17話 信念を掛けて
またまた長い間、お休みをいただいてすみませんでした。
いよいよ、最後の闘いの幕が上がりました。どうぞ、もう少しお付き合いいただければと思います。
朱音はもう何も怖れてはいなかった。
今、こうして何より守りたかったその人に必要とされ、手助けできる喜び。そして、きっと最期のときになるであろうこの一瞬一瞬を、どんな状況であれ、この人と共に過ごすことのできる幸せを。神、いや、この世界の言い方に直せば、“創造主”なのかもしれないが、彼の人が朱音にくれた最初で最後、そして唯一の贈り物なのかもしれない。
(この世界に来たときは、自分の不幸を呪ったけど・・・、悪く無かったかもね、わたしの人生・・・)
風を切って飛ぶスキュラの背に跨り、頼りない朱音の身体を支えるようにして、逞しいフェルデンの腕が回されていた。その手はあまりにも暖かく、そして背中ごしに伝わる温もりと鼓動に朱音はほんの少し泣きそうになった。
クロウの身体で覚醒した後、もうこんな近くで彼と過ごすことは二度と無いだろうと諦めていたというのに、どういう訳か今こうして二人は一頭の飛竜に乗っている。これは朱音にとって奇跡か夢のようにも思えた。たとえそれが、朱音自身の正体を明かさないままでいることになったとしても・・・。
朱音はその反面自らに重い罪の意識を抱えていた。
愛するが故に許すことのできない自分自身の行い。自分可愛さとフェルデンを守るという言い訳を理由に、自分勝手にも魔城を離れたこと。そのせいで望まぬ戦が始まり、ルイのみならず、そしてフェルデンの愛する実の兄ヴィクトル王を死へと追いやってしまった。そして今やこのサンタシ国さえ危機に瀕している。守るどころか、フェルデンを苦しめることばかり繰り返してきた自分をどうしても許すことができないのだ。そして、あの夜、肩に大怪我を負ったフェルデンを見捨ててゴーディアへ去ってしまったことについても、まだ罪の清算はできていない。
(だけどきっと、貴方だけは守ってみせるから・・・!)
朱音はきっと白く広がる雲の先を睨んだ。
「いたぞ!」
フェルデンの声と同時に、赤い竜の尾っぽが雲の合間に覗き、スキュラは勢いよくそれを追う。
雲を突っ切ると、一面の青空が広がり、太陽がもの凄く近く感じる。
追いつかれてしまったことに舌打ちをしたファウストは、片手で乱雑な火弾を浴びせかけてくる。しかし、すばしっこいスキュラはその攻撃を悠々とかわしてゆく。スピードから言えば、あの赤い飛竜よりもスキュラが上のようだ。
しかし、ファウストの赤き飛竜はスキュラより一回り大きく、厄介なのは口から炎を噴射するところだ。上のファウストの動きばかりに注意を払っていると、下の赤い竜の攻撃に不意打ちを喰らいそうになる。かといって、この高さと速さの世界では兎に角この赤い飛竜の姿を見失わないこと、振り切られないようにすることに集中する他無い。
「くそっ、これじゃ反撃するどころか、下手に近付くこともできない・・・!」
フェルデンはもどかしさで拳をぎゅっと握り締めた。
“なんとかしなきゃ”
と考える反面、朱音はこんな状況にも関わらず、襲ってくる強い眠気に懸命に闘っていた。今ここで眠ってしまっては、何の意味もない。朱音はまだここで眠りこける訳にはいかなかった。しかし、それは抗うことのできない強烈なものでもあった。今、朱音はフェルデンとこの世界を守るという強い意志のみでなんとか目を開けている状態である。
「どうした! 最強の魔力を持つ魔族の王と、サンタシ一の騎士が二人揃っていながら、俺に手も足も出ないってか? 俺を力ずくで止めてみろ! さもなきゃ俺はこの国を全て焼き伏せてやるぜ」
挑発するように、にやりと笑みを浮かべると、ファウストはくるくると空中で赤い飛竜を回転させて急降下していった。
「追うぞ!!」
フェルデンの声と同時に、ふわりとスキュラの身体が翻り、その後を追うように真っ逆さまに落下していく。羽をぴたりと畳んだスキュラの身体は風の抵抗がほぼ無いかのようにもの凄い速さで落ちていく。
朱音とフェルデンは命綱も何も無い状態で、落下による無重力を味わっていた。
内臓が全て浮き上がったような感覚。スキュラから滑り落ちてしまえば命が無いということもわかってはいたが、すぐ隣にフェルデンがいるという事実だけがどういう訳か朱音に落ち着きと安心感をもたらしていた。
赤と黒の二対の竜が平行するように並んで落下する中、ファウストは攻撃の機を逃すことなく炎弾を打ち込んでくる。
しかし、その距離は思った以上に近く、落下中のスキュラが回避できる時間も無かった。
(まずい・・・!!)
