18話 旅の終焉
この町中でファウストの攻撃が始まれば、住民の被害は測り知れない。
(なんとかしないと・・・!)
ファウストは炎弾を街に放とうと手を振り上げた。
「やめて!!!」
朱音の意思でクロウの肉体から湧き出る黒い煙は大きな手の形になって、勢いよくファウストの放った炎弾を全て包み込んだ。
ぶすぶすと燻った後、朱音の黒い大きな手の隙間から灰になったそれがぱらぱらと舞い落ちた。
ファウストはにやりと笑みを浮かべると、再び炎の塊を作り出す。
「クロウ陛下。世界最大の魔力とやらは、そんなもんじゃねぇだろ? 本気を出してみな」
怖ろしいことに、ファウストはこの状況を楽しんでいた。
「もうやめて! これ以上罪の無い人達を傷つけるのは・・・! ここじゃ闘えない!!」
「聞こえないね!」
ファウストは朱音の言葉を無視するかのように、次々に街へ向けて炎弾を放ってゆく。
懸命にそれを一つ一つ掴んでは消すという、地道な作業を繰り返すしかない朱音だったが、ファウストはその反応を見ては楽しそうに高らかに笑った。
「だんだんスピートを上げてくぜ。早く俺を殺さなきゃ、この街と住民が消えてなくなっちまうぜ」
徐々に速くなるそれに、朱音は必死だった。
ただ、この街の人達を守りたいという朱音の思いが、ファウストの放つ炎弾を確実に消してゆく。
「えらく粘るな。じゃ、これはどうだ?」
ファウスト攻撃の手が一旦止まると、ファウストは特大の炎を創り始めた。
めらめらと燃えるそれは、朱音にルイを失った日のことをありありと思い出させる。
「防ぐばかりじゃ俺を殺せねぇぜ」
あっという間に家一軒分はありそうな巨大な炎の塊になったそれを、ファウストは頭上に投げ上げると同時に回転をかけた。
「!!!」
頭上高くに投げ上げられた炎の塊は、回転しながら次々と炎弾を無作為に放ち始めた。
朱音が焦って、それを掴みにかかるが、次々に発射される上どこから放たれるのかが予想できない為、全てを掴みきることができない。
『びゅうううう』
唸りを上げながら朱音が掴み損ねた炎弾が街のあちこちに突っ込み、燃やしていく。
さっきまでのどかだった街並みが、みるみるうちに地獄と化してゆく。
人々の悲鳴があちこちで上がる。
炎に包まれゆく街に、朱音は震える手でそれでも尚炎弾を防ごうとしていた。
「あっちに気をとられて、本体の防御が疎かになってるぜ」
いつの間に近付いたのか、ファウストは朱音のすぐ背後に回り込んでいた。その手には見たこともない武器が握られている。
咄嗟に煙のベールでその攻撃を防ぐが、その分、炎の塊が放つ炎弾を防ぐ手が緩くなり、みるみるうちに街へと炎弾が着弾してゆく。
「あっ!!」
朱音は懸命に守ろうとした街が燃えて灰になっていく姿を愕然として見つめた。
「どうした、街を守るんじゃなかったのか? 早くなんとかしねぇと、まじで全部灰になっちまうぜ」
ファウストの手に握られていると思っていたのは、炎で作り出した短剣であった。
(まただ・・・、またわたしは救えないの・・・?)
