3-7 寝顔を拝見
ジリリリリリリリリ!
けたたましい音が鳴り響き、意識が暗闇から浮上する。
その音源に向かって腕を振り下ろすと音は素直に鳴り止んだ。
「んー、もう朝か……。眠い……。昨日は頑張り過ぎたかもなぁ」
まだ微睡む意識の中、もう一度眠りたいという欲が頭を占める。
しかし、今日は学校のある日だったということを思い出し、気力を振り絞って布団を跳ね退けた。
そして、最近の習慣で辺りを見回した。
どうやら今日もフィアは来なかったようだ。
最近フィアがいることが当たり前になりつつあったせいか、若干寝起きが悪い。
フィアがいると少なからず意識して目が冴えるからな。
癖が直って喜ぶべきか、悲しむべきか……。
雷人は欠伸をしながらも立ち上がると、なんとか部屋を出て一階に下りて顔を洗う。
眠たいことに変わりはないが、ようやく意識が覚醒してはっきりとした。
「よし、今日も一日頑張るか。……さて、まずは朝食だな」
キッチンに移動すると冷蔵庫に入れてあった食パンを取り出しオーブンに入れる。
そうして、トーストを作っている間に目玉焼きを作る。
数は人数分なので各四つだ。
結局シルフェはフィアの預かりとなり、やはり監視は必要であると判断されたため、この家に住むことになった。
天使達の間ではそれが普通なのか、シルフェはなかなかにスキンシップが激しい。
隙を見つけては引っ付くので、空は常に気が気ではないようだ。
別に羨ましいとかは思ってないがな。
うん、思ってない。最近フィアとの接触が無くて悲しいとか思ってないから。
朝食の準備があらかた終わると皆を起こすために二階に向かう。
まず階段から一番近いシルフェのいる部屋の前に行きドアをノックする。
「おーい、シルフェー! 朝だぞ。起きろ!」
「……」
何回かノックをするが返事は無かった。
何気なくドアノブを軽く捻るとドアが開く。
どうやら鍵は掛かっていないようだ。
正直、男が同じ屋根の下にいる状況ではかなり不用心だと思う。
まぁ、俺も空もそんな気は起こさないけどな。
そもそもそんな度胸は俺にはない。
多分、空にもないだろう。
そんなわけで、俺はドアをしっかり開けることもなくそのまま閉めた。
女子の部屋に勝手に入ったらフィアや空に何を言われるか分かったものではない。
「よし、後回しにしよう。後でフィアにでも起こしてもらえばいいだろ」
俺は頷きながら独り言で自分を納得させると向かいにあるフィアの部屋へと向かう。
そしてノックしようとした瞬間、突然開いたドアに顔がぶつかった。
ゴンっ! という鈍い音が響く。
「あたっ!」
「ふぇ? あっ、ごめんね。雷人。気付かなかったわ……」
「い、いや、ちょっと今ボーっとしてたから、大丈夫」
若干赤くなった鼻を擦りつつ、心配そうにこちらを見ているフィアに手の平らを向ける。
何ということはないが、ちょっと恥ずかしい。
「それならいいけど……。ちょっと見せて」
「え? 大丈夫だって」
「いいから、見せて」
フィアはそう言いながら俺のおでこに手を当てて、前髪を上げながら顔を覗き込んでくる。
顔がかなり近い。
フィアの吐息が微妙に当たってくすぐったい感じだ。
多分今、俺は顔が赤くなっていることだろう。
……見なくても分かる。
「……赤くなってるわね。特に問題はないと思うけど……、ちょっとごめんね? ……応急手当。どう? 少しは痛く無くなったでしょ……ってさらに赤くなってる!?」
「い、いや、大丈夫だ。痛みは引いたよ。ありがとう」
俺はフィアの視線を避けようと顔を逸らす。
しかし、今確かに痛みが引いたな。何でだ?
「……フィアって回復とか出来たっけ?」
「うん? あぁ、応急手当ね。擦り剥いたとか、切り傷とかの軽度の怪我程度なら治せるわ。あんまり効果が強くないから、ほとんど使える時はないけどね。残念ながら応急処置レベルかな。あはは」
「そっか、フィアは色々出来るんだな」
「指輪があってこそよ。私自身にはあなた達みたいな立派な能力は無いもの」
そう言うとフィアは目線を逸らした。
気にしているのだろうか?
そんなの無くても十もの指輪を扱えるフィアの方がよっぽど凄いと思うのだが。
そんなことを考えているとフィアが俺に視線を戻した。
「それにしても何で私の部屋に? ……あぁ、今日は雷人達が学校に行く日だったっけ?」
「そうそう、朝ご飯が出来たから呼びに来たんだよ。そうだ、シルフェの奴がノックしても出て来なくてさ。悪いけど起こして来てくれないか?」
「えぇ、それくらいお安い御用よ」
そう言うとフィアは向かいの部屋に向かって歩いて行った。
それを横目に俺は空の部屋へと向かい少し強めにノックする。
「空起きろ! さっさと起きないと遅刻するぞ!」
何度かドアを叩くが返事は無かった。
試しにドアノブを捻るとこれまたドアが開いた。
皆、鍵はかけない主義なのか?
いや、空はシルフェが侵入して来ないように鍵をかけるとか言っていた気がする。
かけ忘れたのか?
あいつ、なかなかに不用心だな。
俺はそう判断するとそのままドアを開いて中に入った。
空相手なら特に遠慮する必要もない。
「空、入るぞ。いつまで寝てんだよ……」
そして、その直後に俺は固まった。
部屋に入った先で俺が目にしたのは気持ちよさそうに眠る空、そして、それをうっとりと眺めているシルフェだった。
シルフェはベッドに肘をついて両手に顎を載せながら空の顔を眺めていたのだ。
「ねぇ、雷人。シルフェが部屋にいないんだけど……」
フィアが廊下からひょっこりと顔を覗かせてそのまま固まる。
そこでようやく俺達の存在に気付いたらしく、シルフェがツヤツヤした顔でこっちを見て微笑んだ。
「あれ、もう朝ですか? おはようございます」




