3-48 決戦の朝
冷たいフローリングの上を素足で歩く。
今は夏だが、ラグーンシティの朝は大分涼しい。
カーテンを掴んで開け、外を眺める。
この日の朝は若干の霧が掛かっていた。
これもしばらくすれば消えて、今日は晴れる予報だ。
あと少し、これが上手くいけば、私は安心を得られるのだ。
「いよいよですわね。準備は万端」
恐らく、今日も彼らは邪魔をしに来るのだろう。
しかし、だからといって私達は止まるわけにはいかない。
「私達は、失敗するわけにはいかないんですの」
*****
少女は鏡に映る自分を見つめていた。
これまで、能力勝負では一度たりとも負けたことはなかった。
そもそも、社会の規則からして能力を使った勝負をする機会自体が限りなく少ないとはいえ、恐らく自分を抑え込める者は同年代にはいないだろうと、どことなく確信に近いものを感じていた。
それ程の力を持つ者はついぞ見た事がない。
今回行動を共にしているナンバーズ。彼女達でさえ、自分には届かないとはっきり言い切る事が出来る。
「特殊治安部隊になら……私を止めてくれる人もいるの?」
剱持祭はそんな事を呟き頭を振る。
幻想のような可能性よりも目の前の可能性だ。
これに掛けるって決めたんだから、やり切らなければならない。
「今日で、あんたともおさらばね。……そう出来るように、頑張らないといけないわ」
鏡に映る自分の頬を撫でながらそう言うと、祭は立ち上がりクローゼットへ向かって歩き出した。
*****
頭が冴えている。
昨日はよく眠れたみたいだ。
目覚ましが鳴るよりも早く目が覚め、寝起きだが意識もはっきりしている。
昨日の内にやれる事は全部やったはずだ。
後は会長の働き次第。
剱持さんの対策……上手くいったんだろうな?
会長なら大丈夫だろうが……。
「さてと、なんにしてもまずは空を起こして、朝ご飯からだな。明日にはフィアとシルフェが帰って来るだろうし、いつも通りの日常を送れるように面倒事は片付けないと……ははっ」
とそこまで考えて自然と笑ってしまった。
いつも通りの日常か。
あれから大して経ってもいないのに、フィア達がいる事が当たり前になっている。
今の日常は以前から考えればあり得ない程の非日常なのだが、案外早く慣れるものだな。
「よし、頑張るか。ほら、空、起きろー!」
そう言って、ドアを叩いて空を叩き起こす。
さて、今日の朝食は何にしようか。
*****
午前八時。
本来ならば学校へ向かうべく支度をしているべき時間だが、雷人と空は豪邸の前にやって来ていた。
相変わらず住宅街には場違いな豪邸だ。
……そして、今更ながら思ったのだが。
「ここってどうやって入ればいいんだ?」
大きな格子状の扉で出来た門は当然というのか鍵が掛かっているらしく、引っ張っても押しても少しも動かない。
普通の家みたいにインターフォンがあるのかと思って探してみたがそれらしき物は見当たらない。
「あはは、まさかこんな伏兵がいるなんてね」
「そんな伏兵は望んじゃいないんだが……」
もう五分くらいは門の前をうろついている。
開けられないのならば開けてもらうしかない。
門を飛び越えて入る事は出来るが、ここの塀って警報装置とか付いてそうなんだよな。
こんな日に余計な面倒を起こすわけにもいくまい。
しかしどうするか……。
そうだ、ほとんど使った試しがなかったが、会長のメールアドレスは知っているんだった。
そう思って携帯電話を取り出したところへ横から声が掛けられた。
「おはようございます。遠くから見えましたけど、門の前でうろうろして……入らないんですか?」
「あ、おはよう唯」
「唯ちゃんおはよう。それがさ、どうやって入ったら良いか分からないんだよね。インターフォンもないみたいだしさ。もうお手上げだよ」
空が現在の状況を唯に愚痴る。
すると唯は可愛らしく首を傾げて不思議そうな顔をした。
「呼び鈴ならそこにありますよ?」
「嘘! どっかにあった?」
「え? どこだ?」
唯に指差された方を見てみるが、どこに呼び鈴があるのかさっぱり分からない。
格子状の扉に付いているのはいかにも上流の扉ですといった感じに金属の輪っかを咥えた獅子の顔の意匠くらいだ。
他には何もないように見えるが……。
「これですよ」
そう言って唯が一歩前に出るとその獅子が咥えた輪を掴んでコンコンと軽く扉にぶつけた。
いやいや、こんなんで中の人に伝わるわけがないじゃないか。
「ははは、唯も冗談を言うんだな」
「冗談? 私何か言いました?」
「え?」
え? 冗談じゃないの?
そう思った次の瞬間、遠く離れた屋敷の扉が開いて隼人が顔を出し、手招きをしているのが見えた。……嘘だろ?