フェルデンが、ファウストの炎の威力にただの剣で対抗できる筈も無いことは重々理解してはいたが、自らの剣を咄嗟に抜き、炎弾を防ごうとした。
しかし、それよりも前に、黒き煙がスキュラと二人を包み込むようなベール状に包み込み、どういう訳かファウストの攻撃はそれに弾き返されてしまう。
「何!?」
ファウストが叫んだと同時に、フェルデンは目の前の少年王の異変をすぐさま感じ取った。
細く頼りないまだ少年の域を出ないクロウの身体から、蒸気のような黒い靄が湧き上がっていた。それは意思を持っているかのように形を帯び、二人とスキュラの身体を危険から守っているかのようであった。禍々しい筈のそれだったが、なぜか一切の殺気は感じられない。
「クロウ・・・?」
朱音は身体の底から眠っていた何かが開放されたのを感じていた。なぜかこれは、以前はこれをうまく使いこなせなかったものだとも知っていた。そう、クロウがまだ永い眠りにつく以前、魔王ルシファーから受け継いだ強大なそれを・・・。
スキュラとフェルデンの心音。唸る風。温かい太陽の光。僅かな距離にいる赤い竜の息遣い。そしてファウストの息を飲む声。ゆっくりと静かに朱音の耳にその全ての状況が流れ込んでくる。朱音を取り巻く全てがまるでスローモーションになったかのように、ゆったりと心地よく響いてきた。
(ああ・・・、これが皆が話していた魔王ルシファーの力なんだ・・・。こんな力があれば、この世界の頂点に立つことなんて、ルシファーにとってはなんでもないことだったのに・・・)
今なら指先を軽く動かしただけで、地を割り、隆起させ、邪魔な者は全て排除できることなど他愛もないことだと朱音は思った。そして、そんな力を持っていたルシファーが、どうしてこうまでして多くの犠牲も厭わずに世界の頂点に立とうともせず、ゴーディアという国の中で止まったのか。そして、国力のみでサンタシから自国を守ろうとしたのか。ふとそんな疑問が駆け抜けた。
「クロウ!!」
フェルデンに肩を掴れて、朱音は今の状況をはっと思い出した。
今尚勢いを止めることなく落下し続ける二対の竜の下には、いつの間にか地上が迫りつつある。しかも、気付かないうちに王都から別の町の頭上へと移動してきていたようであった。王都よりもこじんまりとしたのどかな町並みに、町の人々が行き交う姿が小さく確認できる。
「スキュラ!!!」
このままでは街中に突っ込んでしまう。
慌ててスキュラに合図するが、勢いがつきすぎてしまった今、簡単にそれを止めることができない。
『グウウウウウ』
スキュラは喉を唸らせて懸命に方向を転換させようとするが、なかなか上体を起こすことができない。
そしてそれはファウストの飛竜も同じで、ファウスト自身もそのことに気付いて慌てているようであた。ファウストは、自分の攻撃が謎の黒い煙で邪魔されたことに気を取られ、僅かにその反応が遅れたのが最も大きな原因だった。
「ちっ!!」
ファウストは自分の飛竜が上体を起こすことが困難だとわかると、自ら飛竜から手を離した。尚勢いを止められない赤い飛竜は落下を続ける。だが、もう目前まで地上は迫っている。
町の人々が異変に気付き、天から真っ逆さまに落下してくる自分達を指さして目を丸くしているのが見えた。中には驚きで口をあんぐり開けている人も。このままでは、自分達だけでなく町の人達も巻き添えにしてしまい兼ねない。
「まずいっ!!!」
フェルデンも焦った声を上げた。
朱音は汗ばむ手を翳すと、そっとスキュラの背に宛がった。途端、勢いづいていたスキュラの身体がふわりと浮き上がり、徐々に上体を起こしていった。
一方、主人に見捨てられた赤い飛竜は今も勢いを止めることなく地上へ真っ逆さまに突進している。
『ぐぅぅぅ』
