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AKANE  作者: 木と蜜柑
第4章  戦編
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    13話  新たなる国王

 

 アザエルは止むことなく発させるファウストの攻撃かわしながら、無数の水針を放った。

 ファウストはそれでも攻撃を止めることなく、左の手で炎の盾を瞬間的に創り出し、防御する。

水針は彼の本体に届く前に敢え無くも蒸発して消滅してしまう。それでも尚アザエルは水針を放ち続けた。狙いはただ一つ。中距離戦を得意とする彼との間合いを詰めることにあった。

 反し赤髪の青年は、魔王の側近をこれ以上近付けさせまいと、更に炎弾を繰り出すスピードを増させた。

 完全に避けきった筈の炎の攻撃は、その余熱でアザエルの衣服を次々に焦がしていく。

「アンタを殺して俺はその魔力をいただく! そしてその後はクロウ王だ! 俺は世界最強の力を手に入れてみせる!」

 緋色の眼を細め、ファウストは更に炎弾の威力を増させた。

 すでに王室の窓や外に面した壁は炎弾による被害で取り払われていた。崩れた壁の端はちりちりと火を燻らせている。そして、外気に直接晒された元王室は、ほぼ原型を止めてはいなかった。

 いつの間にか雨は上がっていた。

 なくなってしまった王室の壁のせいで、すっかり見晴らしが良くなってしまった部屋からは、王都のあちこちから煙と炎が上がっている様を一望できる。

 ヴィクトル王は短剣を握る手が汗ばんでいることに気付いていた。

 剣を構え、じりじりと追い詰めてくるゴーディア兵と、目を血走らせたヘロルド。

 魔王の側近と炎を操る青年がすぐ近くでとてつもなく激しい攻防を繰り返していたことは重々承知していたが、追い詰められた背後が壁ではなく、何もないことに気付き、ふとすぐ後ろの足元に視線をやった。

(ここまで・・・ということか・・・)

 カラカラになった鍔を飲み込み、ヴィクトル王は短剣を構えたままヘロルドを鋭い目つきでじっと見つめた。

「逃げ場がなくなりましたな、ヴィクトル陛下」

 大きな口に卑下た笑みを浮かべると、ヘトルドは舌なめずりしてずいとヴィクトル王に近付いていく。

『びゃあ』

 開放的になった王室のすぐ外側で、耳障りな鳴き声が響いた。

「な、なんだ!? ひっ」

 目を丸くし表情を引き攣らせたヘロルドが、ヴィクトル王の背後に釘付けになったように口をぱくぱくと喘がせている。

『びゃあびゃあ』

 今度はすぐ耳の後ろでしたひしゃげた声に、ヴィクトル王は思わず、短剣を握り締めた手で、耳を塞ぎ振り返った。

 尖った嘴に、醜悪な禿げ上がった鳥の頭。巨大鳥ゾーン、王都では滅多に見ることのない凶暴な鳥である。

 ヴィクトル王は、信仰する唯一の神、創造主に感謝した。

 この場でヘロルドなどという愚かな男にみすみす殺られずに済むことを。そして、せめてゾーンに殺さされる前に、この狡賢い男を道連れにしてやれることを。

 しかし、予想に反してゾーンの襲撃はなく、代わりに聞き覚えのある少年の声が聞こえた。

「お久しぶりですね、ヘロルドさん」

「ク、クロウ陛下・・・!」

 状況が全く理解できていないヘロルドは狼狽し、固まったままゾーンの背に乗る少年王の姿をあわあわと見つめた。

(な、なぜこの餓鬼がここにいる!?)

 不意に現れた巨大鳥と、その背に乗る我目を疑いたくなるような美しい少年王に、ゴーディア兵達は目を奪われていた。兵の中で誰一人として魔王ルシファーの顔を見知っている者はいない。即ち、当然のことながら、少年王の顔を知る筈も無かった。

 そして、その存在に気をとられた人物がそこにもう一人いた。

 ファウストである。

 アザエルとの闘いでは一瞬の気の緩みや隙は命取りであった。だが、ファウストの視界は、少年王の姿を捉えてしまったのだ。

 あの日、自らに瀕死の重症を負わせた魔族の王に、ファウストは再び会える日を渇望していた。

 魔王ルシファーの血を受け継ぐ麗しの少年王を、あの日以来一度たりとも忘れたことはなかった。あの少年王の息の根を止める為だけに、ファウストはドラコの部下の命を一つ残らずその手で燃やし尽くし、更なる強い魔力を手に入れたのだ。犠牲にしてきたものはあまりに大きい。

