3-31 敗走
「つ……一体何が」
「これは……」
視界を埋め尽くした土が徐々に収まり振動も消えようとした頃、突然けたたましくアラートが鳴り始めた。
徐々に薄くなる土煙の中、周りを見回して確認した雷人は言葉を無くした。
「な……何だこれ」
視線の先には深く抉れた地面が見えた。
およそ二十メートル程にもわたって、地面がごっそりと消えていたのだ。
その深さは目測ではよく分からない。
底は暗くなっていて、覗き込めば飲み込まれてしまいそうな闇が支配していた。
その割れ目は雷人の横一メートル程の位置から始まっていて、もし巻き込まれていたらと思うとぞっとする。
その時、近くから震える声が聞こえた。
「これ、私が? ……だから、これだから能力は、能力は嫌なのよ。あ、あぁ、ああああああああぁっ!」
目の前で明らかに取り乱した様子の剱持さんが頭を搔き乱す。
綺麗に整っていた髪が乱れ、後ろで縛っていた髪が解けて広がった。
そこへ木々の根で躓いたのか、慌てた様子のゴーグル少女が転びそうになりながら森から飛び出してきた。
「わわわ、っとぉ! はわっ! 祭ちゃん何してるんですか!? 警報! 警報が鳴ってます! 逃げますよ!」
「ミスっちゃった……。ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい……」
「謝らなくていいですから、とにかく走って下さいぃぃ!」
そうしてゴーグル少女に腕を引かれるようにして剱持さんは森の中に消えて行った。
俺はそれを呆然と見送り、完全に土煙が収まった後にもう一度自身の後ろにある抉れた地面を見た。そこへ唯が小走りで近付いて来る。
「雷人君! 大丈夫ですか!?」
「あぁ、当たってない。大丈夫だ。それにしても……ナンバーズ第一位の力。まさかここまでとはな」
「そうですね。……あ、それよりも私達も早くここから離れましょう。警報が作動してますからすぐに特殊治安部隊が来ます」
「そう、だな……急いでここから離れよう」
そして、目の前で起きたことの衝撃を胸に仕舞い込み、俺達は見つからないように走ってその場から逃走した。
*****
現場から離れた俺達は何かあった時の集合場所を決めていたので、そのまま集合場所である会長の家へと向かった。
そして使用人らしきおじいさんの案内で会長の部屋に入る。
すると会長と隼人、それとなぜか床に寝転がって呻く空がいた。
「空!? どうした? 何があったんだ?」
「その声……雷人? 何も、何も見えないんだ。視界が真っ暗で、他には異常はないんだけど」
そう言う空の目を見ると瞼はちゃんと開いているが目の焦点が合っていない。
特に見て何かが分かるわけではないが、空の目を注意深く見ていると横から会長が言った。
「恐らくだけど……その現象は心君の能力によるものだね。空君がこうなったのは彼女の放つ光の輪が当たった後からだよ」
心……空達が追って行った白髪の少女の事だろう。
俺は座り心地の良さそうな椅子に身を預けている会長に視線を向けた。
「じゃあ、あの子を倒さないと空は治らないってことですか?」
「いや、空なら自分で治せるだろ」
「え?」
隼人が横から調子を変えることもなくさらっとそう言った。
それを聞いて俺は寝転がっている空を訝しげに見た。
「……おい、試してないのか?」
「……えっと、あ……治った。えへへ、忘れてたよ。痛ぁ!」
「全くお前は、心配させるな……」
「あぅ、ごめん、ごめんって」
惚けて見せる空にチョップを食らわせると、空は頭を擦りながら照れ臭そうにそう言った。
何にしても大事にならなくて良かった。
目が見えないのは本当にシャレにならないからな。
「さて、とりあえず全員無事で帰って来られたことは喜ばしいが、僕達は結局彼女達の侵攻を止めることが出来なかった。これで残るチャンスはあと一回だけ、早急に対策を考えないとね」
執務机に肘をつき、組んだ両手の上に顎を載せて会長がそう言うと唯が険しい顔をした。
「戦って分かりましたが……戦力差が圧倒的だと思います。私もそれなりに実力には自信があったのですが、剱持さんでしたか? あの方の力は非常に強力です」
「あぁ、そうだな。……途中までは結構善戦したと思ったんですけど……全力は想像以上でした。能力の出力は間違いなく俺よりも上ですね。最後の一撃……咄嗟に使ったみたいでしたけど……多分あれが彼女の本来の力なんだと思います」
「あぁ、あの地響きは祭ちゃんか。まぁ、そうだよなぁ。だって雷人も見ただろ? 能力測定で彼女が大岩を持ち上げてたの。あんなのと力で勝負しちゃダメだって」
「そうだね。彼女を正面から止めようと思えば、僕達全員でかかっても難しいかもしれないね」
「じゃあどうするんですか? 会長。残りの三人だって強力な能力を持っているんですよね? 剱持さんの相手だけに人数を割くのは相手の思うつぼですよ」
「うんまぁ、今回の戦いである程度の情報も得られたし、対策のしようはあるよ。……この手はあまり使いたくなかったんだけどね。祭君の対策もあるにはある」
会長が珍しく嫌そうな顔を表に出す。
いつも飄々としている会長は口では面倒だのなんだのと言うが、顔にはあまり出さないタイプなのだが。
その対策っていうのはそんなに嫌な手法なのか?
「何にしても急がないとな。今回はアラートが鳴ったが、どうやら目的はきっちり果たしたみたいだからな。次の襲撃は明後日だ。時間はあんまりないぞ」
「明後日? 何でそんな事が分かるのさ? 元々の計画かもしれないけど、今回僕達が邪魔したことで計画を早めるかもしれないんじゃない?」
空のその言葉はもっともだと思い隼人の方を見ると隼人は笑って見せた。
「いんや、明後日だね。彼女達が次に襲う予定の施設、そこはテレパシー関連の研究所なんだが……幸運なことに今日と明日の二日間はお偉いさんが訪問しててな。いつもよりも警備が厳重になってる。わざわざそこを襲撃はしないだろうよ。特殊治安部隊もさすがにまだ襲撃場所の特定は出来ないだろうし、明後日には警備も緩和されるだろうからな。そこで間違いない」
「そういうわけだから一日猶予がある。明日は彼女達も登校しないだろうし、君達も登校しなくていいよ。その辺の理由とかはこっちで適当にやっておくから。君達はホーリークレイドルの力でも使って調整でもしていてくれるかな?」
「……分かりました。剱持さんへの対応、任せて良いんですね?」
「任せてくれ……とは言いたくないけど、正直これが失敗すれば僕達に彼女を確実に止める手はないからね。せいぜい努力するよ」
会長が力なく笑う。
会長がこう言うのだ。任せておけばいいだろう。
こっちは、こっちに出来ることをするか。
俺は上を向くと少し我儘な水色の少女を思い浮かべた。
そして明後日の朝、再び会長の家に集合することを決め、俺達は帰宅した。
何だかんだで疲れたし、もう夜も遅かったので俺は軽くシャワーを浴びると目覚ましをセットしてそのままベッドにダイブした。
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