9話 騎士に捧ぐ
いつもご愛読ありがとうございます。本業が多忙の為、更新速度がマチマチですが、頑張って更新していきたいと思います。今後もよろしくお願いします。
死んだように動かなくなった朱音の身体を、なるたけ冷やさないようにと、ライシェルは自らが羽織っていた藍の衣を、まだ幼さの残るその肩に掛けてやっていた。
触れるとひどく熱を発しているのに、なぜかライシェルの目は、異様な色を感じ取っていた。
華奢なその身体からは、想像もつかない程巨大なものが蠢き、そしてそれは内側に留め切ることができず、じわじわと滲み出しているという表現が適切かもしれない。今までうまく隠していたものが、意識を失ったことで抑制力が弱まったせいかもしれないし、もしくは、眠っていた力が覚醒し始めたようにも見える。
ともあれ、こうして眠りについた途端、彼の身体が急激に回復していくのがライシェルにもはっきりと感じ取れた。力の覚醒により、彼の身体を自然と治癒し始めているのだろう。この調子であれば、夜明けには意識を取り戻し、この場所を出立できるかもしれない、とライシェルは思った。
朱音は図書館の机の上から、窓の外をぼんやりと眺めていた。
今朝のハチミツが頭にこびり付いて離れようとせず、受験勉強に全く身が入らないでいた。
(なんで、あんなどこにでもある蜂蜜なんかが気になったりしてんだろう・・・)
くしゃりと前髪を掻き上げると、大きな溜息を溢した。今朝から、なんだかまだ夢心地というか、なんというか、自分で言うのも何だが、どうも様子が変だと朱音は感じていた。
「あっ、朱音じゃん! 今日も自習しに来てたんだ?」
ふと誰かに声を掛けられ、朱音は窓の外から視線を戻す。
「愛美・・・」
クラスメイトの愛美である。彼女は、朱音とは正反対の人格を持ち合わせていた。何もかもが人並みな朱音に対し、彼女は家庭環境と容姿に恵まれ、かなりの自信家でもある。受験生という括りにとらわれることなく、彼女は常に恋多き女であった。
「まさか一人で来てるとかないよねー? そんな淋しいことしてたら、黴生えるよ~」
お洒落にも一切手抜きをしない彼女は、今日もピンク色のワンピースに、ちょっぴりヒールの高いパンプスを身につけている。ほんのりと施された化粧が、同性の目から見ても思わず真似したくなるような可憐さを醸し出している。
「まさかの一人だよ。ってかさ、愛美こそ、また新しい彼とデート?」
にっこりと微笑むと、愛美は綺麗にネイルアートされた人差し指で、入り口付近のテーブルを指差した。
「あったり~~。あの爽やか青年が愛美の新しい彼です」
見ると、J’sのメンバーにでもいそうな爽やか系の男の子が、何やら雑誌に読み耽っている。
「あの人、もしかして高校生?」
受験生では絶対いそうにない、金のメッシュの入った髪に、朱音はぴんときた。
「そっ。高校の体験入学のときに仲良くなったの。彼は高校二年生。なかなかのイケメンでしょ?」
恋愛経験のあまり豊富でない朱音にとって、“年上の彼氏”というものが、ひどく凄いことに思える。
「愛美、ほんとあんたってすごいよね・・・」
呆れる程感心し、朱音は開いた数学の参考書をぱたりと閉じた。そろそろ気分転換にジュースでも飲みに行こうと思ったのだ。
「こらこら、何言ってんの。朱音だって女の子じゃん。年頃の女の子が、彼氏の一人や二人いないでどうする! ファーストキスだって、時期を過ぎたら賞味期限切れちゃうよ~~」
べっと舌を出して、愛美が小声で説教する。
「ん・・・? わたし、もうファーストキス終わっちゃってるよ?」
ぎょっとして、愛美が思わず身を乗り出す。
「へ!? ちょっと、朱音。それ、わたし聞いてないよ?? 一体いつ、誰にあげちゃったの!?」
そう問い詰められて、朱音ははたと困って考え込んだ。
(あれ・・・? そういえばわたし、一体誰とファーストキスしたんだっけ・・・?)