 今や、ファウストは孤独だった。

しかし、哀しみや淋しさに浸っている時間などな無い。  

 ファウストは、止めない炎弾のいくつかを朱音目掛けて放った。

 しかし、その僅かな焦りがほんの一瞬アザエルに反撃の余地を与えてしまう。

 自らのみを標的に絞り、仕切りなく放たれていた攻撃のたった数発のみが、別方向に向いた。たったそれだけのことであった。しかし、そのことによって生じた無にも等しい小さな隙を、碧く美しい魔王の側近は決して見逃さなかった。

「!!!!!!」

 その場にいた誰もが、一体自分達に何が起こったのかを理解できなかった。

 突如湧き起こった激しい波と水流にのまれ、勢いよく城の外部に流れ落とされていく。

 ファウストは抗えない水流にのまれ、そのまま部屋の外へと流されていく。

(くそっ! やられた!!)

 流されゆく瞬間、変わらぬ冷たい表情のままアザエルは天井にあいた炎弾による穴に手をかけ、じっと赤髪の青年が部屋の外へ流される様を見つめていた。

 そして、ゴーディア兵やあの卑劣な偽指令官、ヘロルドさえも次々と水流に飲み込まれていくのが、ファウストの視界にも入っていた。

 先程放った炎弾は朱音にうまく当たらなかったようだ。

 王室から流れ出す水流から、巻き添えを食わないように距離をとったまま空中で静止していた。絶対に誰にも飼い慣らすことなどできないと言われる凶暴な巨大鳥ゾーンが、大人しく朱音を背に乗せたまま従順に上空で翼をはためかせている。

「遅くなってしまってすみません、ヴィクトル陛下」

 城の外へ投げ出される瞬間、朱音はヴィクトル王の腕を咄嗟に掴んでいた。

 今、ヴィクトル王は朱音の華奢な手に掴り、ゾーンの背から宙吊りになっていた。

「ノムラさん・・・! そこに降ろして・・・!」

 表情を歪ませながら朱音は懸命に言った。

 水が流れ出て、水浸しになってしまった元王室だった空間に、ゾーンは舞い降りた。

 朱音は、ヴィクトル王を掴んでいた手を離した。途端、ヴィクトル王は濡れた床面にどさりと尻餅をつく。

 その背後から、静かに歩みよる影を見上げ、朱音は口を開いた。

「アザエル・・・」

「お帰りなさいませ、我君」

 碧い髪から雫を滴らせ、美しい魔王の側近は膝をつき頭を垂れた。


 水流とともに落下していく最中、ファウストは高らかに笑っていた。美しき魔王の側近は、やはり血も涙も無い冷徹な男だという事実に笑わずにはいられなかったのだ。

 少年王の危機を救う為にならば、他の誰が犠牲になろうとも厭わず、あの男は水で一掃させる手段を選んだ。そう、その中に例えヴィクトル王の命が含まれていようとも。

(やっぱ、アンタと俺は同じ匂いがするぜ・・・。なあ、アザエル閣下)

 急速に接近する地面に向け、ファウストは炎を噴射した。巻き起こった強い熱風で地面との激突を回避すると、くるりと宙で反転し近くの草の上に着地した。

 見上げると、遙か上の方で城の壁が崩壊している場所がある。恐らくは、あそこがヴィクトル王の王室であった。

 よく見れば、足元にはおかしな方向に折れ曲がったゴーディア兵の遺体が、何体も転がっている。あの部屋からアザエルの出現させた水流で押し流された者達であろう。

 あれ程の攻撃を絶え間無く仕掛けたにも関わらず、一発たりともあの男に当てることができなかった。しかしながら、あの無敵と思われる碧き美しい男と互角にやり合える程に自らの魔力が達していたことに、確かな手ごたえを感じていた。

