2-49 真偽看破
「ちょっ!」
いきなりフィアがビンタを決めたので、俺は咄嗟に手を伸ばしかけた。だがフィアと目が合い、その鋭い視線に伸ばした手を引っ込めた。
シルフェは赤くなった頬に手を添えて放心している。
フィアはドカッと椅子に腰を下ろすと腕を組んだ。
「とりあえず言っておくけど、そんな事で命を粗末にするのは止めなさい。あなたが死んでも何の贖罪にもならないわ。それに、未遂で終わったうえに事情をほとんど知らなかったとなれば、死罪になんてならないわよ。宇宙警察はそこまで見境なしじゃないわ」
「……」
フィアもそれだけ言うと黙ってしまい、シルフェはしばらく放心していたが顔を上げた。
「で、でも、そうじゃなくても、そうすればあなた達の気は晴れるでしょ?」
「本気で言ってるの?」
なんだかフィアの態度がかなり威圧的だ。
でも、正直フィアが苛立つのも分かる。
シルフェの言うことはひどく短絡的だ。
フィアが止めなければ俺はシルフェを殺していただろう。
……これについては当事者の俺が言った方が良いだろうな。
「……シルフェ。それは違う。君はただ、罪の意識から逃れたいだけだ」
「そ、そんな事……」
俺の言葉にシルフェが顔を青くしながら首を振る。
子供がいやいやと言っているかのように。
「あるよ。確かにシルフェがフィアを殺したと思ったから、あの時の俺は君を殺したいと思った。だけど、実際にはフィアは生きてる。後から事情を知れば、君を殺した事を俺は絶対に後悔する」
「え? あ……あぅ……」
「君が相手の事を本当に考えているなら、相手がどう捉えるかも考えるべきなんだよ。もっとも、人によって考え方は違うんだろうけど、少なくとも俺は後悔する。俺は殺さなくていい人を殺してしまったっていう十字架を背負って生きていくことになるんだ」
「あぅ……じゃあ私はどうすれば、どうすれば良かったの?」
「それは……」
シルフェの目から涙が溢れた。
もちろんこういう場合は警察、この場合は宇宙警察に出頭して罪を償うということになるだろう。
だが、もし彼女の話が本当ならば俺はチャンスを与えたいと思ってしまう。
甘い考えだとは思うが、なかなか非情にはなりきれない。
今後のためにもと思いさっきはああ言ったが、咄嗟の判断が必要な状況で冷静になれる人ばかりではない。
自分がシルフェと同じ状況になった場合、ちゃんとした判断が出来るかと言われれば疑問だ。
シルフェのとった行動は良い行動ではなかったが、どうやらこっちに怪我をさせないようには配慮していたようだし、情状酌量の余地はあるんじゃないかと思ってしまう。
俺がフィアの方を見ると、何やら端末を口に近づけて何かを話しているようだった。
フィアは俺の視線に気付くとシルフェに向き直った。
「シルフェ、あなたの行動はお世辞にも良い行動ではなかったわ。だけど間違いは次に生かせばいい。月並みだけど、これは事実よ。あなた、償う気はあるのよね?」
「も、もちろんだよ! でも……どうすれば償いになるの?」
「よし、それじゃあ私達と一緒に働きましょうか」
フィアが厳しい表情を突然変え、満面の笑みでそんな事を言った。
「……え?」
「は!? フィア、何を言ってるんだ? 今の話が全部本当なら確かに良いかもしれないが、俺達じゃ嘘かどうかの判別は出来ないし、それに勝手に決めて良いのかよ?」
俺とシルフェは驚愕で開いた口が塞がらない。
そんな様子をにんまり笑顔で見つつ、フィアは人差し指を立ててくるくると回す。
「実は私の指輪には真偽を見極めるものがあるの、条件が結構厳しいんだけどね」
「え? その指輪? そんな物があるの!?」
シルフェが目を輝かせる。
青くなったり泣いたり目を輝かせたり、なんとも忙しいことだ。
まぁ状況が状況だしな。信じてもらえないと思っていたのだろう。
俺だって信じたいとは思いながらも半信半疑だしな。
それにしても……。
「……俺も初耳なんだが」
「そりゃそうよ。言ってないもの」
フィアの奴さらっと言いやがった。
ということはフィアの前では嘘が吐けないのか?
俺は恐る恐る尋ねた。
「ちなみに条件っていうのは?」
「んー、そうね。まず発動に五分くらいはかかるわ。それと、発動中に話せる言葉の数に制限が掛かるわね。一時間に千文字くらいかしら」
「千文字って、結構喋れるじゃないか」
「そうね。他には……自分も嘘が吐けなくなるわ」
「なるほど。そのくらいは代償に必要なのか……確かに使い勝手は良くないな」
「後は指をずっと曲げてないといけないわ。結構疲れるのよね。これ」
「……なんか地味な条件だな。何でそれが必要なのか全く分からないんだが」
「知らないわよ。作った人に聞いて」
フィアはプイっと他所を向いたのだった。




