3話 誓い
このお話の中で、謎がいくつか解明されますが、まだいくつか謎を残しています。残りはまた次のお話で・・・。(^-^)
パレードを終えた馬車が城門から入ってきた直後、フェルデンを乗せた馬車の脇を必死の形相で駆ける小柄の騎士の姿があった。
「フェルデン陛下!! 大変です!!」
そろりと下から見上げながら走り寄るユリウスを、また始まったとばかりに呆れ顔でフェルデンが苦笑して返答する。
「ユリ、今度は一体どうした。んっとにお前はいつも落ち着きが無いな・・・」
「陛下! それは一体どういう・・・、じゃなくて!! 大変なんですってば!!」
一人突っ込みを入れる部下の様子を苦笑しながら眺めるフェルデンにとっては、慌てて報告にやって来るユリウスのことなど、日常の一コマに過ぎなかった。
「馬を止めてくれ」
フェルデンは、部下に命じて馬の足を止めさせると、えらく興奮した様子のユリウスに向き直った。
「で、一体どうした?」
「フェルデン陛下、お、落ち着いて聞いてくださいね・・・!」
はあと溜息を溢し、フェルデンが頷く。
「ああ。まずはお前が落ち着くべきだがな」
「ぜ、絶対に怒らないで下さいよ!? 約束ですよ!?」
えらく念入りに確認をとるユリウスに、フェルデンは妙に引っかかったが、とりあえず小さく頷いておいた。
「え~~っと、なんと説明すればいいのか・・・」
「なんだそれは。大した用でないなら、後にしろ」
しらっとしたフェルデンの目つきに、ユリウスは慌てて食い下がる。
「それはダメです!! え~~っと・・・、つまり・・・」
首を捻ったフェルデンに、ユリウスは思い切って叫んだ。
「クロウ陛下が亡くなりました!!!!!」
一瞬しんと静まり返ったその場。
「は・・・?」
ユリウスの言っていることが理解できなかったのか、フェルデンが思わず素の表情で聞き返す。
「ですからっ、クロウ陛下が亡くなったんですってば!!」
「お前、一体何の冗談だ? いくらお前でも、それは行き過ぎた冗談だぞ」
状況を全く理解していないフェルデンに少しばかり苛立ち、ユリウスはさっきよりもはっきりと言い切った。
「冗談なんかじゃありませんよ!! 本当なんです、これが!! 自分の胸に剣を突き刺して亡くなったんです!!」
急激にフェルデンの顔から血の気が引いていくのがユリウスにもはっきりとわかった。
勢いよく馬車から飛び降り、フェルデンは顔を強張らせたまま早足で城へと駆け出した。
「フェルデン陛下!! どうかされたのですか?」
後ろで、控えていた護衛達が何やら問い掛ける声が聞こえたが、もう今はそれどころではなかった。
「ユリ!! どういうことだ!? 説明しろっ!!」
ほんのさっき、あの塔の上で大勢の民衆を前にゴーディアとサンタシの友好を宣言したばかりで、これからの新たなる時代への喜びを、二人で分かち合ってたというのになぜあの少年王がその直後にそのような行動を起こさねばならなかったのか、フェルデンには理解の範疇を超えていた。
「すみません、全部俺の責任です。俺が馬を置いている間に、ライシェル殿とクロウ陛下が先に城内へ・・・。すぐに後を追いかけたのですが、俺が中に入ったときには、城の中の者は皆意識を失っていて、クロウ陛下は既に・・・」
ひらひらと風で靡く王服は、足に纏わりついて煩わしいらしく、フェルデンはちいっと舌打ちして足元の服の裾を払った。それでも成る丈早く歩き、フェルデンは一刻も早く事の真相を確かめる為に足を動かした。
「それと、実はもう一つ・・・」
ユリウスが大切なもう一つのことを報告しようとしたそのとき、フェルデンは王室の扉をバンと乱暴に開いた。
部屋の中心に目を置いたまま、ピタリと静止して動かなくなってしまったフェルデンにユリウスは疑問を感じ、ふと長身の彼を見上げた。
すると、彼の美しく透けるようなブラウンの瞳が大きく見開かれていた。すっと通った男らしい鼻筋や口はまるで幻でも見ているかのような驚きでいっぱいであった。
「ユリ、これは夢か・・・?」
呆けたままのフェルデンに、ユリウスは「いいえ、現実です」と小さく答えた。本来なら、フェルデンがここへ辿り着くより先に報告してしまいたかったというのに・・・。
