1-10 ファーストステップ
「危険な事は承知の上だ。それでもどうか、俺に手伝わせてもらえないか?」
「どうして手伝いたいのよ。それは命を懸けてまですることなの?」
「俺は誰かを守れるような、そんな人間になりたいんだ。こんな機会はそうそうないし、危険だからって逃げたら俺は絶対に後悔する。これまでは惰性で生きて来たけど、この事件を解決出来れば変われると思うんだよ」
「……呆れた」
そう呟くとフィアは勢いよく立ち上がり、俺の胸倉を掴んで持ち上げた。
「ぐあっ! な、何するんだ」
「私達は仕事でやってるのよ。それに訓練もしてない一般人のあなたが、自分の都合のために参加したいなんて随分と勝手だと思わないかしら? 私達はあなたも守らないといけなくなるし、はっきり言って迷惑なのよ」
予想してなかった事態に雷人は目を丸くする。
首が閉まって苦しい。
ここまで見て来た限りではフィアは暴力を振るうようなタイプには見えなかった。
しかし、フィアの表情は真剣そのもので、気を抜けば呑まれてしまいそうだ。
「俺が勝手な事を言ってるのは分かってる! でも、俺は今の自分から変わりたいんだ! 迷惑は掛けるだろうけど、助けになるように努力するから!」
我ながら随分と勝手な事を言っている。
だけど、この機会を自分で諦めてしまったら、俺はこれから先もそんな風に色々な事を諦めて生きていってしまうだろう。今日まで何の目的も持たずに生きて来たように。
どうやら俺は、自分で思っていたよりも欲張りな人間だったらしい。
目の前にある機会を諦め続ける人生なんて、耐えられそうもない。
その時フォレオが立ち上がった。
「いいんじゃないですか? その覚悟が本物なら、否定するのは無粋なのですよ」
「フォレオは黙ってて」
フィアの冷たさを纏う一言にフォレオは不機嫌そうな顔をするが、フィアは止まらずに話し続ける。
「あの戦闘で分かったでしょ? 戦いには命が掛かってる。一瞬の油断で死ぬ事が当たり前の世界よ。軽い気持ちで言うのはやめて」
「……」
フィアの一言は体に錘でも付いたかのように重く感じられた。
死。能力を使用して戦いに身を投じれば、否応無しにそれは関わってくる。
自分が誰かを守っている姿ならば何回も想像をしたことがある。
しかし、それは漠然としたものだ。
死というものは実際にその淵に立たないと現実として認識するのは難しい。
恐らく、フィアはそれを知っている。普段から肌で感じているんだ。
だからこそ、今こうして忠告をしてくれているのだろう。
その言葉に目の前の少女の優しさを感じた。
だけど……。
「確かに、覚悟は……まだ出来てないかもしれない。それでも、ここで引いたら俺はきっと後悔する」
「覚悟が出来てない人は死を目の当たりにした時、動きが鈍るわ。あなたがここで後悔しない事は本当に命よりも大事な事なの? そうなった時、本当にあなたは後悔しないと思うわけ?」
紛うことなき正論だ。
自分は誰かを守るために命を懸ける事が本当に出来るだろうか?
分からない。分かるわけが無かった。自分の命を掛けた事なんて、さっきまで無かったのだから。
だけど、俺はあの時、空や朝賀さんの後押しでフィアを助けるために動く事が出来た。
ならば俺は変われるはずだ。
変わるのにリスクが必要なんて当然の事だ。
それを背負う気概も無く、諦め続けてきたのが昨日までの自分だ。
今ここで引いてしまったら、きっとこんな機会はもう二度と無い。
自分勝手も上等だ。引くわけにはいかない。
そう決意し、俺は息を吸い込んだ。
「例え後悔するとしても、俺は変わりたい。これはその一歩なんだ!」
「……」
俺の答えにフィアが無言で俺を睨みつけ、静寂が場を支配する。
そんな中、マリエルさんが口を開いた。
「ほら、そんなに意地悪言わないで、せっかく立候補してくれてるんだからテストでもしてみたらどうかな? 最初っから覚悟が出来てる人なんてそうそういるわけじゃないし、やってみないと分からない事もあるかな。それに、今はフィアしかいないから手も足りてないのは事実だし、試してあげたら良いんじゃないかな?」
「またマリエル姉さんは……」
フィアはマリエルさんの言葉に頭に手を当てた。
流れが変わる、あともう一押しだ!
御大層な言葉なんていらない、ただ自分の気持ちを、畳みかけろ!
「やって駄目だったら諦める。だから俺にチャンスをくれ! 頼む!」
俺は思いっ切り叫んだ。
すると、フィアは少し葛藤して俺を地面に下ろしてくれた。
通じた、のか?
「いいですね。盛り上がってきました。それで、テストは誰がやります? うちがやりましょうか?」
フォレオが声のトーンが低めのまま一人盛り上がり、シンシアさんは流れに任せますといった諦めの表情をしている。そして、フィアはため息を吐いた。
「はぁ……あなた随分と強情なのね。脅したのは悪かったわ。一応諦めの言葉は口にしなかった事に免じてテストはしてあげる」
「いいのか!? ありがとう!」
「……私が使うのは刀だけで能力は使わないであげるわ。現実の伴わない言葉に意味は無いわよ。成したいと言うのなら力を示しなさい。刀だけの私に手も足も出ないようなら話にならないし、その時は諦めてもらうから」
フィアはそう言うと付いて来いというように手招きをして部屋を出ていった。
「ふーん、フィアがやるんですか……」
「ふふっ、何とかなったかな。さぁ雷人君、力の見せ所かな。是非フィアに認めさせて、あの子の友達になって欲しいかな」
フォレオは意味深な視線をこちらに向け、マリエルさんはそんなことを口にする。
どうも、それぞれ考えがあるらしいな。
「はは、マリエルさん。やけに押してくれると思ったら、それが目的だったんですか?」
「大切な事かな。切磋琢磨する相手、辛い時に頼れる相手、楽しい時間を共に過ごせる相手。生きていくうえで友人の存在は重要よ。君がそんな存在になってくれる事をお姉さんは祈ってるかな」
「お兄さん、ちょっとは期待してますから、いいとこ見せて下さいね」
「……期待に沿えるよう頑張るよ」
さて、ようやく巡って来たチャンス、諦めていた夢を取り戻す第一歩だ。
俺は頬を思いっきり叩いて気合を入れると部屋から一歩を踏み出した。