赤い飛竜の悲しそうな唸り声が聞こえた。
「待ってて、今助けるから!!」
朱音は上昇を始めたスキュラから、落下を続ける赤い飛竜へと腕を伸ばした。
「クロウ!! どうする気だ!」
「大丈夫!!」
フェルデンの腕を摺り抜け、朱音は無謀にも赤い飛竜の背に飛び移った。
一歩間違えれば乗り移りに失敗していたかもしれないというのに、朱音にはどういう訳か一切の恐れが消え去っていた。なぜか今の自分なら成せないことは何もないという確信さえあった。
地面はもうすぐ傍まで迫っている。
朱音はスキュラにしたのと同じ要領で、ファウストの飛竜の背に自らの手を翳した。
フェルデンは、自分の目を疑うような光景にはっとした。
朱音が乗り移った直後、赤い飛竜の背に、あの黒い煙のようなものが集まり、あっという間に巨大な翼へと形づくったのだ。ふぁさりとそれが羽ばたいたのは、すでに地面から大人三人分程の距離であった。真下にいた人々は腰を抜かして身動き取れずにいる。赤い飛竜は優雅に上体を起こし、再び上昇を始めた。
(あれは・・・)
見上げると、スキュラの背にも同様の黒い翼が広げられている。それはまるで、ルシファー降臨の際の黒翼のようであった。
なんとか地面へ激突を回避した朱音と飛竜であったが、すぐ近くで物凄い炎風と音が響き、ほっとする暇もなく振り返った。ファウストが例のごとく、地面に叩き付けられるのを回避する為に、地上へ向けて炎を噴射したのだ。その巻き起こった熱風を利用してうまく地に着地するところであった。
もとは広場だったであろうその場所では、破壊された噴水の残骸が黒くなって散らばっていた。この場所に無関係な人達がいなかったことだけを朱音は切に願った。
ファウストの乱れた真っ赤な髪が、燃え盛る炎のごとく揺らめいている。その口には既に笑みは消え去っていた。
「ぬるい・・・。アンタ、まじでぬるいぜ。それだけの魔力を持っていたら、俺ならもっと有効活用するぜ」
ファウストは両の手に真っ赤な炎の玉を作り上げると、その二つを頭上で合体させて、更に大きな炎弾に成長させた。
「クロウ!! 逃げろ!!」
赤い飛竜に向けて放たれた強い威力を持った炎弾に、朱音は慌てて黒いベールを被せようとするが、身体の大きな赤竜全体を保護するにはほんの僅かに時間が少なかった。
まさに一瞬のことだった。
赤い飛竜の肩方の翼を、ファウストの放った炎弾が無遠慮に焼き千切ってしまったのだ。痛みと熱さのあまり、飛竜はパニックを起こして暴れまくり、朱音は振り落とされそうになる。
「クロウ!! 掴まれ!!」
朱音が赤い飛竜の背から弾け飛んだ瞬間、スキュラとその背のフェルデンが華麗にその軽い身体をキャッチしてみせた。
「大丈夫か?」
「なんて酷いこと・・・」
朱音は苦しみながら片羽になってしまった赤い飛竜がふらふらと町外れの方へと飛び去っていくのを涙を浮かべて見つめていた。
「ファウスト・・・! どうしてあんな酷いことができるの!? あの子はあんたの友達なんじゃないの!?」
朱音は怒りで思わず叫び出していた。
「友達・・・? そんな甘ったるいもんは俺には要らない。俺に必要なのは、強さだけだ」
ドラコの仲間を灰にして同化した後、ファウストの中の何かが変わってしまっていた。
「俺を止めたけりゃ、俺の息の根を止めることだ。クロウ陛下。あんたがぬるい考えを捨てないんじゃ、俺は容赦なくこの町さえも灰に変えてやる」
ファウストは、炎弾を町に向けて放つ構えをした。
「やめて!! これ以上罪の無い人を傷つけるなんて、絶対に許さないから!!」
朱音が止めようとスキュラに合図を送ろうとした瞬間、フェルデンがそれを静止した。
「待て、クロウ! 何か様子がおかしい・・・!」
