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AKANE  作者: 木と蜜柑
第4章  戦編
48/63

    11話  番外の手札

 

「何か様子が変だ」

 フェルデンが視界がほとんどきかない空中から、王都の異変を感じ取った。

 サンタシでは滅多に見られないこの豪雨に、王都中の民が皆家にすっ込んででしまっているということも考えられたが、それにしてもやけに静かすぎる。 

 日が落ちてしまったこの時間ならば、家の中で灯る光や街明かりが少しはちらついてもいい筈なのに、その光さえ一切伺えない。

 強い雨音と雷鳴のみが木霊し、あまりに不気味であった。

 ゾーンが、すぐ近くを横切った雷に驚き、

『びゃあ』

と、一声鳴くと、バタバタと翼を大きく羽ばたかせた。

「うわっ、ノムラさん! 落ち着いて!」

 朱音は懸命に巨大鳥を宥めつかせようと首のあたりを撫でるが、パニックを起こしたゾーンにそれはあまり効き目が無かったようだ。

「教会の傍で一度休ませよう」

 フェルデンの提案通り、朱音はなんとかゾーンを教会の真裏に降り立たさせると、僅かな軒下で一休みさせることにした。

「ノムラさん、休み無しで飛ばせてしまったもんね、ごめんね」

 すっかり意気消沈してしまったゾーンのがさがさとした毛羽だった羽毛を、朱音は撫でてやった。その横顔は、漆黒の闇のような髪に、透けるような真っ白い肌が雨に濡らされて、異様な艶っぽさを放っていた。

 フェルデンは、今ここにいる少年王に戸惑っていた。朱音の身代わりに覚醒した魔族の王であり、憎き魔王ルシファーの息子である筈の彼に、なぜか、もう憎しみという感情をぶつけることができないことに気付いていた。

 ここにいる少年の王の心は、真っ白で、あまりに穢れないもののように映った。

 こんなにも醜い嫌われものの巨大鳥でさえ、現に彼は恐れることなく、慈しみ、その愛を惜しみなく与えている。 

 そして、心のどこかで、フェルデンは気付き始めていたのかもしれない。この少年王のそうしたところが、あの、愛しい少女に、あまりに似ていることに・・・。

「あ、誰か出てきた・・・!」

 朱音は小声で叫んだ。

  はっとしてフェルデンは咄嗟に少年王の身体を壁にぐいと押しやり、「しっ」と黙するように口に人差し指を立てた。

 敵かもしれない者の前に、無闇に姿を現すような無謀な真似は控えたいところだった。

 なるたけ息を殺し、そっと壁伝いに表の扉を覗き込むと、ひどく混乱した様子で教会の外に出ようか出まいかき決め兼ねている人物の姿がそこにあった。

「エメ!」

 フェルデンは、周囲をよく見回し、他に気配が無いことを確認してから素早く彼女の腕をぐいと掴んだ。後ろ手には朱音の手首を掴み、そのまま教会の扉の中へと身体を滑り込ませた。

「フェルデン殿下! 御無事だったのですね・・・!」

 エプロンを風呂敷のように巻きつけ、エメは大切そうに何かを抱きかかえていた。

 朱音は、もう二度と会えることはないだろうと思っていた、大好きな侍女との思わぬ再会に、思わず涙して駆け寄ろうとする自らの心をぐっと抑えていた。

 朱音は身の程を知っていた。今は、以前の朱音ではないということを。

 教会内は、薄暗く、蝋燭の火だけが揺らめきながら静かに中を照らしていた。

 扉の真正面には、月の女神アルテミス、太陽神アポロン、大地の女神ガイア、天空の神ウラノス、この四神が輪になって祈りを捧げる絵画が大きく描かれている。

 しかし、その中心には何も描かれてはいない。

 ぽっかりと開いた真白い空間は、創造主が描かれるべき場所だ。しかし、この国では偶像崇拝は忌み嫌われる存在であった為、敢えてそこには何も描かれなかったのだろう。

 雨音さえも遮断し、暖かい聖なる光に包まれるような懐かしい不思議な感覚に、朱音はなぜか胸の奥が痛んだ。これはきっと、父である創造主を裏切り、大罪を犯して天上界を永久に追放されたルシファーの罪の痛みだった。