ちょこんと王室の床に座っている黒髪の少女は、きょとりとしてフェルデンとユリウスの方を見つめていた。
「アカネ!!!」
気づくと、フェルデンは周囲の全てを忘れてその少女に駆け寄り、強く抱きしめていた。
懐かしいチチルの甘い香りがふわりとフェルデンの鼻腔をくすぐる。
「フェルデン・・・?」
強く抱き寄せられたまま、少女は驚き目を丸くしている。
「・・・・・・」
抱きしめたまま、何の反応も返さないフェルデンに、少女は思わず呻いた。
「フェルデン、痛いよ」
「アカネ・・・、会いたかった・・・!」
朱音は逞しい青年の腕の温もりの中で、静かに目を閉じ、そろりとその背に腕を回す。
長身の彼が、床に膝をつき服が汚れることも厭わずに彼女を抱きしめたまま動こうとしなかった。
「わたしも・・・」
朱音は頬を伝う熱いものに気付いてはいなかった。
胸が熱い。身体の奥深くから溢れる水のようにその感情がどんどん噴き出し、頭を真っ白にさせた。
“もう離れたくない”
そんな想いが、次々に沸き起こり、回した手につい力が籠もる。
まさか、こうして彼に新崎朱音として会える日が再び来ることなど、誰が予想していただろうか。朱音自身、ファウストの闘いの際にその希望はとっくに諦めていた。
(それなのに、今、わたしはこうして彼に抱きしめられてる・・・)
幸せという言葉では形容できない程、朱音は喜びと安堵感に包み込まれていた。
「アカネ、君は俺のすぐ近くまで戻って来てくれていたのに、俺は・・・!」
フェルデンが自分を許せない口調で朱音の頭上で呻くように溢した。
「本当は、俺には君をこうして抱きしめる権利などどこにも無いというのに・・・」
朱音はするりと青年王の腕からすり抜けると、黒く澄んだ瞳を彼に向けた。
「そんなことない、貴方に自分の正体を隠して騙し続けていたのはわたしなんだよ? 貴方にその権利が無いのなら、わたしにはもっとその権利は無いよ」
涙の雫で濡れた純真な少女の頬を、フェルデンは優しく撫でた。
「君はちっとも悪くなんかないよ、アカネ。君を守ってあげられなかったのはおれだ。おれはまだ弱く、そしてあまりに盲目だった・・・」
悲しそうな目で見つめ返す青年に、朱音は微笑んだ。
「でも、そのお蔭でわたしは貴方のもとに戻って来られた・・・」
「ああ・・・。おかえり、アカネ」
朱音はまた泣いた。
彼の元まで戻ってくるまで、どれだけ遠回りしてきただろうか・・・。
一度は元の世界へ戻り、彼の元を去った。
けれど、結局はまたレイシアへと連れ戻され、朱音の身体を失い、そして彼との繋がりも一度は失ってしまった。
かけがえの無い仲間との旅を通して、色々な人々と出会い、別れ・・・。
闘いで傷つき、友や多くのものを失ってきた。
そして、朱音としての最期を迎え、その時に“自分探しの旅”の答えを得たのだ。
この世界に連れて来たアザエルを恨み、自分の人生を呪ったこともあった。
けれど、今ではこうして別の世界に住むこのたった一人の青年に出会わせてくれた運命に感謝していた。あのまま、元の世界で受験生を続け、受験し、高校生活を送っていけばそれなりに幸せな人生が待ち受けていたかもしれない。だが、“フェルデン・フォン・ヴォルティーユ”という男に決して出会うことはできなかっただろう。
「アカネ、君は本当にすごい女の子だ」
フェルデンの言葉に首を傾げると、彼はふっと優しい笑みを浮かべた。
以前よりもすっかり大人っぽい顔つきになった青年は、今や王たるにふさわしい空気さえ纏っている。
「君がこのサンタシ国を守った。そして、兄上さえもが成し遂げることのできなかった、ゴーディアとサンタシの平和への礎を築いた。君は偉大だ」
全くそんな偉業を成し遂げたつもりのなかった朱音は、純真な目で整った若き王の瞳を困り顔で見返す。
フェルデンは気付いていた。彼女の魂が、どれだけ高潔で、そして人々の心を捉えて離さぬほどの魅力を兼ね備えているかということを。そして、その彼女の魂こそが、サンタシとゴーディアの人々の心を一つに結束させ、平和へと導いたのだという事実を・・・。
「だけどフェルデン、いつクロウがわたしだと気づいたの・・・?」
朱音からすれば当然の疑問だった。