「くそう・・・! アザエルめが、またわたしの邪魔をしおって・・・!」

 そこにもう一人、落下による死を免れた男がいた。

 忌々しげに痩せて骨ばった手を握り締め、ぽっかりと空いた王室を睨み見るヘロルドの姿がそこにあった。

 全身濡れ鼠のようになったヘロルドは、どんな手を使ったのかは知らないが、無傷のまま地上に突っ立っている。

「おい、おっさん。取引きしないか?」

 ファウストは水を含んだ服の裾をぎゅっと絞ると、不敵な笑みを浮かべた。

 ヘロルドは、ぎょろりとした落ち窪んだ目を赤髪の青年に向けると、何かを企んだようにじっと目を細めた。

「一体何と何を取引きするというのだ」

 ぼたぼたと服の水気を絞り落としながら、ファウストが答えた。

「アンタはゴーディアの王座を手に入れたい。俺はクロウ王を倒し最強を手に入れたい。目的は違えど、互いに殺りたい相手は同じってことに気付かねぇか?」

 ヘロルドは大きな口を吊り上げた。不揃いな変色した歯が覗いている。

「その通りだ」

 真紅の髪を犬のように振って水気を飛ばすと、ファウストは緋色の目を王都へ向けた。

「なら、手伝え」

 偉ぶった青年の物言いがえらく勘に触ったが、ヘロルドは黙って王都に視線をやった。

「・・・お前の仕業か?」

 怒りの為、王都がこのような惨事になっていたことに今の今まで気付かなかったヘロルドだったが、ここで初めて、ここへ来る途中で本当にいい拾いものをしたと今更ながら思った。

「俺が王都で暴れたとしたら、クロウ王は黙って見過ごすと思うか?」

 ぎょっとしてヘロルドは青年を振り返った。

「王都を完全に破壊する気か?」

 その質問に答えないまま、ファウストは言った。

「そういやアンタ、まだ一度も魔術を使ってねぇけど、ほんとに使えるワケ?」

 完全に見下したような口振りで、ファウストはヘロルドに軽蔑した目線を向けた。

「う・・・!」

 痛いところを突かれて、ヘロルドは口をへの字に曲げて呻いた。

「はっ! まさかその地位にいながら、魔術のつかえねぇ奴がいたとはな! 笑えるぜ」

 ファウストの見下げた口振りに、ヘロルドは地団太を踏みたい衝動をじっと堪えた。

「お前の言う通り、わたしには生まれながらの魔力は携わってはいない・・・! だが、わたしにはこれがある・・・」

 びしょ濡れになった衣服の下から巨大な石の塊を取り出した。赤黒く大きな石は、月明かりの下で不気味に反射した。

「魔光石・・・」

 ファウストは水晶玉ほどの丸い大きな石を見て、なるほどと合点がいった。この男は、同種である魔族の血液を凝縮して作り上げられた、魔光石の力を利用してこの地位に上りつめたのだ。

 ましてや、それ程の魔力を秘めた魔光石を、この狡賢い男がどうやって手に入れたのかまでは興味の範疇には含まれていなかったが。

「なぜ今までそれを使わなかった?」

 ファウストの当然な問い掛けに、ヘロルドは小憎たらしげに答えた。

「これの魔力は強い。だが、力加減が利かないという欠点がある」

 呆れたように溜息をつくと、ファウストは言った。

「つまりは、テメエで力をコントロールしきれねぇってことだな?」

 鉤鼻に皺を寄せ、ヘロルドは青年の横顔を睨み付けた。

「言っておくが、この魔光石だけはお前なんぞに死んでも渡さんぞ」

「いらねぇよ」

 ヘロルドの言葉に重ねるようにして、ファウストは突っ返した。

「俺はそんなチンケな人工物なんかの力には興味ねぇえの。俺が手に入れたいのは、本物の“強さ”だけだ」

 それを聞いてヘロルドはひどく安心した様子で、魔光石を愛おしげにそっと撫でた。

「ま、そのコントロールできねぇ力でも、今はどうやら奴に立ちそうだぜ? この国を破壊するっつう計画の中でならな」

 ファウストの企みは、いよいよ王都に止まらず、サンタシ国全土の破壊へと膨らんでいた。全ては、クロウ王の意識を自らに引き付けるが為に・・・。



 フェルデンは地獄と化した王都の中、まだ被害を受けていない馬屋の中から比較的利口そうな馬を一頭拝借し、白亜城を目指し駆けていた。先程から、城から放たれる炎の玉は降り止んではいるが、尚、火の勢いは衰えていない。

(砲撃が止んだ・・・。クロウが止めたのか・・・?)

