3-44 淀みない真っ白な気持ちで1
目を開けるといつものカプセルの中だった。
体を蝕んでいた痛みももう無くなっている。
あの技は相当練習しないと使えそうにないな。
それまではもっと簡略的なのを考えてみるべきか?
例えばこう……レールは一旦止めておいて刀と腕だけを加速させるとか。
そんな事を考えつつ外に出ると、ちょうどフォレオもカプセルから出て来たところだった。こちらをちらりと見ると、フォレオは顔を赤らめて逸らした。
「恥ずかしい所を見せました。約束通り協力はするので、一度帰ってくれると嬉しいのですけど」
そういえば、約束の事とか完全に忘れてた……。
というかこれは、暗に一人になりたいから帰ってくれと言っている?
恥ずかしい所……最後の泣き顔のことだろうか?
最後のあの質問からすると……多分、フィア絡みか。
やっぱりフィアを意識しているみたいだな。
こういうデリケートな部分はそっとしておくものだとは思うが、……やっぱり気になるな。
「なぁ、フィアを意識してる理由、良かったら話してくれないか?」
俺がそう言うとフォレオは明らかにビクッと反応して目線を逸らしつつ、尻すぼみ気味に言う。
「お兄さんには、関係ないです……」
「さっき、泣いてたよな? 流石に気になるぞ」
「……お兄さんはデリカシーがないですね」
「まぁ、そうだな。特に何が出来るとも言えないが、それでも、知っておきたいとも思う。俺にとってはもう二人とも大切な仲間だからな」
そう言うと、フォレオがちらりと視線だけをこちらに向け、そして逸らした。
少しの沈黙の後、フォレオは腹を括ったとばかりにこちらに向き直った。
「……そうですね。愚痴でも言えば、少しは楽になるかもしれません。ここでは何ですので、こっちに来てくれますか?」
「あぁ、分かった」
踵を返して歩き出すフォレオに付いて歩いて行く。
前を行くフォレオの足取りはどこかぎこちない。
さっきの戦闘の影響……ではないだろうな。
緊張かな?
知っておきたいというのは本心だが、本人の中で泣く程の大きな問題だ。
軽い気持ちで聞くのは失礼だろう。
そう思うとなんだかこっちも緊張して来た。
なんだかんだで深く考えずに行動しちゃうことが多いんだよな。
分かってはいるのだが、なかなか治らない。
「ここにしましょう」
そう言ってとあるドアの前でフォレオが止まった。
プレートを見ると資材保管室と書かれている。
「ここで良いのか?」
「ここは技術開発室の人達の作った試作品とか、がらくたが入れられている倉庫です。普段は滅多に人も来ないはずです」
そう言ってフォレオが中に入っていくので、それに続く。
念のためカナムを飛ばして走査してみるが、確かに人がいる気配はない。
少し埃っぽい感じもするが、贅沢は言うまい。
部屋の広さは畳で言うと……どれくらいだ?
三十二畳くらいか? かなり広い。
四列程に並ぶ棚と段ボールの山でかなり雑然としているが、なぜか隅に一つだけベンチが置かれている。三人掛けの物だ。
その端にフォレオが腰掛けて、手を口元に当てて顔を横に向ける。
立ったままというのも変だし、いきなり横に座るのも変かと思ったので、反対側の端に座る。間には一人分程の空間がある。
黙ってフォレオの方を見ているとこっちを見ないままフォレオが話し始めた。
「うちは……小さい頃、多分四歳くらいの頃ですかね。そのくらいから能力が使えました。でも、フィアはいつまで経っても能力が使えるようになりませんでした。うちは妹でしたけど、フィアはしょうがないなぁ。うちが守ってあげないとって思っていたんです」
「あぁ」
フィアが自身の能力を持っていないことは知っている。
マリエルさんも言っていたように二人も昔は仲が良かったに違いない。一般的な姉妹そのものだ。
「六歳くらいになってマリエル姉さんから剣術を習いましたが、フィアはうちよりも剣術が上手くて、うちは結局一回も勝てませんでした。それでも、能力を使えばまだうちの方が強かったんです」
「うん」
話の流れからなんとなく予想が出来る。
守る対象が自分を超えていく。
子供が巣立っていくのとはまた違った感覚。
弟子が師匠を超えていくのともまた違った感覚だろう。
「八歳になった頃です。指輪を貰って、しばらくしてうちは能力込みでもフィアに勝てなくなりました。その頃から、うちらの関係は変わりました。原因は分かっているんです。……うちが認めたくなかっただけ、うちがフィアとの間に壁を作ったんです」
守る側から守られる側になる。
実際にはそんな事が無くても、そんな事を考えてしまう。
俺も昔、芽衣の方が自分よりも強いと思った時に感じた感覚だ。
これまでとの立場の違いに困惑する。
そんな自分が不甲斐なく、恨めしく思っている自分が嫌になる。
そして、それは段々と大きくなっていき……内側に留めておけなくなる。
「駄目だって、分かってました。そんな事をしても、フィアを困らせるだけって分かってました。それでも、うちはくだらない意地を張って、自分の内に感情を留めておけなくて。フィアを見る度に嫌な感情が溢れて、大好きだったフィアを見るのが辛くなりました」
「……」
「うちは、ダメな妹です」
「全然ダメなんかじゃない」
その言葉を聞いた瞬間、黙って話を聞くつもりだったのに反射的に言葉が漏れていた。
いや、違うな。
言うべきだと思ったんだ。
それは間違いなく俺の本心なのだから。




