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AKANE  作者: 木と蜜柑
第4章  戦編
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    21話  世界最強の敵(後編)

 ほんと、マイペースな更新にお付き合いいただき、ありがとうございます。このあと、あともう少しだけ、最終章を執筆するつもりでいます。


「フェルデン陛下、呼吸はせぬ方が無難ですぞ」

「分かっています」

 フェルデンは、師と背中合わせに剣を振るっていた。

 マブの口から発される毒の気体を吸い込まないように、二人は呼吸を止めて闘うが、しきりに襲い掛かるマブの攻撃を防ぎながらのそれはかなりの困難を極める。

 フェルデンが、魔光石の魔力を発動し、マブを吹き飛ばしたほんの僅かの間に二人は酸素を補給する方法でなんとか状況を維持していた。しかし、それももう長くは持たない。ましてや、二人は既に毒気に当てられ、身体が思うように動かせなかった。

『ビシャリ』

 切り捨てたマブの死体が熟れた柿の実が地面に落下したときのように、嫌な音を立てて地面に叩きつけられる。ディートハルトとフェルデンは順調に数匹のマブを切り捨てている筈であった。

『にちゃり・・・にちゃり・・・』

 肉塊と化したマブの遺骸がしばらくして動き始める瞬間を見るまでは、二人は痺れの残るその身体でもなんとかこの場を乗り切ることができると確信していた。

 しかし、蠢く気色の悪い遺骸が二つに分裂し、それぞれがもとの身体に再構築されていくのを目撃したとき、二人は倦む気持ちを抑えられなくなった。あれだけ苦労してやっと仕留めたこの生き物は、ともすれば最初の数より確実に増えていた。いくら切り捨てたところで、こいつらには“死”というものが無い。切れば切る程に分裂し、増え続けていく。

「これはちょいとまずいことになりましたな・・・」

 うんざりしたようなディートハルトの声に、フェルデンは溜息をつき頷いた。

 いよいよ、二人でここを乗り切るには厳しくなってきた。

『グルルルルル!!!』

 空を旋回していた飛竜の様子がおかしい。

 どうも、スキュラが尾っぽをマブの一匹に(かじ)られたらしい。痛々しい血を流し、痛みに呻きながらふらふらと地上へ向けて舞い降りてくる。マブの毒にやられたのか、身体が自由に動かせないようで、苦しそうには呻いていた。

「噛まれたか・・・!」

 赤き竜がスキュラを守るように、炎を吐き出しながら周囲のマブを追い払っている。

 あのおぞましい生き物は炎には弱いらしく、炎に飲まれたものは 『ボオッ』 と赤紫の毒々しい炎を上げてボテボテと地上に落下してゆく。

「どうやら、下手に切り刻まん方がいいようですな。焼き払うのが手っ取り早い」

 ディートハルトの意見は尤もであったが、今ここで助けになるのは赤い竜の吐き出す炎だけである。

(どうしたものか・・・)

 フェルデンは襲いかかるマブをなるたけ斬らないようにと、うまく避けることに徹しようと努力するが、咄嗟にこの生物を斬らずにはいられない。

 地上で苦しむスキュラと、心配そうに寄り添う赤き竜にも、マブが続々と群がり始めていた。

 上では蒼黒の翼をははためかせた、禍々しい親子が空中戦を繰り広げている。

 魔王ルシファーは大きな鎌を手に、息子クロウは頑丈な盾のようなものを手に激しいぶつかり合いをしているのが遠目にもわかった。二人の闘いは、すでに人間の闘いの域を遙かに越えたものであった。

「ひどいですよ、師匠もフェルデン陛下も。俺を置いていくなんて」

 マブを切り捨てた瞬間、ディートハルトは空耳かとふと顔を上げた。

「お前・・・」

 フェルデンが幽霊でも見たかのように、呆気にとられている様子からすれば、それはディートハルトの空耳でも幻想でも無いようだ。

 スタリと身軽に馬の背から降り立った小柄の騎士は、何やら丸いものを後方に放り投げて駆け寄った。数秒後、それは『ズドン』と煙と炎を上げて爆発する。火薬弾だ。威力は左程ではないが、確実に周囲のマブ数匹を仕留めた。

