3-8 お別れ
その後、空を起こした俺達は一階に下りてテーブルを囲んでいた。
もちろん話題はさっきのシルフェについてだ。
寝ている空の部屋にいたこともそうだが……問題はさっきの一言、「あれ、もう朝ですか?」だ。
「えーっと、ごめんね? まずは状況が分からないから聞きたいんだけど、皆……何で僕の部屋にいたわけ? 起きたら皆に囲まれてて凄くびっくりしたんだけど」
「まぁ、うん。簡単に説明するとな。空を起こすために部屋に入ったらシルフェがいたんだよ。まぁつまり、そういうことだろ?」
「どういうこと!? あれ? 僕って昨日鍵かけなかったっけ!?」
「あぁ、はい。かかってたので、開けて入りました」
空の当然の質問に顔色一つ変えずに笑顔で答えるシルフェ。
状況が状況なので少しばかり恐怖を感じる。
「開けたってどうやって……。ここって合鍵とかあったっけ?」
「それは、こうやって」
そう言ったシルフェの手には一束の髪の毛があり、それは一瞬にして鍵に変化した。それを見た空は叫んだ。
「鍵の意味ないじゃん!?」
「これはさすがに駄目ね……。プライバシーの問題があるもの。私だってやろうと思えば出来るけど、さすがにやらないわよ?」
「俺も出来るけど、やらないな」
「僕は出来ないんだけど!?」
空が立ち上がってそう言った。
確かに空の能力では無理だな。
俺はカナムを固定することで様々な形状を作ることが出来る。
鍵だって例外じゃない。
鍵穴にカナムを入れて鍵を作って回すだけだ。
フィアも同様に氷を使ってそれが出来るだろう。
とはいえ、出来るかどうかとやるやらないは全く話が違う。
俺や恐らくフィアも他人の部屋には勝手に入ってはいけないという意識がある。
まぁ、フィアは前科がたくさんあるが……それは一応無意識のはずだ。
これは複数人で生活していれば当然必要なマナーだ。だがここで疑問が一つ。
今の話はあくまで俺達にとっての常識だ。
シルフェは顔色一つ変えていなかったし、悪いことをしたと思っていそうにない。
もしかしたらシルフェの故郷では常識が違ったのかもしれない。
こういうのはデリケートな問題だが、一応確認はした方が良いだろう。
「もしかして、えーと、天使族は人の部屋に勝手に入っちゃいけないとかそういう認識は無いのか? どこでもフリーな感じ?」
「んーん、ありますよ。勝手に入るのは非常識ですよね」
「そ、そっか」
尚も笑いながら答えるシルフェに俺は苦笑いをした。
その認識があるのにどうしてしてそうなった?
なぜそんなに平然と笑顔でいられるのか、非常に疑問だ。
普通は悪いという認識があったらふりでも反省して見せるものじゃないのだろうか?
それともその認識を無くすほどに空に夢中だってことなのか?
俺とフィアは苦笑いで困惑するばかりだが、当事者である空は険しい顔と声で続ける。
「じゃあ何で僕の部屋に鍵を開けてまで入ったのさ」
「それは……」
元々怖い顔でもないから顔を険しくしてもあんまり怖くはないのだが、シルフェの顔から笑顔が消えて俯く。
空からの印象が悪いことをようやく理解したのだろうか?
シルフェの目に涙が溜まり始めた。
「わわわ、ごめん、泣かせるつもりじゃ……ら、雷人」
「俺に言われてもな……」
空は泣き出したシルフェを見た途端に険しい顔をやめ、おろおろし始めた。
そして縋るように俺を見るが、正直俺もどうしたらいいかなど分からない。
とはいえここですぐに許してしまうと後々まずいかもしれないしな。
涙一つで全て解決出来ると認識されてはたまったものではない。
そんな事を考えているとシルフェが涙を拭いながらも震える声で言った。
「違うんです……。ごめんなさい。会ったばかりなのに好きって言われて、寝てる間に部屋に入られて、怖かったんですよね?」
「そ、それはまぁ……ちょっとね。でも、それが分かるなら何で……」
空の意見はもっともだ。正直俺もそんな行動に出た以上そういう意識がないのかと思っていた。
今それに気付いて泣き出した可能性はなくはないが、こういうのは思い込みで済まさずにきちんと聞いておいた方が良いだろう。
本人がどういうつもりで行動していようが他人である俺達にはその行動しか見えないのだ。確認しないことにはいらぬ誤解を生むだろう。
数秒の沈黙の後、シルフェがゆっくりと口を開いた。
「会えなく、なっちゃうから……まだ、会ったばかりなのに、会えなくなっちゃうから……思う存分見て、目に焼き付けておこうと思って……。駄目だとは思ったけど、このまま、離れたくなかったから……」
泣いているせいで途切れ途切れの言葉をシルフェが紡ぐ。
言っている事の意味は分かるが、理解は出来なかった。
会えなくなる?