朱音の知る限り、フェルデンが自分の存在に気付いていたという覚えが見当たらなかった。ディアーゼ港での再会時には、確かにフェルデンは自分を見て、敵国の王であり憎い仇だという目を向けていた筈であったし、その後の王都での闘いでも、一向にそんな素振りは見せていなかった筈だ。
「情け無いことに、ちゃんと気付いたのは君がファウストとやり合っている最中だ・・・。違和感を感じ始めたのは、その少し前。そう、王都にゾーンで戻った時あたりだろうか・・・」
そうなると、フェルデンがクロウの中の朱音の存在に完全に勘付いたのは、朱音がクロウの中で眠りについてしまった後ということになる。
「そうだったんだ・・・」
「だが、リーベル号で既に君が別の形で生きているということには気付いていたんだ。高貴な娘が海に落ちたと聞いて、すぐに君のことじゃないかと疑った・・・」
朱音はこくりと頷いた。
「あはは、それわたしだ」
ぽりぽりと鼻頭を掻くと、照れ笑いを浮かべる。
「じゃあ、あの嵐の夜に船の地下室にいたのは、やっぱり君だったのか」
暗闇の中、立つこともままならないあの船の地下室で、確かにフェルデンは朱音の存在を感じていた。一言も発することの無かった朱音だったが、崩れた荷物から庇った際に漂ったチチルの実の甘い香りは、今でもはっきりと思い出される。
「ごめんね、どうしてもクロウの姿で貴方に会う訳にはいかなくて・・・」
フェルデンは俯いた朱音の頭をふわりと撫でた。
「あの後、君は本当に海に落ちたのか?」
嵐の後に行方が分からなくなってしまった朱音の存在。
またもやこくりと頷いた少女に、フェルデンは頭を抱え込んでしまう。
「・・・・・・」
「え、フェルデン・・・?」
黙りこんでしまった金髪の青年に、朱音は心配そうに顔を覗き込む。
「おれはまた君を救えなかったってことか・・・」
「でもね、大丈夫だったんだよ! ほら、アザエルが助けてくれたし!! あ、でもあの時はアザエルも死にかけてたんだっけ・・・」
フォローするつもりが、余計にフェルデンを落ち込ませ、がっくりと肩を落としてしまう。
「・・・んっとに、自分が嫌になるよ・・・」
朱音がおろおろと気落ちしてしまった青年の隣で慌てふためく。
「君を自らのこの手で殺そうとまでしたんだ。その上君に酷いことを言って、心を傷つけてしまった・・・。一生かけて償っても償いきれない程だ・・・」
彼はこれから先、きっと自分を許すことをしないだろう。そう朱音は心の中で感じた。けれど、それはひどく悲しいこと。優しいこの青年には、いつだって笑顔でいて欲しい。
「きっとわたしが逆の立場なら、わたしも同じことをしていたと思う・・・。だから自分を責めないで、フェルデン・・・? それに、わたしは実はすごく弱い人間なんだ・・・」
逞しいフェルデンの手に自らの手を添えながら、朱音は一つひとつ、想いを言葉に紡いでいった。
「クロウの姿で目が覚めた時、わたしは全てを失ったと思った・・・。そして、正体を知られて貴方から拒絶されることが何より一番怖かった・・・。実際、貴方がサンタシから使者として来たとき、絶対に貴方にクロウの正体がわたしだって知られたくないって思ってた・・・。つまり、わたしは臆病で、真実を話す勇気が無かったの・・・」
自分にもう少し勇気があれば、貴方がこうして苦しむことも無かったのにね、と朱音は辛そうに笑った。そして小さく「ごめん」と付け加えた。
フェルデンは、朱音が真っ直ぐな言葉に全ての神経を研ぎ澄ませて聞き入っていた。
「だけどね、一つクロウとして目覚めてはっきりとわかったことがあるの。“わたしはわたし”だってこと。たとえ外見が変わろうとも、ここにいるのは新崎朱音なんだ」
彼女のどこまでも澄んだその目を見つめるうち、フェルデンは胸が高鳴るのを感じていた。
「だから、今なら胸を張って貴方にも話せる。貴方がどう感じるのかが少し怖いけど・・・」
朱音は一呼吸置いてから告白した。
「わたしはね、クロウの魂の生まれ変わりなの」
大きく茶の瞳を見開き、フェルデンが無言のまま朱音を見つめ返す。
その間に耐え切れなくなって、朱音は辛そうに目を伏せった。
「・・・それはつまり・・・、アカネとクロウは魂を共有していると・・・?」
朱音は深く頷いた。
(アカネとクロウが同じ魂だと・・・!?)