「あなたの心強い心の友、ユリウスの登場ですよ。嬉しくて泣けてきちゃうでしょ?」

 こんなときまで冗談を言えるのはまさにユリウスらしい。

「ユリ、無事だったのか!」

 フェルデンは驚きで叫んでいた。

「俺がそう簡単にくたばる訳ないでしょう? だいたい、貴方を知りつくして手助けできるのって、俺を除いて誰がいるってんですか!」

 ユリウスは火薬弾をひょいひょいと辺りに飴玉でも放り投げるかのように投げ上げてゆく。

「ひよっこの割に生意気を」

 ディートハルトの言葉はいつものように悪態をついてはいたが、もう一人の愛弟子の成長を喜んでいるものでもあった。

「ははっ! けど、驚くのはまだ早いですよ。もう一人、心強~い助っ人がいるんです」

 そうユリウスが言った直後、自分達の周囲をぴんと薄い膜のようなものが張り巡らされたのを感じ、二人は、まさかと声を上げた。

「じゃじゃ~~ん、我サンタシ国国王直属の最高の術師、ロラン君で~~す」

 この地獄と化した場所で不似合いなユリウスの口調に、顔を(しか)めながらもフェルデンはユリウスの指差した方向を振り返った。

 灰色のローブに霞がかった茶の髪。生意気そうな少年が馬の背に跨ったままじっとこちらを見つめている。

「ロラン、来てくれたのか」

 怪我を負った飛竜をも守るように、ロランの完璧な結界がマブのいる外界から完全にシャットアウトされていた。ようやく訪れた平穏。恐ろしい数に膨れ上がったマブはその結界を覆い隠すように群がっている。

「ヴィクトル陛下がお亡くなりになったことを伺いました」

 僅かに目を伏せ、変声期を迎えていない声でロランが言った。

「ああ・・・。君が仕えていたのは兄上だ。もうサンタシに仕える必要が無いのに、君は手を貸してくれると?」

 ロランは、兄ヴィクトルがいつしかどこやらで拾ってきた半魔族の少年であった。

 無愛想で且つ出身以外の全てが謎のこの少年を、どういう訳かヴィクトルは術師として自らの側に置いてきたのだ。その理由と真相は唯一人の弟であるフェルデンにも明かされていない。

「いいえ、僕はサンタシの魔術師です。ヴィクトル陛下に僕は返し切れない程のご恩を戴いてきました。ここにサンタシという国が在る限り、僕はサンタシの術師であり続けます」

 こくりと頷き、フェルデンはロランのどこまでも真っ直ぐな瞳を見つめた。

 この場でこれ程心強い仲間はいないだろう。

「ときに、フェルデン陛下。なぜ外のあの気味の悪い生き物が増え続けているかご存知ですか?」

 ロランの問いに、ユリウスとフェルデンが顔を見合わせた。

「あいつら、互いを食い合うことで分裂し、仲間を増やしているようですよ」

 ゾッとする話に、ディートハルトがやれやれと溜息を溢した。

「剣が効かないとなると、この火薬弾だけど、元々そんな手持ちは無いからな・・・。拙いな」

 ユリウスがぽりぽりと鼻頭を掻いて考え込む。

「・・・俺にいい考えがある」

 フェルデンがそう言ったとき、いつの間にか結界のすぐ側まで来ていた魔王の側近のそのどこまでも碧く感情の読めない目と合い、ユリウスは思わず押し黙った。クロウを見捨ててルシファーの元へと戻った男。予想以上にこれからの苦戦が強いられるに違いないとフェルデンはぐっと凛々しげに表情を引き締め、覚悟を決めたのだった。


 クロウは感じていた。自分のまだ未熟な力で、父の魔力には到底敵わないということを・・・。

 けれど、ここで全てを諦める訳にはいかないことも分かっていた。

 父の姿をした何者かが目の前で強大な魔力を弄ぶかのように振るう。

 彼を倒すには、まだクロウの力は未成熟だ。力にしろ、技量にしろ、何一つ天上人であった彼に勝るものは今のところ見つからない。

 けれど、唯一の勝機があった。クロウはその為になんとしても時間稼ぎをしなければならないのだ。

「けほっ」

 肺を傷つけたのか、夥しい血を何度も吐き出しながら、クロウはソードを構え、何度もルシファーに踏み込む。その度に返り討ちに遭い、見るからにクロウはぼろぼろの姿であった。一方ルシファーはいまだ麗しい姿のままである。

(彼なら、きっとやり遂げてくれる筈だ・・・!)