朱音は悲しみに打ちひしがれ、そして、再び人々を救えなかったことに憤りを感じていた。
今まで殺気が一切感じられなかった黒い蒸気のような気体は一層容量を増し、嘗て地下道で見せたときのように、朱音の身体を全て覆ってしまった。そしてぐるぐると渦を巻き始めたそれは、バチバチと電気を放ち、生暖かい不気味な風を巻き起こす。
「怒れ・・・、そうだ、あの時みたいにもっと怒れ! そして本気を出せ、クロウ!!!!」
ファウストは目論見通りに事が進んだことに、興奮を抑えることができず、額を伝う奇妙な汗をぐいと拭った。ファウストは、朱音がこうなる瞬間を待ち望んでいたのだ。
メキメキと音を立てて地面にひびが入り、地がぐらぐらと揺れる。あれだけ晴れ渡っていた空が、いつの間にやら朱音の身体から発せられた黒い煙で雨雲ように街全体の空を覆い尽くされ、辺り一面を暗くしていた。
ファウストは炎の剣を構えると、朱音に突っ込んで行った。
直前で、『バチイ』と電気が走り、ファウストを邪魔したが、炎で作った防壁でそれを弾き返すと、構わずに朱音の身体目掛けて踏み込んだ。
「何っ!?」
そのとき初めてファウストは地下道での様子と、今の朱音の様子が少し違っていることに気付いた。
あの時の朱音の眼は、怒りと哀しみで何も映してはいなかったというのに、今の朱音の眼はそうでは無かった。黒く大きな美しい目は、哀しげな色を含ませてはいたが、我を失ってなどいなかった。それだけでなく、ひどく憐れんだ瞳をファウストに向けてじっと見つめ返してくる。
ファウストの炎の剣を握った手は、どこからそんな力が出ているのかと疑いたくなる程の握力で、しっかりと掴れていた。
「そ、そんな目で俺を見るんじゃない・・・!」
ファウストが怒り任せに掴れた手を振り切ろうとするが、どうやってもその手を振り切ることができない。
ファウストの手を掴んだまま、朱音は曇った空をゆっくりと見上げた。
ポツリ、ポツリ、と水滴が落ち、朱音の頬を濡らした。
(雨・・・!)
炎を使うファウストがもっとも苦手とする、雨だった。いくら多くの力を吸収して強くなってきたファウストとはいえ、雨は炎の魔力を弱める。
ザーと降り出した雨は、朱音の蒼黒の髪をしっとりと濡らし、雫を滴らせてゆく。
(こいつの仕業か・・・!)
ファウストは唇を噛み締めると、街の炎がみるみる雨によって鎮火される様子を見つめた。
頭上で回転しながら炎弾を放っていた炎の塊も、湿気には勝てず小さくなって消えていく。手に創り出していた炎の短剣も、すっかり威力をなくしてほとんど役に立たなくなっていた。
「殺せ」
尚、手を離そうとしない朱音に、ファウストは吐き捨てるように言った。
「嫌だ」
無言のまま見つめる朱音の目から視線を逸らすことができず、ファウストは身体を捻って両の足で朱音の身体に蹴りを入れようとした。
だが、朱音の身体を覆う黒い気体が、柔らかなクッションのようにその衝撃を包み込み、それさえもかなわない。
ファウストは、まだ生ぬるいことを言う朱音に、苛立ちを隠せなかった。
「忠告しておくが、今ここでおれを殺さなけりゃ、命ある限りてめぇを狙い続けるし、この世の全てが灰になるまで燃やし尽くすぜ」
「なんか勘違いしてるみたいだけど、わたしはあんたを簡単には許さない。死んで簡単に今までの罪から解放されるなんて考えてたら、大間違いだからね」
そう言って突然掴まれていた手を突き放されて、ファウストがよろめいた瞬間、朱音の身体がふわりと宙を舞った。
「!!!」
その直後、どうっとファウストが地面に倒れ込んだ。
顔に強い衝撃を受けた直後、痛みとともに口腔内に鉄の味が広がる。
「どうだ、新崎道場必殺回し蹴り!」
どうしてこんな緊迫した状況で、空手の技をファウストにお見舞いしようと思ったのかと朱音自身不思議に思った。けれど、なぜだかこの歳若い青年に、朱音の自身の渾身の一発を入れてやりたかったのだ。
ファウスト自身、まさか、朱音に蹴りを喰らわされるとは思ってもいなかった。
倒れたままのファウストを真上から見下ろすと、朱音は言った。
「効いたでしょ? まともに入れば暫くは脳震盪で立てなくなるんだよね」
口元の血を拭いながら、ファウストは美しい少年王姿の朱音を見上げる。
「・・・何をする気だ」
「言ったでしょう、わたしはアンタを許さないって」
朱音は胸元にしまっていたルイのペンダント型のナイフを取り出すと、自らの手首にその刃を滑らせた。
痛みに眉を顰めるが、すぐその傷が癒えることを朱音はよく知っている。
ファウストは、危険を感じ取り、起き上がろうと試みるが朱音はその青年の胸に馬乗りになってそれを阻止した。
「くそっ!!」
身動きを完全に封じられてしまったファウストは、抉じ開けられた唇に、雨水とともに生暖かい血液が流れ込んでくるのを感じた。
(やめろ!!!!)
