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AKANE  作者: 木と蜜柑
第1章  サンタシ編
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     4話  毒舌少年


「もう一ついかがですか?」

 そばかすの侍女、エメがクッキーのようなお菓子を差し出しながら、朱音に微笑みかけた。

「うん、ありがと」

 お菓子に手を伸ばしながら、朱音は一週間程前に初めてサンタシの王ヴィクトルに対面したときのことを思い出していた。


「アカネと申したか、面をあげよ」

 フェルデンよりも低音であるヴィクトル王の声に、朱音がおそるおそる顔を上げた。

「お初にお目にかかります、ヴィクトル陛下」

 フェルデンに教えられた通りの言葉をなんとか言い終えると、高い壇上の椅子に腰掛けるヴィクトル王を見上げた。

 そこにあった王の姿は、予想とは裏腹にまだ二十代後半の若い男のものであった。

幾枚もの木目細やかな金の刺繍の入った布を併せた、艶やかな衣装に身を包み、フェルデンと同様の金の髪は、肩のあたりで切りそろえられており、緩やかにウェーブがかっている。賢王という名に相応しく、少しばかり吊り上った目はまるで隙を感じさせなかった。

「フェルデンからは話は聞いている。大変な目に遭ったな。アースから参ったと?」

 張り詰めた空気を断ち切るように、朱音はしっかりとした口調ではいと答えた。

「聞くところによると、そなたには微弱な魔術をかけられているということだ。しばらくは追っ手や刺客に狙われることを覚悟しておかねばなるまい。術の効力が切れるまでは外出を控え、術師の施した結界の中に逃れておくのが懸命であろう」

 ヴィクトル王はすっかり恐縮して縮んでいる朱音を見据えたまま言葉を連ねた。

「よって、そなたには術師であるロランを護衛としてつけよう」

 ヴィクトル王のすぐ近くに控えていた長い灰色のローブを身に着けた少年が、ヴィクトル王の目配せで朱音の前に歩み出た。

 年は十二、三歳という程の頃合で、朱音よりは二つか三つ程年下と思われる。霞みがかった茶色い髪と眼がとても印象的な少年だ。

「陛下、賢明なご配慮、ありがとうございます」

 朱音の隣で膝をつくフェルデンが頭を深く下げて礼をとった。それを見て慌てて朱音も礼をとる。

「礼には及ばぬ。あの愚王ルシファーのすることだ。何かただやらぬ恐ろしい事を企んでいるに違いない。こちとて、その邪魔だてをする程の快哉は無い。それに、我がサンタシの国土内に薄汚い足を踏み入れ、聖域なるセレネの森を踏み荒らしたとなると放ってはおけぬ」

 難しい顔をするヴィクトル王の顔には確かに怒りの色が見えた。

「ルシファー・・・」

 思わず小さく口をついて出てしまった言葉に、朱音自身も驚いて唇を覆う。

 その声を聞き逃さなかったフェルデンは、朱音の耳の傍で静かに囁いた。

「魔王ルシファー、憎きゴーディアの王であり、強大な魔力を持ってして魔族を率いる恐ろしい男だ」

 この男の名を聞いた途端、なぜか懐かしい気がするのは、元いた世界でも魔王ルシファーの名を何度か耳にしていたせいだろうか。ただ、朱音の知っている魔王フシファーは、実在しない想像上の人物である。

「まったくもって、あの男の考えていることは理解できぬ。この両国の緊迫した状況を知っての行いだとすれば、これは停戦を打ち止める宣戦布告と見なすこともできるというに」

 椅子の肘掛の外にひらりと長い衣の袖を降ろすと、ヴィクトル王は肘をついて小さく溜め息を漏らした。

「時空の扉を開く為だけに敵国の地に侵入してまでのことです。アカネを連れて来たにはそれなりの理由があるとしか考えようがありません」

 フェルデンの的を得た意見に、王はうむと頷く。

「そちと同意見だ。ロラン、フェルデン、そなた達にアカネを任せよう。ゴーディアにとって重要な鍵となるこの娘を決して敵の手に渡すのではないぞ」

「仰せのままに」

 二人は王に向き直り、膝をついた姿勢で礼の形をとった。

 王はすっと椅子から立ち上がると、艶やかな刺繍の衣を翻しながら部屋を後にして行った。




「どうかなさいました?」

 エメが心配そうに朱音の顔を覗き込む。

「あ、何でもないです。ちょっと考えごとを」慌てて首を振ると、朱音は気ちを振り切るように甘い菓子をぽきんと割って口の中に放り込んだ。

 足には未だ包帯が巻かれたままだが、今ではすっかり塞がって、歩くことに不便を感じることはなくなった。

 この城に来てからというもの、朱音はこうして以前から夢に描いていたようなドレスを着させて貰い、朱音の身の周りを世話してくれる侍女のエメと、この部屋で一日の大半を過ごしていた。

 初めは怪我のせいもあってそんな暮らしも苦痛とは思わなかったが、城の中の者にあまり朱音の姿を晒すことを良しとしなかったヴィクトル王の命により、部屋の外へ出ることさえも厳しい制限を加えられ、何もしないで部屋に篭り続けなければいけない状況が続いていた。