それはあまりに衝撃的な事実だったが、フェルデンには、今までのできごとを考えると、それはいかに自然なことか納得できた。朱音の魂が特別なものだったからこそ、自身が強く惹かれていったのかもしれないと、なぜかすんなりと受け入れることができたのだ。
「わたしも初めはそんなこと信じられなかった。だけど、本当のことだった・・・」
朱音の話が本当だとすると、一つの魂で二つの肉体を持っているということになる。
「貴方を追って旅に出て、たくさんのことを経験して、色んな人達と出会って分かったの。クロウの生まれ変わりだってことも全部ひっくるめて今のわたしなんだってこと。クロウとはまた違う、わたしという人間なんだ」
今まで覆い隠してきた部分を全て打ち明けたことで、朱音の心は羽のように軽かった。あとはフェルデンにどう受け取られるかということだけが、朱音にとって大きな問題でもあった。
フェルデンは黄味を帯びた少女の頬に手を添えると、静かに言った。
「ああ、君は君だ」
じわりと朱音の視界が滲んだ。
受け入れられている。そんな安堵感が朱音を包み込んでいた。
「ありがとう、フェルデン・・・。それとね、旅の中でもう一つ分かったことがあったの」
ぽろぽろと零れ落ちてくる涙の雫を切なげに見つめ、その一つひとつを指で拭い去りながらフェルデンは頷いた。
「フェルデン、わたし・・・、貴方がすごくすごく大好きなの・・・! 貴方を失いたくない・・・! 貴方がとても大切だから、わたし・・・!」
全部を話しきらないうちに、朱音は再び逞しく温かい青年の逞しい腕の中で、再び抱きすくめられていた。
「アカネ、もう二度と君を失いたくない・・・!! 君を失ったと知ったとき、あれ程の地獄はなかった・・・」
ああ、と朱音は胸の中で後悔していた。自分のせいで、彼をどれだけ哀しみの淵へと追いやっていたのかと・・・。
「愛してる、アカネ! 君を二度と危険に晒したりはしないと約束する・・・! 二度と君を手放さないと!」
考えてもいなかった愛する青年からの告白に、朱音はぎゅっと目を瞑った。朱音自身、彼と全く同じ気持ちでいっぱいだった。
けれど、その喜びはすぐに悲しみへと変化してゆく。
「だけど、そのせいでクロウは・・・」
朱音の声で、重要なことを思い出したフェルデンは、はっとしてユリウスを振り返った。
「そうだ、クロウは・・・! ユリ!!」
二人のやり取りを目にし、ほんのりと頬を紅く染めたユリウスが、落ち着きの無い返事を返した。
「クロウ陛下ですが、本人がご希望された通りに身体はアカネさんが入っていた棺の中に入れておきました」
ユリウスの言葉に、フェルデンが眉を顰めて訊ねた。
「クロウの希望・・・? お前、クロウと話したのか?」
はたと少し考えてから、ユリウスが微妙な顔で頷いた。
「ええ、まあ、話したと言えば話しましたね・・・。ですが、話していたのはアカネさんの身体でしたけど・・・」
「それは、一体どういうことだ・・・?」
困り顔のユリウスは、フェルデンに説明を加える。
「ええと、上手く説明できないですが、アカネさんとクロウ陛下は同じ魂の為同時に存在することができないんだと思います・・・。ですから、クロウ陛下は自らこんな行動を・・・」
ユリウスの説明に、フェルデンは難しい顔をしたまま目を閉じて考え込んでしまう。
「つまり、お前はアカネの身体を使って話すクロウと言葉を交わしたと・・・?」
大きく頷くと、ユリウスは「おそらく」と返答した。
フェルデンは、とんでもないことになってしまったと、今にも頭を抱え出しそうな雰囲気だった。