もがくファウストの口を朱音は無理矢理閉じさせると、それが完全に喉を通過するまで離さなかった。
「やっとわかった気がする。魔王ルシファーがどうして世界を我が物にしようとしなかったのか・・・。どうして国の力だけでゴーディアを守ろうとしたのか・・・」
褐色のファウストの喉がこくりと動いたと同時、朱音はゆっくりとその手を離した。手首の傷はすでに塞がりつつある。
「この世界を、彼は誰より愛してたんだ・・・。だからこそ魔力でその全てを手に入れようとはしなかった」
焼け付く喉にばたばたとのた打ち回るファウストの身体の隣に、朱音自身も力尽きたようにぱたりと倒れ込んだ。
「・・・眠い・・・」
ぼそりと溢したその声の隣で、ファウストの苦しみが和らいだのか降りしきる雨音以外の静寂が訪れた。どうやら彼は意識を手放してしまったらしい。
朱音は、もうこれ以上目を開けていられそうになかった。
(ごめんね、フェルデン・・・。最後まで貴方の無事を見守りたかったのに・・・)
遠くの方で闘いの気配が感じ取れはしたが、もう指一本たりとも動かすのが億劫で、朱音はゆっくりと瞳を閉じた。
雨が上がり、立ち込めていた黒い靄は晴れてゆく。
もとの温かく優しい太陽の光が、朱音を労わるように差し込んでいる。
「アカネ・・・」
何もない真っ白な世界に、朱音は膝を抱えてふわふわと漂っていた。
心地いいその空間で、朱音は最後に声を聞いた。
「・・・誰・・・? すごく疲れたの・・・、お願いだから少し眠らせてくれない・・・」
うわ言のように返事した後、音も無く静かに現れたのは、もう一人の朱音、クロウだった。
「アカネ、君はよくやったよ。後は安心して僕に任せて・・・。もう眠っていいんだよ」
美しく優しい少年の声は、朱音の耳にひどく心地よく響いてきた。
「クロ・・・ウ・・・。長い間、身体を貸してくれて・・・、どうもありがとう・・・」
既に目を閉じている朱音は気付いてはいなかった。クロウは傍らで、静かに涙を流していた。
「礼を言うのは僕の方なんだよ、アカネ。君は僕・・・僕は君だったんだ・・・」
“おやすみ、アカネ”
クロードの剣とフェルデンの剣が激しくぶつかり合う。
両手剣を相手に闘ったことの無いフェルデンであったが、師であるディートハルトに鍛えられた剣筋は確かなものだった。
クロードのスピードはなかなかのものであったが、あのアザエルに比べればまだ遅い。そして、細い剣での突きは、親友であるユリウスのものに比べれば威力は格段に劣っていた。
しかし、無駄の無い動きで、確実に剣を繰り出してくる積極性と、引き際をよく見知っていることから、クロードが相当の場を踏んできた男だということは闘いの中で感じ取れた。
「サンタシの王よ! 邪魔をするな!」
クロードの剣を受け止めながら、フェルデンは言った。
「それはおれのセリフだ!!」
フェルデンはクロードの剣を薙ぎ払った。
その衝撃でクロードの一方の剣が後方へと飛ばされ、地面へと転がった。
今や右手の剣のみになってしまったクロードはじっと攻撃の機会を見定めるかのようにじりと砂を踏み締めた。後ろに控えているザルティスの神兵達は、固唾を呑んでその闘いの行方を見守っている。
「我兵は創造主の御心なり!!!」
そう叫んだと同時、クロードは剣舞のような攻撃を繰り出した。
鮮やかで軽やかなるその攻撃に、フェルデンは一瞬の攻撃の為に剣を鞘に納めた。
意外なフェルデンの行動に驚いた者も多くいたが、その数秒後、勝負はあっという間に方が付いた。
とさりという音とともに、クロードの身体が地面に倒れたのだ。
じわりと砂の上に広がってゆく血だまりを見たとき、自分達の指揮者がこのサンタシの王の剣の前に敗れたことを悟り、ザルティスの神兵達は確かに怯んだ。