「エメ、一体王都はどうなっている!? どうして君がこんなところに?」

 エメは簡潔に、尚且つ順序立てて成り行きをフェルデンに説明した。


 朱音はヘロルドの人の命をものともしない、あまりの暴挙に激怒した。

 エメは、あの平和で美しかった白亜城が地獄と化した、凄まじい光景をその目にしてきたのだ。

 彼女がこうして無傷で城を脱出できたことは、まさに奇跡としか言いようが無かった。

「今頃、城内で働く者のほとんどの者の命が奪われていることでしょう・・・! ゴーディア兵は、武器を持たない侍女や付き人でさえ、ごみの様に切り捨てていきました・・・」

 目いっぱいに涙を浮かべ、震える声でエメが語った。

「わたしは、陛下にこれをフェルデン殿下に代わりに渡すよう申し付かったのです」

 ヴィクトル王が逃げることをせず王室に残ったこと、そして、自分が隠し通路を使ってこの教会まで辿り着いたことを話すと、エメは抱えていたものをフェルデンに差し出した。

「何!? 兄上が城に残っただと!?」

 取り乱した様子で、フェルデンは受け取った紅い上等の布の包みを開けた。

「これは・・・、国璽・・・?」

 代々国王のみが持つことを許される筈の印が、王子である自らの手に渡ったことに戸惑い、フェルデンはもう一方の羊皮紙の紐を慌てて解いた。

 インクの滲み具合から、相当焦って書いた物だということが見て取れた。

 しかし、綴られた文字は、確かに兄であるヴィクトル王のものであった。


『この文が、我弟フェルデン・フォン・ヴォルティーユの元に無事に辿り着くことを、切に願う。

 フェル、わたしはまんまとゴーディアに嵌められてしまったらしい。この過ちのせいで、多くの人の命が失われてしまった。そしてこの白亜城も、もういくらも持たないだろう。わたしの命運もここまでのようだ。

 しかし、わたしはここで国とともに滅びる覚悟はできている。

 もしこの文を読んでいるとすれば、恐らくは今、白亜城を目指していることだろう。だが、もうお前の手に国王の印が渡ったのならば、もうこの城へ戻る理由も無い。

 城へは戻らず、生き残った騎士達を連れてどこかに身を隠すのだ。お前だけは生き残り、そしていつの日か、再びこのサンタシを再建してくれ。

 今このときを持って、わたしヴィクトル・フォン・ヴォルティーユは、国王の座を退き、全権を実弟フェルデン・フォン・ヴォルティーユに委譲する。


               ~ヴィクトル・フォン・ヴォルティーユ~


 追伸:この文をお前が受け取ったということは、クロウ王がわたしとの約束を守り、お前をディアーゼから連れ戻したということになるな。フェル、お前の口から彼に、“すまなかった”と伝えておいて欲しい。そして、その身はもはや自由の身だとも・・・。』


「兄上・・・! なぜだ!」

 羊皮紙がフェルデンの手を離れ。ひらりと教会の床面に舞い落ちた。

「フェルデン殿下、一体なんて書いてあったんですか?」

 絶望した様子のフェルデンに、朱音は恐る恐る声を掛けた。

 書かれた内容が、きっと良いものではないことくらい、朱音にもよくわかっていた。

「・・・城へは戻るなと・・・! 兄上や国を見捨てて身を隠せと・・・!」

 いけないとはわかってはいても、朱音はフェルデンに宛てて書かれた文を拾い上げ、目を通さずにはいられなかった。フェルデン自身、その行為を黙認したのだ。

 エメは不安そうな表情を浮かべながら、見覚えの無い美しい少年と、サンタシの王子を見守っていた。

(これじゃあ、まるで遺書じゃない・・・)

 朱音はフェルデンが取り乱したのも無理はないと思った。

 城まであともう少しのところまで来ているというのに、兄や苦しむ人々を見て見ぬ振りをするなど、優しく正義感の強い青年フェルデンには、きっと身を切るよりも辛いことだろう。

