がない。
とはいえ、それじゃあ作戦無しで良い、というのはやはり不安だ。
黙ったまま会長の言葉を待っていると口に手を当てて思案気な顔をした会長が答えた。
「……とりあえず、相手の分断をするのは必須だね。剱持君も風人君も周りに与える影響が大きすぎる。二人の戦う近くにいては僕達も危ういからね」
確かにその通りだ。
風人の力は知らないが、剱持さんの力は身をもって知っている。
もしも風人にあれに近い力があるのならば、巻き込まれたら確かに危険だ。
余波だけで死を覚悟する羽目になるかもしれない。
一応はちゃんと考えてるみたいだな。さぼっている印象が強過ぎてその力に疑問を持っていたが、会長をやっているだけあってこういう時にはしっかりしているらしい。
さて、他のメンバーに対する対応は?
続く会長の言葉を待っていると会長は真面目な空気を気にしていないかのように凄く軽そうに笑って言った。
「はは、後は出たとこ勝負だね。とりあえず間に合わなかったじゃ笑えないから、現場に向かおうか」
緊張感が……感じられない!
皆も呆れたのか若干の沈黙が流れるが、会長の言うことも別に間違ってはいない。
分かっていることは確かに少ないし、結局対策を立てられないのならこうしていても仕方がない。
だが、これだけは言っておこう。
少しでも見直した俺の気持ちを返せ!
「……そうですね」
「それじゃあ……急いで向かいましょうか」
苦笑いしながら唯がそう言うと、俺達は締まらない気持ちのまま今回の現場となる研究所へと向かうのだった。




