3-42 致命の一撃
目の前の少年。雷人と言ったですか?
正直なところ、彼が来た時には少し面白半分で入社に同意しました。
でも、手加減していたとはいえ雷人がフィアに勝った時、フィアが雷人を認めた時、少し彼に興味を持ちました。
仕事が忙しかったから交流する機会こそ無かったですが、二人の姿は時々見かけていました。
もしかしたら、二人が仲良くしているのに嫉妬していたのかもしれませんね。
もちろん、実力を測る意味合いも確かにありましたし、興味があったのも確かです。
だけど、それ以上にこの少年には自分が上だと見せつけたくなりました。
果たして、雷人の成長には目を見張るものがありました。
入社した頃のままなら最初の一撃で片は付いていたはずです。
でも、雷人は驚異の粘りを見せました。
先程の強力な光線。
もしも当たっていれば、恐らくうちには防ぐ事が出来なかったでしょう。
荒々しい技ですが、その威力は絶大です。
その素早さもなかなかのもので、縦横無尽に跳ね回る様にはさすがに驚嘆しました。
でも、それだけです。
これまで仕事をしてきて素早い敵と戦った経験は何度もあるし、食らったら終わりだと思うような強力な攻撃をしてくる敵とも戦った事があります。
経験の差。
そこから来る冷静さが戦いでは重要なんです。
冷静さを欠いた者は実力差があっても負ける事があります。
驚きはしましたが、冷静さは失いません。
ただ確実に、余裕を持って、潰す。
「思ったよりは強かったですよ。うちとしたことがちょっと焦っちゃいました。褒めてあげます。でも、これで終わりです!」
これで終わり。
避けられるはずなんてない。
あの荒々しい光線は間違いなく体力を大幅に奪います。
生命力の量は無限ではありません。
絶え間なく能力を使っていれば必ず尽きるものです。
恐らく、もうあれは撃てないでしょうし、もし撃ててもあと一回躱せば弾切れのはずです。
勝ちはもう決まったようなもの。
そう思っていましたが、雷人が膝を曲げて溜めを作るのが見えました。
まだ諦めていないんですか?
往生際が悪いです。
そう考えた時、こちらを睨む雷人と目が合った。
その瞬間、なぜか体に電気が走るかのように錯覚した。
この感覚は何ですか?
何かあるのですか?
その得体のしれない悪寒にうちは反射的に拳銃を捨てて、接近戦の主武器である薙刀を異空間から取り出しました。それと同時に響く声。
「いくぞ」
次の瞬間、目の前で幾つもの青白色の光の輪が並んで、一本のレールを作りだしました。
間違いない、何かが来ます。
悪寒の正体はこれですか。
大丈夫、冷静に……っ!?
「なっ!?」
突然、雷人の姿がブレ、目にも止まらぬ速さで迫って来ました。
でも大丈夫、冷静でいればうちは……っ!
「負けません!」
薙刀で攻撃を弾いて、体勢を崩す。
あの勢いです。
そうすればまともに着地も出来ないはずなのです。
うちの薙刀術は防御に特化しています。
ですから、迎撃は難しくても防御くらいなら出来るはずです。
そう考えた時、再び声が響いた。
「瞬閃……雷果っ!!」
おかしい、うちは間違いなく薙刀で防御したはずです。
瞬く間もなく走った青白の軌跡。ちゃんとそこには薙刀を噛ませたのに、弾いた感触がありませんでした。
目線を手元に向けると薙刀は真っ二つになっており、綺麗な断面が見えました。
そして、後ろの方で何かがぶつかるような轟音が響きました。
遅れてやって来た爆風に耐えられず、体がよろめきました。
ふと体に目を向けると、胸の辺りからじわじわと赤が広がって、水色だった着物を変色させているのが見えました。
切られた。
その事実がようやく認識出来ました。
「っけふ……あ」
喉の奥から何かが込み上げ、暖かいものが口から溢れました。
まずい。すぐに対処しなければなりません。
うちはすぐに能力を使い、血が外に出ないように注力しました。
人の体の大部分は水です。
それも自分の物となれば自身の生命力との親和性も高い。
普通の水よりも操作はし易いです。
とは言っても、血液を正常に流すことは簡単な事ではありません。
尋常ではない精度が要求されるそれには、高度な集中が必要になります。
そんなのは長く続きません。
これが少しの延命にしかならないことは明白。
あくまでもこれは一時凌ぎでしかありません。
つまり、これが現実ならばうちは間違いなく死にます。
抑えられているとはいえ、切られた箇所が痛み出しました。
それが、拭い去れない実感をうちにもたらしました。
「あぁ……うち、負け、ちゃったんだ」
感情が込み上げてくる。
これは……悔しさですか?
あぁ、油断が敗北に繋がる事なんて分かっていたのに、これではフィアに並ぶどころではありません。
目頭が熱くなる。
先程の血とは違う。
暖かいものが頬を伝った。