「エメ、他に何か情報を教えてくれないか?」

 こくりと頷くと、エメは持ちえる情報を全て託そうとした。

「隠し通路は、恐らくまだゴーディア兵には勘付かれてはいません。それから・・・、壁を隔てて聞いてしまったことなのですが、先に城内に入り込んだゴーディア兵が城を占拠、それと同時に王都を取り囲んでいた仲間を集めると言っていました。」

 フェルデンはふっと目を伏せ、黙り込んだ。

 一足遅かったのかもしれない、フェルデンも朱音も思わず唇を噛み締めずにはいられなかった。

「エメ、あなたは今すぐにでも安全な場所まで逃げて。そうだ、あなたの故郷の、ええと、そうだ、ロージ村へ向かって。そこならきっと、まだゴーディア兵の手も及んでいないだろうから・・・」

「は、はい・・・!」

 エメは見ず知らずの少年が、どうして自分の名前や故郷を知っているのかということにとても驚いたが、聞き返すことは決してしなかった。

「クロウ、俺はやはり兄上とサンタシの民を見捨てることなどできない。たとえこの地で滅びようとも、俺は、サンタシ騎士団の騎士らしく、最後まで戦うつもりだ!」

 フェルデンの強い言葉に、朱音もぐっと拳を握り締め、首肯した。

「わたしも、貴方とともに戦います。ゴーディアの王として、わたしもヘロルドの暴挙を止めるつもりです」

 城に残してきたアザエルが気にかかったが、魔王の片腕と呼ばれた彼が、そう簡単にくたばるとは朱音も考えてはいなかった。

「きっと、まだ間に合いますよ、ヴィクトル陛下は必ず生きてます。アザエルがヴィクトル陛下をきっとお守りしている筈ですから・・・!」

 フェルデンは黒曜石の大きな瞳を見つめた。どこまでも澄み、なんて哀しく美しい闇。

 このとき、フェルデンは初めて、少年王が自らの側近を兄であるヴィクトル王につけていた事実を知ったのであった。




 彼女が今、城内のどのあたりの通路を行っているのかは不明だったが、何にしろ、まだ隠し通路の存在がゴーディア兵に知られていないことだけは確かだった。

 王室の扉を蹴破ってゴーディア兵がやって来たのは、エメを行かせてからほんの数分後のことである。

「サンタシ国の国王、ヴィクトル・フォン・ヴォルティーユ陛下とお見受けする」

 ゴーディア兵が強い口調で言った。

「如何にも・・・。わたしがこの国の国王、ヴィクトル・フォン・ヴォルティーユだが」

 ヴィクトル王は、すっと椅子から立ち上がると、入ってきたゴーディア兵に静かに見つめた。

「この城と城下は、ゴーディア国最高司令官ヘロルド閣下の名の下に、我軍が占拠させていただいた。今、城門を開き、全軍を城へ集結させているところだ。無駄な抵抗はせず、大人しくついてきてもらおうか」

 雨音のせいで、気付かなかったが、たしかに堅く閉じていた城門が、全開し、ぞくぞくとゴーディア兵が進軍してきている様子が窓から伺える。

「王都の民はどうした? まさか、手出しはしておらぬだろうな」

 ゴーディア兵が口を開きかけたそのとき、彼の背後から別の人物が現れ、話を遮った。

「もうよいわ、下がれ下がれ」

「ヘ、ヘロルド閣下! ご到着でしたか・・・!」

 ゴーディア兵は深く頭を下げたまま、すっと身を脇へと引っ込めた。

「ヴィクトル国王陛下、お初にお目にかかりますかな。わたしはゴーディアの現、最高司令官ヘロルド・ケルフェンシュタイナーと申します」

 ひょろりとしたひどく姿勢の悪い男は、落ち窪んだ目をぎょろりとヴィクトル王に向け、大きな口を不気味に引き上げた。彼は後方に、ぞろぞろとゴーディア兵を引き連れていた。

「なるほど、そなたがゴーディアの新しい最高司令官か。では率直に訊かせて貰おう。そなたはゴーディアの新国王クロウ陛下の側近ということか?」

 ヘロルドは、魔女のように尖った鉤鼻の上に、気色の悪い皺を寄せて不気味な笑みを浮かべる。

「まあ、そうとも言えるでしょうな」

 逃げ場のない所に追い詰められたヴィクトル王だったが、全く怖気づいた様子など微塵も感じさせず、更にヘロルドに質問を浴びせた。

「それなら話は早い。なぜ、そなたの主は停戦条約をいとも簡単に破り捨てたのだ。無抵抗な我国の商戦を砲撃し、無抵抗な乗組員を見せしめに斬首した? 側近のそなたならばその理由を知っている筈だろう。このような非人道的な行い、許される筈がない!」