 クロウはソードを構え、禍々しい父にその刃を反射させた。

 ルシファーは不気味な笑みを浮かべる。勝利の足音に酔いしれているのがまざまざと感じ取れる。

「最期だ、クロウ」

 ルシファーの言葉に、クロウは静かに目を閉じた。

(ここまでか・・・)

 もうクロウの身体はすでに限界が近付いている。傷と体力の回復も追いついていない状況である。


“クロウ、貴方ならまだできる。諦めるには早いよ。ルシファーを見て。彼は姿形は本物かもしれないけれど、中身は彼じゃないんだよ? そんな彼に貴方が簡単に負けるなんて有り得ないよ”


 突如頭の中で響いた声に、クロウは黒曜石の瞳を見開いた。

「アカネ!? 君は消えてしまったんじゃ・・・」


”わたしは貴方の中にいる。誰よりも貴方をよく知っているから、わたしは信じてる。あなたは万物と一体になれる力を持っているんだから”


 クロウは武器を消失させた。

「何をぶつぶつ言っているのだ。潔く諦めたか」

 ルシファーが、丸腰になったクロウを皮肉った。

(万物と一体に・・・)

 クロウは瞳を閉じ、一切の感情と心を無にすることに徹した。いつしか、朱音が自らの肉体を使ってやって見せたときのように。風の音に耳を澄ませ、大地の鼓動を聴いた。芽吹く小さな生命と心音。遠くの山の川のせせらぎ。自然の中で育まれゆく命。

 通常ならばいくつも山を隔てた土地の音を聞くなどということができる筈はないが、どういう訳かクロウの耳にはその全てが伝わってきた。母なる大地の温かさと、この世界への愛しさで、熱いものが溢れてくる。

「泣く程死が怖いか、クロウ」

 ルシファーの声で、初めて自分が涙を溢していたことに気付く。

「いいえ、その逆です」

 クロウの力は解放されていた。

 背の翼がすっと姿を消すと、クロウの身体に牡鹿の魂が重なり、消えた。

(なんだ・・・? 目の錯覚か・・・?)

 ルシファーの目の前で、クロウは牡鹿の姿に変貌し、空中を力強く後ろ足で蹴飛ばし跳ねた。頑丈な角でルシファーをがしりと捕らえ、そして投げ上げる。

 ルシファーが体勢を立て直すよりも前に、今度はクロウの身体に熊の魂が重なった。大きく逞しい熊が鋭い爪を振り翳し、ルシファーの上にどしりと圧し掛かり、そのまま地上へと叩き付ける。

「ぐふっ」

 骨が砕けたのか、ルシファーは唇の端からたらりと血を流す。すぐに起き上がれないままの魔王に、クロウは容赦なく次の攻撃を加える。蛇の魂と重なったクロウは大蛇に変貌し、身動きの取れないルシファーの身体に巻き付き、締め上げる。メキメキミシミシと音と立て、ルシファーの身体の骨が次々に砕けていく。

 ぐったりとして動かなくなったルシファーの身体から、ゆっくりと離れると、クロウは静かに元の姿に戻った。

「な・・・に・・・?」

「油断したな、クロウ」

 死んだ筈のルシファーの手には、長く鋭いレイピアが握られていて、それはクロウの左胸を貫いていた。

 地面に倒れているルシファーの身体は、おかしな方向に手足が捩れ、到底生きているとは考えられない程のダメージを受けているにも関わらず、全く痛みを感じた様子もなくルシファーはその口元に笑みさえ浮かべている。

 ばたりと膝をついて倒れたクロウの前で、ルシファーはバキバキと音をさせながら、むくりと起き上がり、自らの手で折れた骨を元に戻してゆく。

「残念だな。既にこの肉体は死んでいる。たとえ首を刎ねられようと、わたしは痛くも痒くも無いのだよ」

 クロウは愕然とした。

 本当に、もうここまでかと覚悟を決めた。

(アカネ、すまない・・・。君との約束、守れなかったよ・・・)