しかし、指揮者を失っても尚、前進することを教えられてきたのか、すぐに神兵達が剣を抜きフェルデンに襲い掛かる。
「くそっ!!」
フェルデンの前に、すっと現れた黒い美しい飛竜は、彼を背に乗せ空へ舞い上がった。
『グルルルルル』
スキュラは、フェルデンを後押しするように、喉を鳴らした。
町の方では、いつの間にか火の手が上がっている。あの下ではファウストと少年王が凄まじい闘いを繰り広げているに違いない。
フェルデンは、この軍をこれ以上あの街へと近付けることはなんとしても阻止しなければならなかった。そして、少しでも早く、少年王の援護に駆けつける必要があった。それには、この人数を一人ひとり相手にしている時間と余裕などどこにも無い。
そんな時、ふとあの碧髪碧眼の魔王の側近の言葉が脳裏に蘇った。
“この国を救いたければ、石を使え。所詮つまらぬ意地だけで国を守ることなどできはしない。貴様の剣技に魔力が加われば、少しは使い物になるかもしれんがな。フェルデン王”
今まで、魔族の血から作り上げられた石の力を使うなど、考えるだけでも気分が悪くなったが、今こそそれを破る時だと、フェルデンは心を決めた。
スキュラを低空飛行させると、フェルデンは剣で馬上の騎士どもを薙ぎ払った。主を失った馬の背に、飛び乗ると、フェルデンは叫んだ。
「うおおおおおおおおおお!!!!」
剣を一振りすると、周囲十メートル圏内にいる騎士がその斬撃で全て吹き飛んだ。
予想以上の魔光石の威力に、フェルデン自身も驚きを隠せなかったが、それはザルティスの神兵達も同じで、とてつもない力を持った者の出現に、皆が混乱を始めたようであった。
しかし、ここは一歩も退くことのできないフェルデン。馬を駆け巡らせては片っ端から神兵達を薙ぎ倒してゆく。何千といる兵を相手に、それはまるで限の無いものにも見えた。
さすがのフェルデンにも、少々疲労が見え始めた頃、突然後方で神兵達が馬から大量に転げ落ちるのが見えた。
(何だ・・・!?)
剣を振るう手を止めないまま、じっと目を凝らして見ると、碧く美しい髪をたなびかせた男が、静かにそこに立っていた。
「アザエル・・・!」
何も表情を浮かべないのは相変わらずで、感情の無い声で魔王の側近は言った。
「やっと少しは使える男になったか、フェルデン・フォン・ヴォルティーユ」
神兵達はアザエルの姿を見た途端、蒼白になり、すっかり落ち着きを無くしていた。
アザエルはそんな神兵達に目もくれず、水針を無数に放つ。いや、すでにそれは水針ではなく、新兵達の血を吸った血の武器である。赤黒く鋭く尖ったそれは、相手の動きを止める為の釘や針という生易しいものではなく、短剣並の威力を持った凶器である。
それは、これほどの武器を瞬時に作り出せる程に、今この場所は神兵達の血で溢れ返っているということを意味していた。
二人は、何千という神兵を一人残らず倒した。
全てを倒すころには、フェルデンの息は上がり、信じられないことに、アザエルの額にも汗が滲んでいた。
一面に神兵達が横たわる光景を見つめ、フェルデンは剣を鞘にしまった。
「言っておくが、まだこれで終わった訳ではないぞ。このザルティスの軍はほんの一部に満たない」
アザエルの言葉に、フェルデンは驚愕し振り返る。
「一体どういうことだ!」
アザエルはその言葉に何も答えず、空から舞い降りたスキュラの背に軽やかに飛び乗った。
「おいっ!!」
スキュラはアザエルを乗せ、雨雲に覆われた街の方へと飛び去ってゆく。
街だけを覆った奇妙な雨雲はいつの間に現れたのか、さっきまで街を燃やしていた炎は、今や雨によって鎮火され、燻った黒い煙をあちこちから上げているのみだ。
(クロウ・・・!)
はっとして、フェルデンは乗り手を失って彷徨う一頭の馬に跨ると、少年王の元へと駆けた。
(無事でいてくれ・・・!!)
