3-21 そんなにフィアに会いたくないのか?
「悪いけどパスさせてもらう」
そう言うとフォレオは一瞬固まり、ようやく顔から笑顔が消えた。
目を大きく見開き、驚愕といった表情に変わる。
断られるとは思っていなかったのだろうか?
かなり挑発的な言い方だったし、こっちのプライドを煽っているつもりだったのかもしれないが、そんな事は関係ない。
今は何にしてもタイミングが悪い。
俺達は今晩、作戦に参加しなければならないのだ。
どれだけ時間が掛かるかも分からない要求に乗っている暇なんてない。
現在の時刻は七時だ。
九時半には集合しないといけないので、猶予は約二時間。
準備の時間を考えると現実的に無理というものだ。
「えー、どうしてですか? うちとやるのがそんなに嫌ですか?」
フォレオが上目遣いで机に身を乗り出しながら言ってくる。
フォレオは着物のような服一枚しか羽織っていない(恐らくはあれが制服だ)ので、色々と絶妙に見えそうな感じで危ない。
本人がそれを分かってやっているのかは知らないが、目のやり場に困る。
確かに男に頼み事をするならかなりの高威力だろう。
しかし、無理なものは無理だ。
俺は目を逸らしながら言った。
「この後大事な用事があるんでな。戦ってる時間は無いんだよ。そっちだって、そんな急かされたようなのは望んでないだろ?」
俺がそう言うと、不満げにフォレオは椅子に勢いよく座った。
「つまらないですね。その大事な用事って何ですか?」
フォレオはホーリークレイドルの人間だ。
今回の話をしていいのかどうか……。
今回の一件は俺達の個人的な問題であり、彼女達の関わっている案件、国からの依頼とは全く関係がないのだ。
とはいえ、答えないというのもな。
俺はそう考えると概要を簡潔に纏めるべく頭を回す。
「……簡単に言うと、ちょっと知人が過激な事をしようとしてるらしくてな。自治組織に捕まらないように事前に止めに行くんだ。これはホーリークレイドルの仕事とは関係ない事だからな。フォレオは気にしなくていい」
俺がそう言うとフォレオはあからさまに不満そうな顔をした。
「なんか、仲間外れみたいで嫌ですね、それ。……過激な事って言いましたよね? つまりは争い事でしょう? その相手って強いですか?」
「……戦った事はないからな。何とも言えないが、強いとは思う」
俺がそう言った途端フォレオはさっきと同様に小悪魔のような笑みを浮かべた。
その後ろに何らかの思惑を感じさせる瞳がこちらを見上げる。
「それじゃあ。うちと戦ってくれたら、それを手伝ってあげてもいいですよ」
「え? 本当? 雷人! 手伝ってもらった方が良いんじゃないの? 僕達だけじゃ戦力的にも不安だったしさ」
「確かにそうだが……その戦うってのは後でもいいのか?」
「後にしたらフィアが帰って来ちゃうかもしれないじゃないですか。今からですよ。うち、楽しみにして昼くらいから待ってたんですよ?」
その強い口調に一瞬気圧されてしまうが……昼からって、そんなに待ってたのか?
それにフィアが帰って来ちゃうって、そういえば最近は仲が良くないとかマリエルさんも言ってたな。
「そんなにフィアに会いたくないのか? 何があったんだよ」
「……それは、言いません。とにかく、うちと戦うのか戦わないのか、それをはっきりして下さい」
そう言ってフォレオが再び身を乗り出してくる。
力を借りたいのはやまやまだが、そもそもの話間に合わなければ意味がないのだ。
それにどうせ戦うのなら他の事を考えずに集中してやりたい。
フォレオもこれでかなり強いはずなのだ。
いい経験になるだろう。
「悪いが、今からって話ならやっぱりのれないな。どうせやるなら、時間の取れる時にやりたいしな」
「……おにぃさん、意外と強情ですね」
「それブーメランだぞ」
「……むぅ。せいぜい後悔するといいですよ。後になってうちに泣きついて来る様が目に浮かびますね」
「そうならないように善処するよ。そっちもさっさとフィアと仲直りしろよ」
「……余計なお世話です」
フォレオはそう言うと目を細めてこちらを見る。
そして小さく口を動かした。
しかし、何を言ったのかは聞き取ることが出来なかった。
聞き返そうとしたが、フォレオはすぐに端末を操作してしまい、その体が光に包まれる。
消える瞬間、彼女は可愛らしく舌を出した。
何というか、態度はよくないがどうにも憎めない感じの子だ。
「はぁ、なんだかなぁ……」
「雷人、手を借りなくて本当に良かったの?」
「借りれるなら借りたい所だけどなぁ。まぁ、これは俺達側の問題だしな。自分達で解決すべきだろ。……とはいえ、無理そうなら手を借りるか」
「そうだね。じゃあとりあえず、今のうちにご飯を食べちゃおうか?」
「お、ご飯の催促か?」
「人を犬猫みたいに……、僕が作ってもいいけど味は保証しないよ」
「ははは、冗談だよ」
そう言って笑うと、俺はキッチンに向かうのだった。