「おい、化け物」

 闘いに夢中になっていた為、すぐ背後に別の存在がいたことにルシファーは気付くことが出来なかったのだ。

 ズンと剣を背から突き刺され、ルシファーは衝撃で僅かに前のめりになって振り向いた。

「お前は・・・」

「確かにその身体はダメージを受けないかもしれないが、貴様本体の肉体ならどうかな」

 顔色を変えたルシファーが慌てて貫かれた剣を抜こうともがく。

「まさか・・・!」

「そのまさかだ。クロウはお前より一枚も二枚も上手だってことだ。わかったか、ブラントミュラー公爵」

 クロウは顔を上げてくすりと笑った。

「させるか!!!」

 正体を見破られたルシファーの姿をしたブラントミュラーは、一度は消滅していた首切り鎌を再び出現させ、ぶんと大きく振り落ろす。

 その前に突き刺していた剣をさっと抜き去り、剣の主はやすやすとその攻撃をかわした。

「お前はここで死ぬんだ、ブラントミュラー」

「ぐぁっ!!」

 ぐらりとルシファーの首が傾き、さらさらと蒼黒の髪をなびかせながら、ぼとりと地面にそれが転がった。

「フェルデン、助かったよ」

 胸の傷を抑えながら、クロウが首を刎ねたソードを元の分子へと分解させた。

 首の無くなったルシファーの身体は、手探りで自らの首をあたふたと這いずって探している。

「首を刎ねられても、痛くも痒くもないんだろ? しばらくそのまま大人しくしていろ」 

 フェルデンがざくりとルシファーの背後から硬い岩にその身体を串刺した。首を失った身体はバタバタと滑稽にもがいている。

「くそっ!! これで済むと思うなよ!! 今に創造主の罰が下されるぞ!!!」

 化け物に成り下がってしまったブラントミュラーの負け惜しみが空しく響く。いつの間にか、あれ程増殖していたマブも一匹残らず消えていた。

「ブラントミュラー、よくも父上の身体を好き勝手に使い、こんなにしてくれたね。いくら寛大なぼくでもこれだけは許せないよ」

 クロウは首だけのブラントミュラーを犬にでも話しかけるように屈んで言った。

「今頃貴方の本体を僕の仲間が見つけている頃だ。知っているよね? 死人に魂を入れ替える禁術を行ったときのリスクは・・・」

 血の気をすっかり失ってしまったブラントミュラーはぱくぱくと喘ぐように、「やめろっ、やめろっ」と何度も悲鳴を上げた。首から下の身体になって尚、なんとか背中の剣を抜こうとその手に武器を創り出そうとするが、その手さえもフェルデンの短剣に地面に縫い止められ、動かせなくなる。

「一体どうなるんだ、クロウ?」

 実際、魔術とはあまり関わりを持たずして育ったフェルデンには理解の範疇を超えたものだったこともあり、そのリスクとやらが想像もつかなかった。

「還る肉体を無くした魂は、永久に無の世界で彷徨うことになる。誰も何も存在しない真っ暗で孤独な世界でね」

 ひいっと悲鳴を上げるブラントミュラーにくすりと笑いを漏らすと、二人は哀れな男を見下ろした。

「それはゾッとする話だな」

 フェルデンは肩を竦め、少年王に笑いかける。

「な!? おかしいゾ!? どうなってる、何も見えない!! 何も感じない!!」

 二人は建ちそびえる美しき白亜城を見上げた。

 アザエルか、ユリウスか、ディートハルトか。或いは騎士の誰かか。あの城の中で(もぬけ)になったブラントミュラーの肉体を見つけ、まさに今、その命を絶とうとうしているのだ。

「あああああ・・・、や・・・めて・・・」

 ブラントミュラーの叫びを最期に、ルシファーの身体はぴくりとも動かなくなった。

「終わったみたいだな」

 クロウはふうと脱力してその場に座り込んだ。

「おい、クロウ。大丈夫か?」

「ああ、死ぬ程ではないよ。しばらくじっとしておけば回復する」

 酷い有様な父の亡骸に、クロウは申し訳ない気持ちでがっくりと肩を落とす。

「大丈夫だ、クロウ。フレゴリーなら、元の状態と言えずともある程度見れるようにしてくれるだろ」

 そうだね、とクロウは頷いた。

 やっと訪れた静寂。平和の足音。


「そう言えばフェルデン。どうやって、あれだけのマブを始末したの?」

 フェルデンは少年のように笑い答えた。

「君の部下には腕のいい魔笛使いがいるだろ? 全部彼だ」

 ああ、とクロウは笑った。

 ライシェル・ギーの魔笛でマブを操作し自滅させるという考えは、後にこのフェルデンが考えついたということが分かる。そして、それを手助けしたのが、あのアザエルだということも・・・。

「遅くなったが、ようこそサンタシへ。ゴーディアの新国王、クロウ陛下」 

 長く酷い闘いが終わった。

 これからは、新しい時代が始まる。






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