 ヘロルドはヴィクトル王の言葉を小うるさそうに、左手の小指を耳の穴に突っ込み、その骨ばって曲がった指をくりくりとまわして見せた。

「さてな、知りませぬなぁ。あの我儘国王の考えることなど、側近であれ何であれ、誰も理解などできぬのです。しかしそれに抗うことなどできないのですよ。なんと言っても、クロウ陛下は恐ろしい魔力をお持ちだ。命令に刃向かえば我々の命はありませぬので」

 まるで、自分は望まない戦を、クロウの命令で仕方なくさせられているようなヘロルドの物言いに、察しのいいヴィクトル王はぴんときた。

 クロウ王の側近どころか、この男は、クロウの立場を利用し、彼を悪者に仕立て上げることで王座を狙っている反逆者であるということを。

 やはり、クロウ王がヴィクトル王に話したことは全て真実であった。

 今更、ヴィクトル王は疑り深い自らの性質に反省した。

(ふ・・・、いつからだろうな、こんなに疑り深くなったのは。あれは・・・、きっとジゼルが魔族に殺された後からか・・・)

 そして、こうも思った。もっとクロウ王の話を信じてやっていれば、何か対策を講じられたかもしれない、と。

「ヘロルド閣下、最後に一つだけ質問させて貰う。そなたの言う、我儘国王クロウ陛下は、今どこにおられる?」

 それは、あまりに際どい問いであった。

 ヴィクトル王は、鋭い切り口でヘロルドに鎌を掛けたのだ。

「一体何を・・・? クロウ陛下がここにおられないということは、ゴーディアの魔城におられるに決まっておるでしょう」

 ヘロルドの顔色がさっと変化したことに、ヴィクトル王は気付いた。

「そうか。一度も魔城を出られてはいないのか?」

 ここで一気に畳み掛ける。

「クロウ陛下は覚醒後から今まで、一歩たりとも魔城の外へは出られておりませんな。陛下のお姿は、常人が目にすれば視力を失うとも言われております故」

 まだ白を切るヘロルドに、ヴィクトル王は止めの言葉を突きつけた。

「ほう。それではどうも辻褄が合わなくなる。実を言うと、この城にクロウ陛下が訪ねて来られたのだ。そしてわたしに力を貸して欲しいと申し出た。“しばらく城を空けている間に、何者かに成り代わられた”と。そして、“その男を止めなければならない”と」

 王室に集結していたゴーディア兵達が、ひそひそと近くの者と話始めた。

 ヘロルドは、顔を真っ赤にして叫んだ。

「この噓吐き愚王めが!! そのような嘘八百で我軍の動揺を誘おうなどと、なんと愚かな!」

 興奮するヘロルドとは対照的に、ヴィクトル王はひどく落ち着いた口調でこうも付け加えた。

「嘘などではない。現に、クロウ陛下は我弟フェルデン・フォン・ヴォルティーユと共に、今まだこのサンタシ国内におるのだから」

 堪らずに、ヘロルドは近くにいた兵士達に命を下した。

「この愚王の息の根を、今ここで絶つのだ!!」

 戸惑いながらも、上官の命に背くことの許されない兵士は剣を抜きヴィクトル王へと向けた。

 その瞬間、さっと碧くたなびく髪がヴィクトル王の前に舞い降りた。

「ア・・・、アザエル閣下・・・!」

 剣を構えていた兵士達は狼狽し、その美しくも冷たい嘗ての上官から視線を逸らすことができなかった。

「ま、まだ生きていたのか! なんてしぶとい男だ!」

 ヘロルドは明らかに背中に冷たい汗を掻いていた。

 この男だけはできるならば敵にはしたくなかった。

(ちぃっ、ボリスめ! あの能無しめ! アザエルは死んだと言っていたのに、この通りぴんぴんしているではないか! くそっ、予定が随分狂ってきた・・・!)