 フェルデンは、馬を走らせながら、燃え移る火を最小に止めようと剣で燃える物という物と切り落としていた。しかし、たった一人の騎士の力では、それも大した助けにもなってはいない。

「くそっ・・・!」

 自分の無力さに、フェルデンは燃えて崩れ落ちた屋根の残骸を剣で乱暴に突き刺した。

 ザバと突然湧き起こった水流に、その辺り一体の家々の火が鎮火された。

「無様だな、フェルデン・フォン・ヴォルティーユよ」

 民家の屋根に、碧く美しい髪がたなびく。

「アザエル・・・!」

 咄嗟に剣を構えようとして、フェルデンははっと鎮火された建物の影から現れた、気高き馬に跨る人の存在を認めてその手を止めた。

「よくぞ無事で戻ってくれた、我弟よ」

 僅かに吊り上ったブラウンの瞳に、金のウェーブがかった髪。

 この人の無事を、どれだけ祈ったことか。

「兄上!!」

 そしてヴィクトル王の腕の中にはもう一人の姿があった。黒く艶やかな髪の少年、クロウ王である。

「フェル、ここからはここにいるクロウ陛下も街の鎮火に手を貸してくれるそうだ」

 朱音はフェルデンの無事な姿を目にし、ひどく安堵していた。

(良かった、無事で・・・)

 しかし、その束の間の喜びは、すぐさま掻き消されることとなる。

「陛下!!!」

 アザエルが叫び、二人の跨る馬の前に飛び出したと同時、人程の大きさもある、巨大な炎弾が直撃した。

 朱音は炎弾が巻き起こした凄まじい熱風に、馬ごと吹き飛ばされた。


「うっ」

 背中にひどい痛みを感じ、朱音はゆっくりと目を開けた。

 乗っていた馬は、離れた場所に横たわって苦しそうに呻いている。

 ふと、自分が誰かの腕の中で庇われていたことに気付き、のろのろとその人の顔を仰いだ。

「ああ・・・、またあんたに借り作っちゃったね」

 朱音は情けなさに涙が出そうになった。

 碧く美しい髪と、美しい横顔。あの月夜の晩に朱音を攫ったときと同じように、アザエルは朱音をその腕に抱えていた。

 じゅうじゅうと音を立て、炎弾がえぐった地面はをぽっかりと大きな穴を空け、煙を上げている。その向こう側で、フェルデンがこちらを見つめているのが見える。

「陛下、申し訳ありません・・・、お怪我を・・」

 いつもは表情一つ変えないアザエルが、こんなにも慌てた顔を嘗て見たことがあっただろうか。

「なんであんたが謝るの? わたしこそ謝やらなきゃ。いつも足引っ張っちゃって、ごめんね。わたしは大丈夫だから」

 背中が痛むのは、ただの怪我ではないだろう。朱音は片方の手を背に回し、そっと触れた。

 そしてほんの少し笑った。

(こりゃ痛いわけだ、なんか突き刺さってるし)

 爆風の際に吹きば飛ばされた木片が、背に突き刺ささっているらしい。

「ク・・・クロウ・・・」

 掠れた声がして、朱音はふとそちらに視線をやった。

「ヴィクトル陛下・・・?」

 少し離れた場所で、瓦礫にもたれ掛かるようにして倒れるヴィクトル王の姿が目に入った。

 しかし、その背には、太く尖った木片が突き刺さり、腹部を貫いていた。木片はヴィクトル王の血を吸い、赤く滑っている。

「兄上!!!」

 フェルデンがごふりと血を吐き出したヴィクトル王の傍に駆け寄り、そっとその手を握り締めた。

「・・・美しき・・・魔族の・・・王、クロウよ・・・。愚かなるわたしの・・・行いを・・・許して欲しい・・・。今こそ・・・、長年の戦を終結させ・・・、人間と・・・魔族が、共に手を・・・取り合う時が来た・・・」

「兄上っ、喋ってはいけません! 誰か医者を呼んでまいります・・・!」

 その場から立ち上がろうとしたフェルデンの手を掴み、ヴィクトル王は静かに首を横に振った。

「フェル・・・。誇り高きサンタシの・・・騎士よ・・・。わたしの・・・愛するただ一人の・・・弟よ・・・。これからは、お前が・・・わたしに代わり、この国を治めるのだ・・・。わたしが成しえなかったことを・・・お前に託す・・・。決してヘロルドに・・・王の印を・・・渡し・・・て・・・」