駆けつけるにはあまりに遅すぎたのかもしれない。のどかだった町は見る影もなく、破壊されていた。
きっと、ここでも多くの民が犠牲になったことだろう・・・。
フェルデンが馬で元いた広場まで戻った頃には、アザエルが少年王の身体を起こし、別の場所へと移した後であった。
少年王はぐったりとしたままぴくりとも動かず、透けるような白い肌に、濡れた黒い髪がしっとりとはりついている。
少し離れたところで、真っ赤な髪の青年が倒れているのが視界に入る。
フェルデンは信じられない気持ちでゆっくりと馬の背から降りた。
「死んだのか・・・?」
少年王の傍に立つアザエルは黙ったまま、主の顔を見つめている。
フェルデンは感じていた疑問をその魔王の側近にぶつけた。
「クロウはアカネなのか!?」
乱暴にアザエルの胸倉を掴むと、フェルデンは強い口調で言った。
「何とか言え! アカネなんだろう!?」
アザエルは、冷ややかな声で言った。
「それが、どうだというのだ」
フェルデンは怒りに震える手で、アザエルの頬を思い切り殴った。
よろめいたアザエルはぴっと血を吐き出すと、フェルデンを碧く冷たい眼で見つめた。
「なぜ今まで黙っていた!」
「黙っていただと・・・? ふ、なぜ貴様にわたしがそんなことまで教えてやらねばならぬのだ」
フェルデンは、少々この魔王の側近を信用しすぎていたことに後悔の念を抱かずにはいられなかった。
「やはり、お前はどこまでも冷酷な魔王の側近なんだな・・・」
フェルデンがそう溢したとき、少年王の身体がぴくりと動いた。
「アカネ!」
慌てて少年王の傍に駆け寄ると、ゆっくりと目を開いた少年王は小さく口を開いた。
「残念だけど、もう僕はアカネじゃない」
むくりと起き上がった少年王は、以前と変わらぬ美しい容貌であったが、どこかしら以前の様子とは違って見えた。
「おかりなさいませ、陛下」
アザエルは少年王の傍らで静かに膝をついて礼の形をとった。
「アザエル、長い間不在にしていて悪かったね。僕がいない間になんだかややこしいことになってるみたいだけど・・・」
フェルデンは、すっかり変貌してしまった少年王の姿を呆然と見つめた。
「陛下・・・、ザルティスの軍が陛下の命を狙っております。ベリアル王妃が秘密裏に集め、二百年の年月をかけて作り上げた兵のようです。おそらくは、あのブラントミュラーが深く関わっているかと」
「そうか、母上が・・・」
悲しそうに僅かに俯いた後、少年王は凛とした表情で顔を上げた。
「ザルティスの軍を一掃する」
「はっ」
呆然として立ち竦むフェルデンの存在に気付き、少年王クロウは言葉を掛けた。
「どうしてアカネは貴方に自分の存在を最期まで打ち明けなかったんだろうね。僕にはそれがよく分からないよ・・・。だけど、確かに彼女はついさっきまで僕の中にいた」
「・・・愚かなのは俺だ・・・。アカネはこんなにも近くまで戻ってきていたのに、俺は盲目だった・・・」
フェルデンは問うた。
「もう、アカネは戻らないのか、クロウ」
「・・・・・・」
何もかもが遅すぎた。
フェルデンは自らを呪った。
どうして、ゴーディアへ遣いとして行った時に、彼女の存在に気付いてやれなかったのかと・・・。そして、あの夜、フェルデンは苦しむ彼女を更なる地獄へと追いやった。彼女の首に手を掛け、彼女を自らの手で亡き者にしようとまで考えたのだ。それにも関わらず、傷ついた心で尚も、朱音はフェルデンの傍で彼を守ろうとしていた。自らの最期の瞬間まで・・・。
「だけどね、フェルデン。アカネは貴方を少しだって恨んだりしていなかったよ。彼女は、誰よりも貴方を愛していた。僕がついつい妬いちゃう位にね」
クロウは黒曜石の瞳で優しくフェルデンに微笑みかけた。
「彼女は幸せだったよ」
フェルデンは強く目を閉じた。
今度こそ永遠に失われてしまった少女の面影を、記憶の中を辿って・・・。