「お取り込み中に申し訳ない」
ふと、背後から落ち着いた声がして三人は振り返った。
そこには、旅装束に衣替えを済ませた槍遣い、ライシェルが静かに扉の前に立っていた。
「サンタシ国王、フェルデン陛下。我主クロウ陛下から書状を預かっています」
フェルデンは彼の意図を感じ取って、すっと立ち上がった。
まるで隙のないこのゴーディアの黒の騎士団指令官の男は、国王の前でもまるで物怖じする様子も無く、預かっていた書状をフェルデンに差し出した。
上等の紙に蠟で封をされた書状を受け取ると、フェルデンは光を映さないライシェルの眼を見つめた。
無言のままそれに視線を落とし、腰のナイフでを手に取ると、封に切れ目を入れる。かさりと音を立て、フェルデンは手紙に目を通していった。
“親愛なるサンタシの国王、フェルデン・フォン・ヴォルティーユ陛下。
貴方はゴーディアとサンタシに平和をもたらした歴史上初めての人間だ。
僕は共に闘った貴方を心から信頼している。だからこそ、打ち明けなければならない。
二百年前のマルサスの危機で、僕は父から受け継いだ魔力を抑制する術をもたなかった。それを危ぶんだ父が、アザエルに命じ、僕をある儀式により一時的に異世界アースへと魂のみを転生させた。
僕は約二百年の月日をクロウとしての記憶を一切持たず、全く別の人間として幾度か生まれ変わりを繰り返していた。
そんな中、父ルシファーがマルサスの危機の際に受けた毒が原因で亡くなり、その側近であったアザエルは父の生前の遺言通り、鏡の洞窟を通じ異世界アースを訪れ、とうとう僕の生まれ変わりの魂の持ち主を探し当てた。それがアカネだ。
でも、彼女はあくまで普通の家庭に生まれた普通の人間の少女で、彼女には大切な友人や家族もいた。
けれど、父亡き後のゴーディアの混乱を防ぐ為という僕らの自分勝手な理由で、彼女を無理矢理レイシアへ連れ去り、その魂を僕へと戻す為に彼女の全てを奪う結果になってしまった。
僕自身の人格が覚醒するまで、彼女は僕の身体の中で存在し続けていた。
アカネは、僕の中で懸命に生き、そして希望を最後まで捨てようとしなかった。完全に彼女の人格が僕の中から消え去ってしまうその時まで・・・。
アカネは僕を恨むどころか、かけがえの無い多くのものを残してくれた。
仲間。心の強さ。優しさ。愛。希望。
その全てが、僕がいくら欲しても手に入れることのできなかったものばかりだ。
僕は、彼女をこの世界に連れてきてしまったことや、闘いに巻き込んでしまったことは大きな間違いだったと思っている。
そして、奪うことしかできなかった僕が、一体彼女に何をしてあげられるだろうと・・・。
だからこそ僕は決めた。彼女から奪った時間を返すことを。
決して、僕らがしてきたことを償うことはできないけれど、せめて、アカネには笑っていて欲しい。
貴方に彼女を頼みたい。そして、今後のサンタシとゴーディアのことを。否、
このレイシア全てを・・・。
僕が再び目覚めるときは、アカネの命が尽きるときとなるだろう。それまで、僕はもう少しの間眠りについていることにするよ。
僕が目覚めるまでに、レイシアに真の平和を築き上げていて欲しい。
どうか、素晴らしき友人、賢王フェルデンにお願いしたい。
もう一人の僕、アカネをよろしく頼む。
貴方の友人 クロウ”
読み終わった後、フェルデンの中で霧がかった視界が一気にはれたような気がした。全ての謎や出来事が、やっと一本に繋がったのだ。
フェルデンは懸命に書き綴ったであろうクロウの手紙をぐっと胸に押し付けると、強く心の中で誓った。
(クロウ・・・、きっと約束しよう・・・!!)