 開かれたブラウンの瞳からは、生の光が失われてしまった。フェルデンの手を掴んでいた手が力無くだらりと垂れ、砂の上にことりと転がった。

「兄上・・・?」

 フェルデンは動かなくなった兄の肩を揺さ振るが、彼が再び反応することは無かった。

「嘘・・・」

 朱音は、呆然としてその光景を見つめていた。

「兄上っ」

 優しきサンタシの騎士は、兄の首元に顔を埋め泣いた。

 そして、朱音も静かに涙を流していた。兄想いの彼の心の痛みを、朱音はまるで自分のもののように感じていた。

 もう誰も失いたくはないのに、朱音の親しい人達は次々と儚く命を散らせていく。

「おいおい、マジか? ちょっと脅かしてやるつもりだったのに、まさかこんな呆気なく終了とかぬかすなよな?」

 民家の屋根から、月明かりで伸びた影が揺れる。

 朱音はこの声を知っていた。

「ファウスト・・・!」

 燃え盛る炎のごとく赤い髪の青年は、屋根の上で愉快そうに笑った。何事も無かったかのように、腰に手をあてつまらなさそうに朱音達を見下ろしていた。

 朱音は背に走る痛みに呻きながらも、アザエルの腕から立ち上がり、緋色の瞳を強く見上げた。

「わたしはあんたを許さない!!」

 朱音は胸のペンダントを握り締め、喉が裂けるのではないかという程に強く叫んでいた。

「そうか。それじゃあ俺を止めてみな」

 すっくと立ち上がったファウストは、まるで鬼ごっこでも始めるかのように、ぺんぺんとおどけて自らの尻と叩いた。

「言っとくが、俺を止めるには俺を殺すしか道は無いぜ。俺は今から王都を燃やし尽くした後、サンタシ全土を灰に変えてやる」

 緋の眼をギラつかせ、ファウストは軽い足取りで王都の民家の屋根から屋根へと飛び移り、月夜の下を駆けていく。

 朱音はアザエルにそっと耳打ちする。

「陛下、本当によろしいのですか?」

「うん、自分じゃできないから、あんたがやって」

 アザエルは、そっと少年王の背に突き刺さった木片に手を添えた。

「陛下、失礼致します」

 囁くように言った後、今までとは比べものにならない程の痛みが走った。

「うああ!!」

 痛みに呻き、朱音は一瞬気が遠くなって倒れ込みそうになるが、その肩をアザエルに支えられてなんとか踏みとどまることができた。

「ありがと・・・。早くファウストを止めないと・・・」

 そうする間にも、ファウストは無差別に炎弾を放ち、街の破壊を遂行している。

「陛下、傷をお見せください」

 朱音はアザエルの言葉に「必要ない」とだけ答えた。

 クロウの身体に傷をつけてしまったことに申し訳なさを感じない訳ではなかったが、彼の身体には、驚異的な回復力が携わっていることを朱音自身よく知っていた。傷をつくっている原因さえ排除してしまえば、後は自然と傷は塞がっていく筈だ。

「ねえ、アザエル。もう少しわたしの我儘に付き合ってくれる?」

 まだ朱音の人格がクロウの身体を支配していることに、アザエルは気付いていた。

「陛下のお心のままに」

 冷酷で無情な碧く美しい魔王の側近は、遠いクロウの記憶で見せていた優しい微笑みを浮かべた。

朱音は事切れたヴィクトル王の肩を抱いたままのサンタシの騎士を振り返った。

「フェルデン、貴方のお兄さんを守れなくてごめんなさい・・・。きっと、ファウストを止めてみせるから・・・!」

 フェルデンは“フェルデン”と親しい呼び名で呼ばれたことに驚き、顔を上げた。

 黒く艶やかな髪に、透けるような白い顔。大きな黒曜石の瞳からはとめどない悲涙が流れ落ちていた。

 そして背を向けると、朱音は駆け出した。

 アザエルは主の後を追う前に、フェルデンにこう言い残した。

「この国を救いたければ、石を使え。所詮つまらぬ意地だけで国を守ることなどできはしない。貴様の剣技に魔力が加われば、少しは使い物になるかもしれんがな。フェルデン王」









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