じっと耳を澄ませば聞こえてくる・・・。何百という馬の蹄の音。轟・・・。
地平線の無効から少しずつ見え始めたのは、黒地の旗には真っ赤な蛇が二匹絡みつくような紋様が描かれている、騎馬隊の大軍・・・。
「あれは一体・・・」
「見たことのない蛇の紋様・・・。あんな大軍、いつの間に・・・」
ファウストは一瞬戸惑いはしたものの、自らの使命を全うするために、手を街へと構えた。
朱音はもう自分のすべきことはわかっていた。スキュラを反転させ、自分の足で着地できる高さまで高度を落とさせると、ぎゅっとフェルデンの逞しい手を最後に握り締めた。フェルデンは何かを感じ取ったかのように、大きく目を見開いた。
「フェルデン! 行って!!」
飛び降りると同時に、朱音はファウストに向けて黒い煙を放った。
スキュラはフェルデンを乗せたまま再び空へ舞い上がると、勢いよく迫り来るとま大軍に方向転換した。
(クロウ・・・、まさか、君は・・・!)
手を握られた瞬間、フェルデンは信じられない思いで地上に舞い降りた少年王の美しい姿を返り見た。彼が首からさげていたチチルの香油の小瓶が僅かに覗いたのだ。フェルデンの中でのクロウへの疑問は確信に変わった。
迫りくる騎馬隊の勢いは止まることなく、尚も蹄を轟かせてこちらへ賭けてくる。
フェルデンはその思いを断ち切るかのように様騎馬隊の真上へとスキュラを素早く移動させていった。
しかし、内心では今直ぐにでも少年王の元へと舞い戻り、事の真偽を確かめたい思いでいっぱいだった。そして、こんな状況で無ければ、少年王の傍でともにファウスト討伐に加勢したいところだ。だが、この状況がそれを簡単には許してはくれまい。
「止まれ!! 指揮者は誰だ?!」
フェルデンは、スキュラに乗り、軍の頭上から投げ掛けた。
初めて飛竜を目にした者たちから、僅かに息を呑む音が聞こえてきたような気がしたが、フェルデンはまるで気にも止めなかった。
「我らはザルティスの神兵。創造主の元に集いし革命軍だ。そちらこそ何者だ」
馬を走らせることを止めないまま、赤と黒の塗りの施された甲を被った騎士が返答した。
「おれはサンタシ国ヴィクトル・フォン・ヴォルティーユ陛下に継いで即位した、新国王フェルデン・フォン・ヴォルティーユだ。もう一度言う、止まれ!」
尚も馬の足を止めようとはせず、騎士がちらりとスキュラの上のフェルデンを見やった。
「なに、サンタシの国王だと・・・? なぜ国王が王都の外のこんな街はずれにいる?」
「王都をゴーディアに攻め入られたからだ。おれはその中の一人を追い、我国を守る為に今ここにいる。だが、そこへお前達がこうして突然現れた。国王であるおれの許可なくおれの国で武力を行使することは許しがたい。一体お前達の目的は何だ!」
騎士がどうどう、と馬を静止させると、「皆の者、止まれ」とやっと静止をかけた。軍の前進が一旦中断された後、騎士は馬を素早く降りると、甲をはずして頭を垂れた。
フェルデンはその様子を見て、スキュラをゆっくりと着地させた後、地面に降り立ち彼の前に立った。
「サンタシ国の王とは知らず、無礼な振る舞いを失礼した。我はクロード・シャルパンティエ。この軍の指揮を任されている」
甲の下から現れたのは、利発そうだがどこか抜け目の無い三十過ぎの男の顔であった。
馬から降りると、彼がそれ程長身ではないことが伺えたが、胸甲の上からでも、彼の身体が十分に鍛えぬかれていることは明らかに分かる。
彼らが身につけている胸甲は、奇抜な形をしており、フェルデンが嘗て見たこともないものだった。
「ザルティスの神兵と言ったか? お前達の目的は何だ。サンタシ国を脅かすものだと言うなら、おれは容赦はしない」
