3-10 ニュース
肩を叩かれて反射的に振り向こうとすると頬に何かが当たる感触があった。
間違いない、振り向かせて頬を指で突くあの悪戯だ。
こんな子供みたいな事をするような奴はここには一人しかいない。
俺は強引に振り向き、ジト―っとした目でその指の主を見据えた。
「何子供みたいな事してるんだよ、隼人」
「おいおい、強引に振り向くなよ。指が痛いっての。なぁ、そんな目で見るなって、こういうのって偶にやりたくなるだろ? そういう欲には従わないとな。俺はいつまでも若い心でいたいんだ」
隼人は人差し指を擦りながら茶化したように言う。
そういう悪戯をしたくなる気持ちは分からないでもないが、その言い訳はどうなんだ?
「何おっさんみたいなこと言ってるんだよ。というか、お前の言う若さって小学生レベルの若さなのか? それはさすがにモテないと思うぞ」
「な!? まさか俺がしょっちゅう振られるのはこの純粋な精神に問題が!? 俺のピュアハートがダメだったのか! ならば、これからはもっとダンディーにいってみるか?」
「お前のどこが純粋だのピュアだのになるんだよ。汚れきってんぞ」
「何言ってんだよ雷人! 青少年が色恋にかまける事のどこが汚れてるって? なぁ、空、唯ちゃん?」
「え? まぁ、少なくとも純粋やピュアではないかな」
「うーん、隼人君はまずその軽そうな所を見直すべきではないですか?」
「ぐはっ! ドっ直球だなおい! 俺には味方がいないのか!?」
二人に助けを求めるも、もちろん二人とも隼人に賛同はしない。
それを見て隼人は大げさに胸を押さえて傷ついたアピールをしている。
しかし、それもいつもの事なので皆笑っていた。
「まぁ冗談はこのくらいにして」
「お前は冗談なしで喋れないのか?」
置いといて、なジェスチャーをする隼人に咄嗟に突っ込むが、隼人は気にせず続けた。
「皆、昨日はニュース見たか? あれ驚いたよな。こんな町に住んでるとはいえ、あんなのは初めて見たぜ」
「あー、あれかぁ」
「そういえば忘れてたね」
「ちょっとした問題になっていましたね」
「お、おまえら反応薄いなぁ! 俺なんかちょっとワクワクが止まらないってのに」
隼人が言っているのは十中八九、芽衣の生やした巨大樹だ。
あの後、巨大樹は急激な成長のためにすぐに枯れてしまった。
残ったものも夕凪先生が燃やして片付けたという話なので、後に残ったのは割れたアスファルトだけだったはずだ。
流石にあそこまで派手にやってしまうと隠すことも難しかったらしく、巨大樹はニュースで大々的に報道されていた。
夕凪先生の頭を抱える姿が目に浮かぶようだ。
……そういえば今朝ちょっと機嫌が悪そうだったが、それが原因だろうか?
「一瞬にして現れた一本の巨大な樹! それを幻想的に演出する花火のライトアップ! そして、あっという間に炎と共に消えて、残ったのはそれが確かにそこにあったであろう痕跡のみ。イリュージョンみたいでカッコいいよな! 絶対誰かの能力だぜ! 一体どんな能力なんだろうな?」
「……いや、確かに凄いけどさ。お前は何でそんなにテンション上がってるんだよ?」
「いやいや、逆に何でお前は上がってないんだよ? 俺達能力者にとってはパーっと能力を使うのは一つの夢だろ? それも、あれだけ強力な力となれば尚更だ。加えて、俺は情報通だからな。こういう時の情報集めなんてそりゃもうテンション上がるってもんよ!」
なぜテンションが上がってないかって? 原因から何まで全て知ってるからだよ。
……とはさすがに言えないので適当に誤魔化す。
「ははは、情報通って。自称だろ?」
「おいおい、ドライだなぁ。もっと自分の住んでる町の事に興味を持てっての。あれは今世間でも話題なんだぞ? 能力の暴走か? 計画的なものか? ってな。場所が場所なら大惨事になっていただろう事は間違いないし、あんなのを故意的にやられたら対応するのも難しいからな。あれは芸術だって擁護派と危険だって否定派で意見が割れてるんだ」
「え? あれってそんな事になってたのか? それは知らなかったな」
「お前らなぁ……、もっと時事ネタには関心を持てよ。能力者が集められたこの島でも基本的に能力は使用禁止だからな。こういう事件は少ないし、そもそもあんな事が出来る程の強力な能力者なんてそうそういないだろ? だから話題性としては抜群なんだよ!」
「なるほど。確かにそうですね。あまり大きく取り上げられて変な事にならなければいいのですが……」
「うーん、一応警戒はしておいた方が良いかもね」
「ん? 警戒? あぁ、そっか。中には事件に便乗する過激な否定派もいるかもしれないもんな。お前らも気をつけろよ? あぁ、じっとしていられねぇ。ちょっと俺は調査に行ってくるわ」
そう言うと先生に見つからないようにか、こそこそと抜き足差し足で出口付近に向かう。
そして、先生の目が出口付近から外れた瞬間にダッシュで出て行ってしまった。
俺達はそれを呆れた顔で見送った。
「……授業のサボリとはまた小さな便乗者が出たもんだな」
「あはは」
「でも隼人君の言う通りです。この件は気に留めておくことにしましょう」
「そうだな。よっぽど大丈夫だとは思うが、頭の隅には置いておくか」
その時、授業の終わりを知らせる鐘の音が響き、俺達はそれを合図に着替えをするために解散したのだった。




