3-47 虎穴に入らずんば虎子を得ず
一方、時は遡って椚ヶ丘専門学校。
ヘッドホンを首に掛けた少年と若干チャラそうな少年が重たい足取りで歩いていた。
「会長、場所が裏山って嫌な予感しかしないんですけど?」
「ははは、仕方ないよ。彼の力が借りられなければ、僕達に勝利はないからね」
「はぁ、まぁ、そうなんですよねぇ……」
男子生徒のナンバーズ第一位、嵐山風人。
それがこれから二人が会おうとしている人物だ。
女子生徒ナンバーズ第一位の剱持祭と同様に、彼は非常にポピュラーな能力ながら第一位の座に君臨している。
それは理由も同様でその強力な出力が理由とされている。
誠也は情報でしか彼を知らないので断言は出来ないが、今回の頼み事をすれば十中八九、彼は引き受けるはずだ。
ただし、一つ問題があった。
何を隠そう彼は……いわゆる戦闘狂なのだ。
とはいっても普段の彼はそうでもない。
至極普通でむしろ優等生なくらいだ。
本人にその気があれば、生徒会長が彼だった可能性は十分にある。
そう言っても過言とは言えないだろう。
だがそれは彼の表向きの顔でしかない。
彼は普段自身を押さえつけているだけで、その内には大きな衝動が隠れている。
機会があれば戦闘狂という抑圧された本性がさらけ出されるのだ。
過去に一度、たった一度だけではあるが彼は能力を使っており、その際には周りに大きな被害が出ている。その時に彼が言った言葉は一部の間で有名だ。
「誰だって能力を持っていれば使いたくなるものでしょう。僕はその使い方を間違えたつもりはありませんが?」
要するに能力を使用していいという免罪符さえあれば、彼は進んで戦場へと足を運ぶということだ。
そんな彼がこの頼みを断る訳がないのだ。
ないのだが……。
「何の条件も無しに引き受けるとは思えないね……。まぁ、ある程度は覚悟の上だよ」
「そうですね。はぁ……、会長に出張られちゃあ仕方ない。不肖隼人。覚悟を決めますか」
そう言ってちょっとチャラい少年、新島隼人は真っ黒なニット帽を目深に被った。これが彼なりの本気のサインなのである。
そして二人は裏山へと足を踏み入れた。
*****
「さすがですね。時間ぴったりだ」
眼鏡を掛けた冴えない見た目の少年。
ぱっと見の印象はがり勉君と言って差支えがない。
そんな真面目そうな生徒がそこには立っていた。
制服も全く改造されていない学校正規の品で、この学校では逆に珍しいとも言える格好だ。そんな彼を見て誠也は出来る限り柔和な笑みを浮かべた。
「突然の呼び出しなのに時間を作ってくれて嬉しいよ。嵐山風人君。今日は君にお願い事があってね」
「分かっていますよ。女子ナンバーズの捕縛でしょう?」
「……良く知っていたね」
予想外の事態に驚くが表情は変えない。
動揺すると相手にペースを持って行かれてしまう。
なるべく譲歩はするつもりだが、何事にも限界はある。
低く見られて良いことはない。
「風の噂で聞きまして、どうやら……僕の力が必要ですか?」
「……そうだね。君の力を借りたい。残念ながら僕達の力では女子生徒の第一位、剱持祭君を相手取るのが難しくてね。でも君なら、それが出来るんじゃないかな?」
そう言うと風人は眼鏡をクイっと指で上げ、微かに笑みを浮かべた。
やはり乗り気なようだ。そして、予想通り彼は言った。
「いいですよ。その話、受けさせて頂きましょう。……しかし、ただで受けるというにはこの一件、危険過ぎますね。剱持さんの噂は僕も良く耳にします」
来た。予想通りではあるが、やはりただとはいかないみたいだ。
そして、条件はおよそ見当がついている。
冷や汗が流れるが顔には出さない。
毅然とした態度で誠也は尋ねた。
「あぁ、何か条件があるなら言って欲しいね。僕達、生徒会に出来ることなら可能な限り対応すると約束しようじゃないか」
「ふふ、話が早くて助かります。生徒会長……あなたの噂もよく耳にしますよ。ですが、あなたの実力が分かりそうな話は一切聞かない。ふふふ、こうも隠されると気になりますよね。是非、お手合わせ……お願い出来ますか?」
やはりそう来たか……。
僕は基本的に自分が動く事はないが……これでも男子生徒のナンバーズ第二位だ。
第一位である風人に興味を持たれるのは当然と言える。
そして、こんな状況でもなければ間違いなく僕はこの要求を突っぱねるだろう。
戦闘狂と言われる彼がこの機会を逃すはずはない。
当たって欲しくはない予想だったが、彼の協力が得られなければ祭君は止められない。
覚悟はしていた。受けて立とうじゃないか。
そう思って口に出そうとしたところで風人君が思い出したように言った。
「そうだ。それと……隣の君。『影沼』君も一緒にね」
「なっ!?」
影沼……今彼はそう言ったのか?
ちらりと目線を送ると新島隼人は苦笑いを浮かべていた。
これは……一筋縄ではいかなそうだ。
「良く知っているね。彼の本名を知っているなんて、噂でも流れていないだろう」
「そんなことはありませんよ。人の口に戸は立てられません。ナンバーズ第五位、影沼隼人。正体を知っている人は少ないみたいですが……いない訳ではない。僕は、地獄耳なんですよ」
「ははははは、……奇遇だね。僕も耳には自信があるんだ。いいよ。その要求受けようか。君とは良好な関係を築きたいものだね」
「僕もですよ。生徒会長」
問題は無い。
彼がここまで情報を持っていることは想定外だが、彼の求めるものが変わる訳ではない。
むしろ、良い材料だとも言えるだろう。彼は荒事を求めている。
それを与えている限りは彼は僕を裏切ることはないはずだ。
……とりあえず、ここを生きて凌がないとね。
この日、裏山の一部が削り取られる事態が発生した。
しかし、その事態が起こった時、それに気付いた者はだれ一人としておらず。
後にこの話は学校七不思議の一つに組み込まれる事となる。