これ程の大軍を相手にたった一人と言うのに、フェルデンはまるで怯む様子も無く、一国の王たるに相応しく堂々たる態度である。
「サンタシ国の王よ、心配なされるな。我らの目的はサンタシ国を乗っ取ろうとするものではない。寧ろ、創造主を崇め、敬う点からすれば貴国の民とは同志だとも言える。我らは唯一絶対の神である創造主のご意思に従い、立ち上がった神兵なのだ」
「同志・・・?」
フェルデンはクロードの心の内を読もうと訝しげに眉を顰めた。
「いかにも。我ら絶対の神、創造主は魔王ルシファーの手により長き間蔑ろにされてきた。それだけでも耐え難い屈辱であったが、我らは耐え忍んできたのだ・・・。にも関わらず、魔王の息子は自らの力に溺れ、痴態の限りを尽くし、このレイシアを危機へと陥れたのだ。一時は平和を取り戻しつつあったこの世界を・・・!」
フェルデンはこの目の前の軍が一体何を目指しているのかを知った途端、手の平が僅かに汗ばむのを感じた。
「・・・お前達の目的は、クロウなのか?」
含みのある笑みを浮かべると、クロードは答えた。
「味方の出現というのに、あまり嬉しそうではないようだな・・・。サンタシの王よ、貴方が追ってきた敵というのは、この先にいるクロウ王ではないのか?」
これは不味いことになった、とフェルデンは思った。まだ少年王とファウストのいる場所までは少し距離があるものの、この距離ならば直ぐに追いついてしまうだろう。
以前のフェルデンならば、この思いも寄らない助っ人に、まさに神の導きだと喜んだのかもしれないが、今のフェルデンにとって、このザルティスの神兵達の出現は、物事をより面倒にするものの他以外の何でもなかった。
「残念だが、この先にクロウはいない。今すぐおれの国から去れ」
これ以上、問題をややこしくすることはできない。それに、クロウの正体に気付いてしまったフェルデンは、なんとしても最悪の事態から彼を守りきらねばならなかった。
「・・・? なぜそのような見え透いた嘘を・・・? これがある限り、奴がこのすぐ近くにいることはわかっている」
クロードが取り出したものは、奇妙な光を放つ魔光石であった。
「その魔光石は・・・」
「これはその昔、我らが祖先ザルティスの神官が魔王ルシファーの血のみで作り上げた魔光石だ。主が近ければ近い程、この石が反応し光を放つ」
いつの間にか、少年王とファウストの闘いは開始されていたようで、赤い炎がちらつき、ときおり破壊音が耳に届いてくる。
フェルデンは、直ぐにでも彼の元へ駆けつけたい思いともどかしさでいっぱいであった。
(くそっ、どうしておれは彼をここへ連れてきた・・・! そもそも、どうしてもっと早くに気付かなかった・・・!)
ぎりと奥歯を噛み締めると、フェルデンはクロードに鋭い視線を送った。
「本当の敵はクロウではない! 彼は何者かに悪者に仕立て上げられただけだ。おれはサンタシの国王として、お前達をここから通す訳にはいかない!! それでもまだここを通ろうとするならば、おれは全力でお前達を阻止する!!)
フェルデンは、剣を鞘から抜き去ると、クロードに向けて構えた。
これだけの大軍にも関わらず、しんとその場が静まり返っている。
「サンタシの王よ、後悔するぞ」
クロードは脱いでいた甲を被り直すと、さっと同時に剣を二本抜いた。通常よりも細く少し短い刀身の剣を、彼は両の手に構えた。柄の部分には、旗と同じ紋様が刻まれている。
「我らの邪魔をする者は、たとえ何者であれ排除する!」
クロードから殺気が放たれた。
フェルデンの金の髪が、優しい風にふわりと流れたと同時、二人の騎士は互いの間合いに渾身の力を込めて踏み込んだ。
今この時、ゴーディアとサンタシの二人の王は、それぞれの信念のもと、一歩も退けない死闘へ足を踏み出したのである。