離れる?
昨日、シルフェはフィアと入社の手続きをして、それは滞りなく済んだのではなかったのか? だからこうして今は家にいるはずじゃ……。
まさか、庇いきれずに宇宙警察に逮捕されるのか?
これはその前の最後の余暇だったのか?
そう思うと疑う気持ちよりも可哀想だという気持ちが強くなってきた。
彼女は騙されて罪を犯したのだ。
本人は自身の命を捨てようとするほどに自身を追い詰めて反省したわけだし、入社の話には俺も賛同していたのだ。
一目惚れとはいえ、それも恋愛の一つだ。
良いじゃないか。ちょっと目頭が熱くなってきた。
「そうだったのか……。まぁ何だ。空、今回は許してやれよ。最後に好きな奴の顔を思う存分見たいなんて、ささやかな願いじゃないか」
「うん……そうだね。そういうことなら……」
「許してくれるの? ありがとうございます!」
空の言葉に涙を拭い、さっきまでの涙は吹き飛んだかのようにシルフェが笑う。
まだ目には涙が残っているが、その笑顔は太陽のように明るい。
何というか見ているこっちも明るくなるような笑顔だ。
しかし、すぐに上目遣いで顔を赤らめてもじもじとした様子になる。
「我儘ついでに、もう一つ……お願いしてもいいですか?」
「いいよ。お願いって何?」
「敬語なしで話してもいいでしょうか!」
「ため口ってこと? それくらい全然大丈夫だよ」
「本当ですか? ありがと! 昨日の夜にいきなりだと距離間詰め過ぎかなって思って、言葉にはちょっと気を付けてたんだ。えへへ、これだけでもなんか仲良くなれた感じがするね!」
何とも微笑ましい会話だ。
なんと言うか、初々しい感じ?
シルフェも距離を縮めようと頑張っているのだろう。
どのくらいの間、宇宙警察に拘束されるのかは分からないが、なんとなく応援したくなってしまう。
その時、ふと微妙な顔をしているフィアの顔が目に入った。
なぜ微妙な顔をしているんだろうか?
こういう展開はフィアも嫌いじゃなさそうに思うのだが……もしかして想像以上に刑期が長いのだろうか?
気になった俺はフィアの隣に移動して小声で尋ねた。
「微妙な顔してどうしたんだ? そんなにシルフェの刑期は長いのか?」
「刑期? まぁ、長いといえば長いけど」
やっぱり、刑期は長いのか。シルフェも会えなくなるって泣いていたものな。
しかしニュアンスからしてそれはフィアの微妙な顔の理由ではないようだ。
「それが理由じゃないのか? じゃあどうしたんだよ」
「いや、大げさだなぁと思ってね」
「大げさ? 大げさってことはないだろ。そりゃあ、面会とかは出来るのかもしれないけど、捕まって長い間会えないともなればあのくらいは普通じゃないか?」
「は? 捕まって長い間会えないって、何の話よ?」
「えっ? 急遽宇宙警察に捕まることになったんだろ? だからああやって泣いてるんじゃないのか?」
俺がそう言うとフィアは呆れ顔で言った。
「何でそんな話になってるのよ……。会えなくなるのはせいぜい三日よ。三日」
「は?」
フィアの言葉を一瞬理解出来ずに思考が止まる。
三日だって?
何を言ってるんだ?
さっきは刑期が長いって言っていたじゃないか。
何か認識の違いがあるのか? そう思って俺は尋ねる。
「どういうことだよ? さっき、刑期は長いって言ったじゃないか」
「いや、だからいわゆる刑期は長いわよ? その期間は有無を言わさずホーリークレイドルで働くの。そういう契約よ。何で宇宙警察に捕まるなんて話になってるのよ?」
「……えーと、じゃあ会えないっていうのは?」
「あんた達と違って正式採用の方向だからね。私の付き添いで新入社員の研修よ」
「研修……」
「今回の件に関しては私も人の事を言える立場じゃないし、何かを言う気にはなれないけど。やっぱりオーバーリアクションよねぇ。雷人もそう思わない?」
そう言いながらフィアが何やらこちらの様子を伺うようにちらちらと目線を向けてくる。
なるほど、微妙な顔をしていたのはツッコミたいけど、ツッコミ辛かったからか。
自分じゃ言い辛いのは分かるが、俺を見るのは止めてくれ。
俺もツッコむ気はないから……。
それにしてもこの感じ……。
どうやら、シルフェは空のことになると常識が抜け落ちるみたいだな。
これが恋は盲目ってやつなのか?
俺は空のこれからを思い、天井を見上げた。
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