「しっかりしろ、お前達! よく見ろ。こいつは嘗ての魔王陛下の側近ではない! 今や、只の罪人アザエルだ」

 ヘロルドの言葉に、ゴーディア兵達は生唾をごくりと飲み込んだ。

いくら今は違うとは言え、やはり魔王ルシファーの側近だったことには変わりはない。

「ア、アザエル閣下・・・、そこをどいてください」

 冷たく碧い目で兵士達を見やると、アザエルは言った。

「お前たちは一体誰に仕えている。その後ろにいる小汚い男か? それともクロウ陛下か?」

 アザエルの圧倒的な威圧感に、兵士達はぶるりと身震いする。

「ク、クロウ国王陛下です、閣下・・・!」

 もう上官ではないというのに、兵士達は無意識にそう答えていた。

「な、何をしておる! もう奴は貴様らの上官などではない! まとめて切り殺すのだ!!」

 その声ではっと我に返った兵士達は、震える手で剣の柄を握り締めると、一斉にアザエルに切り掛かっていった。

「愚かな・・・」

 アザエルの手には、水を圧縮してつくり上げた剣が瞬時に現れた。

 今宵は、アザエルの水の魔力が一層強まる豪雨だ。

 流れるような動きで、アザエルは水の剣を振るった。

「な、何故だ!? 確か、元老院どもが魔力を封じる手枷を嵌めた筈っ・・・!」

 ぼとりと切断された兵士の腕が足元に転がり、ヘロルドは真っ青になってひっと声を上げた。

 どうゆう訳か、封じられている筈のアザエルの魔力は全開で、情け容赦のない攻撃はゴーディア兵達の恐怖心を呼び起こした。

「当てが外れて残念ですね、ヘロルド閣下」

 冷笑を浮かべ、アザエルは一歩、また一歩とヘロルドに歩み寄って行く。

「ええい、寄るな! こ、この反逆者めが!」

 ヘロルドは蛇に睨まれた蛙のようにじりじりと後退していく。

 足元には、身体の各部位がバラバラに切断された元兵士の肉塊と血溜まりができている。

「その言葉、そっくりそのまま貴殿にお返ししよう」

 凍りつくような碧い目に見据えられ、ヘロルドは額から嫌な汗が噴き出すのを感じた。

「勘違いするな。わたしはこの愚王に仕えている訳ではない。全てはクロウ陛下の御意志だ」

 城を占拠し、ヴィクトル王をここまで追い詰めたというのに、どういう訳かヘロルドは今、不利な状況に陥りかけていることに気付いた。

(ど、どういう訳だ・・・!? そうか、この男が現れたことが、全ての原因だ・・・! どうする・・・!? この状況を一体どうやって切り抜ければよい!?)

 切羽詰ったヘロルドの脳裏に、ふと意外な切り札が思い出された。サンタシへ向かう途中の、思いもしない拾い物・・・。

「おい、お前、あいつはどこへ行った!?」

 今、アザエルは鋭い水の剣の切っ先を、ヘロルドへと向けようとしていた。慌てて兵士を睨みつけるが、兵士はびくりと跳ね上がるだけで、すっかり金縛りにあったように固まってしまい、誰も答えようとはしない。

(くそっ、こんなところで殺されてたまるか! この肝心なときに、あいつはどこへ行った!?)

 ヴィクトル王は、碧く美しい魔王の側近の感情を一切感じさせない冷淡な姿を目にし、自分達は長年の間、こんなにも恐ろしい相手を敵にしていたのかと、改めて感じていた。  

「おいおっさん。何かやばそうだけど、もしかして俺を探してたり?」

 ふいにヴィクトルの後ろから快活な声がした。

 驚き振り向くと、燃え盛る炎のごとく赤い真紅の髪と緋色の瞳の青年が、ヴィクトル王の椅子に寛いだ様子で深く腰掛けている。まるで最初からそこに座っていたかのように、青年は足をゆったりと組み、肘掛けに褐色の肌を露出させた手を悠々と伸ばしている。

「その髪! ファウストか・・・! 一体どうやって入った!?」

 

 王室に、新たな厄介者が一人、紛れ込んできたようだ。






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