 朱音はいい加減そんな状況にうんざりし始めていた。

 部屋のノックの音が聞こえ、朱音の護衛を任された術師のロランが顔を出す。

「ロラン!!」

 朱音が退屈から連れ出してくれる救世主を見つけたとばかりにロランの元に駆け寄る。

「・・・そんな目で駆け寄られても僕は何もしないからな」

 鬱陶しそうにしっしっと払いのける真似をするロランは可愛らしい顔に似合わずのなかなかの毒舌少年だった。

「ロラン、わたし、いつ元の世界に戻れる? ねえねえ、いつ??」

 自分よりも少し背の低い少年のローブの裾を掴むと、朱音はくいくいと引っ張った。

「だから何度も言ってるだろう!? お前はゴーディアに狙われているんだ。この城に張られた結界内から外に出た途端、お前に掛けられた魔術を察知して、すぐさま敵の追手に連れ去られるのが落ちだ。せめて魔術の効力が切れるまではここでじっとしていろ」

 まだ声変わりのしていないロランの声は、朱音の弟、真咲のことを思い出させてくれる。

「じゃあ、いつになったらその魔力の効力ってのがなくなるの? こんなところにずっと閉じ込められて、わたし頭がおかしくなりそうだよ!」

 ロランはぷいと朱音に背を向けた

「お前は本当に頭の悪い女だな。そんなこと僕にわかる筈ないだろ! だいたい、僕がその掛けられた魔術を解こうとしたことも既にフェルデン殿下から聞いているだろう!」

ロランは国王お気に入りの術師で、自身もその能力に自信を持っていた。それなのに、朱音にかけられた魔術が解けないということでひどく自尊心が傷ついているようであった。

「とにかく、その魔術の効力が切れるのはかけた本人にしかわからない。ぼくから言えるのは、それを掛けた奴ってのが、相当の魔力の持ち主だってことくらいだ」

 ロランの服を引っ張っていた朱音の手がスルリと解けるのがわかった。エメは心配そうな表情のまま、カップにティーを注いでいる。

「だって・・、ロランもフェルデンもあんまり来てくれないじゃない・・・」

 しゅんと俯く朱音は年下の筈のロランよりも不思議といくらか幼く見えた。

「お前! 殿下のことを呼び捨てに・・・!」

 真っ青になって叫ぶ。

「フェルデンがそう呼べって」

 ぶつぶつと膨れっ面で朱音は呟いた。

「ロラン様、アカネ様の言っていることは本当のことです。フェルデン殿下は確かにアカネ様にそのように呼ぶようにと日々仰っています」

 エメが困ったような笑いを浮かべながら、ポットをテーブルの上に静かに置いた。

「さあ、ハーブティーが入りましたよ。ロラン様もどうぞお掛けになってくださいな。サンタシが誇るリリーの葉とチチルの実を燻して作ったハーブです。ストレスを緩和してくれる効果もあるんですよ」

 本当にこの娘の気配りにはいつもながら感心してしまう。

 ロランも渋々エメが促す椅子に腰掛ける。

「護衛を任された僕はまだしも、国王直属の騎士団の指揮を任されるフェルデン殿下がお前のような卑しい者にこれ程お気を掛けてくださるなど、この上なく幸せなことだと思えよ? 今は国も緊迫した状態なんだ。お忙しい身であられることに変わりはない」

 カップを手にとると、ロランはふんっと鼻を鳴らして口をつける。

「フェルデンって騎士団の指揮までしてるの!?」

 あの青年騎士がヴィクトル王の実の弟であり、王族であるということは知っていたが、この事実は朱音にとって驚くべき、そして実に納得のいく事実であった。

(そっか・・・、だからいつもあんな軍人さんの服を着てるのか)

 朱音も遅れて席に着くと、エメの入れたハーブティーの入ったカップを手にとった。

「お前、そんなことも知らなかったのか? ほんと頭悪いよな」

呆れ顔で毒を吐き続けるロランに、朱音は不機嫌そうに視線を送る。

「煩いなあ。だって誰にも教えて貰ってないんだし、知らなくたって仕方ないじゃん」

「知らなくたって予想位できるだろうが。聞けばエメだって喜んで教えてくれただろうさ」

 毎度こんな調子でロランと口喧嘩をするのが日々の日課になりつつある。エメは気にもしない様子でハイペースでなくなってゆく二人のティーカップに小まめにティーを注ぎ足していた。いつもの如く、これが収まるのは、一刻程口喧嘩し続けてすっかり二人が疲れてしまった後である。

 しかし、退屈で仕方のない今の暮らしの中、こうしてロランと思う存分口喧嘩をすることのできる時間は、朱音にとって幸せな一時と言えないこともない。

 もっとも、ロラン自身はいい迷惑と思っているかもしれないが。

「まあ、お前は心配するな。いずれ掛けられた魔術が解けたら、才ある僕がお前をアースへと無事に送り返してやる」

 素っ気無くそう言い残すと、ロランはぷいと振り向きもせず朱音の部屋を退出して行った。

「ロラン・・・」

 口を開いたまま、朱音はロランの出て行った扉をじっと見つめる。

「アカネ様、ロラン様は言葉は悪いですが、本当にあなたをお守りしようと必死になっておられるのですよ」

 エメはにっこりと笑い掛けると、手際良くティーのセットを片付け始めた。

「うん・・・、わかってる・・・」

 そう言って、朱音は見慣れた美しい絵画に目をやった。

(そう言えば、この絵、どこのお城だろう・・・)









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