確かに誰かとした記憶はあるのに、その相手が誰だったのかさっぱり思い出せない。
けれど、なぜかその時でさえ、今朝の蜂蜜が頭を過ぎっていた。ただ、あの蜂蜜色が、どうしてかファーストキスに関わっている気がして仕方が無かった。
明け方、ライシェルの予想通り、少年王が目を覚ました。
「気がつかれたようですね、クロウ陛下」
少年王は言った。
「ああ。久しぶりによく眠った気がする・・・。ライシェル、僕はどれくらいここでこうしてた?」
しかし、目を開けた少年王は、昨晩とはまるで別人のような雰囲気を纏っていた。ましてや、昨晩とは一人称や口調までも違っている。
その事に勘付きながらも、ライシェルは敢えて何も口にせず、
「それほど長くはありませんよ。せいぜい四刻程ではないでしょうか」
と、答えた。
「そう・・・。少し遅れをとってしまったよね」
何事も無かったかのように起き上がると、少年王は明るみ始めている空を見上げた。
「ライシェル、馬はここに置いて行こうよ。僕たちは別の移動手段で追いつけばいい。なにかいい案はない? 今ここで飛竜を呼んでもいいんだけど、あんまり目立たない方がいいでしょ?」
さらりと“飛竜”という言葉を口にしたクロウに、ライシェルは驚きをなんとか内に圧し止めた。
飛竜は数千年も生きると呼ばれる幻の生物で、このレイシアでその存在を見た者は数える程しかいないと言われている。ましてや、彼らの生息地は現在も不明である。
「飛竜・・・ですか・・・? そんな幻の生き物をどこで・・・」
「ああ。幼かった頃に、父上に一頭貰ったんだ。さすがに生息地までは教えて貰えなかったけれど、貰った飛竜とは血の契約を結んでいる」
滅多なことがない限り感心したりなどしないライシェルでさえ、底知れぬ少年王の力に言葉を失った。
「ライシェルは、父上の代から確か指令官補佐をしていたよね? 実際会ったのは今回が初めてだけど、父上から、あなたが優秀な魔笛使いと聞いたことがある。確か・・・、獣を自由に操れたんじゃなかったっけ?」
黙りこくっていたライシェルだが、自分のもつ能力について少年王に言われていると気付くと、
「仰る通りです」
と、返した。
何より先代の王ルシファーが、息子のクロウに、指令官補佐である自らの存在について、話して聞かせていたことがあまりに意外だった。偉大で強大な魔力を有するあの魔王には、きっとどんな有能な部下でさえ、いるもいないも同じことに違いない、そうライシェルは思っていたのだ。彼が必要としていた人物は、いつだって、あの碧髪冷徹の上官、アザエルだけだと・・・。
「それなら話は早いよね。あなたの魔笛であれをここへ呼んでよ」
少年王はすっと頭上を指差した。
ふたりの遙か上の空を優雅に飛びかう巨大な鳥。
あれは、レイシア一の巨大鳥、ゾーン。一時は飛行手段として飼い慣らそうとする者達もいたが、あまりに気性が荒く、頭の悪い凶暴なあの鳥は、如何なる獣使いであれその手を持て余させた。結局、今では誰もがあの鳥を手放し、決して手出ししない。ついでに言うと、食用としても、この鳥の肉は強烈な匂いと固さで売り物にもならない。
「クロウ陛下、いくらわたしが魔笛を使えるとはいえ、あの鳥はお薦めできかねます。確かに、あれの背に乗れば、あっという間に皆に追いつくことができるでしょう。けれど、ゾーンは非常に頭が悪い・・・」
実際、何度かライシェルもあの鳥を魔笛で操作しようと試みたことがある。しかし、一時的にいうことを聞かせることができても、魔笛の音が止んだ途端、近くにいる動くもの全てを敵と見なし、狂乱して手がつけられなくなるのだ。
「じゃあどうやって追いつく? 飛竜なんか使ったら、そこら中の注目をあっという間に集めてしまうよ。それとも、ゾーンよりも早く距離を縮められる獣の当てなんてある?」
勿論、ここで休みをとると決めたとき、ライシェルに全く考えが無かった訳ではない。
「陛下・・・、利口な銀獅子ではいけませんか?」
盲目なライシェルの目を、じっとクロウは見つめ返した。
「悪くはない・・・。だけど、銀獅子は陸を駆けるじゃないか。空中なら、最短距離を一直線に詰められる。それも、あの鳥なら誰にも気付かれずに」
普通の者ならば決して選ぶことのない手段。目の前の少年王は、確かにあの魔王ルシファーの血を色濃く受け継いでいた。
ライシェルは呆れて小さく溜息を漏らした。
「何もあなたに全部任せる気ないから安心してよ。あの鳥をここに呼んで、少しの間大人しくさせてくれればいいからさ」
そう言って、クロウは地面に敷かれていたライシェルのマントを拾い上げ、ついた土を丁寧に払ってから藍の衣と一緒に彼に手渡した。
ライシェルは、衣とマントを纏いなおすと、しぶしぶ腰のベルトに装備していた魔笛の袋に手をやった。思いの外小ぶりなその横笛を、少年王は興味深げに見つめる。
「ほんとに、どうなってもしりませんよ」
魔笛に口をつける直前、ライシェルは少年王に最終通告をした。
この歳若い王が、一体何を考えているのかわからなかったが、言われる通りに指令官補佐の男は魔笛を奏で始めた。
しかし、確かに魔的を奏でているだろうに、その音はほとんど耳には聞こえてこない。時折、笛を通り過ぎる僅かな呼気の音だけがする程度であった。
少年王は綺麗な音色が聴けるものとばかり思っていたのか、些か残念そうな表情を浮かべていたが、しばらくすると、頭上の鳥の様子がおかしいことに勘付き始めた。
酔ったように蛇行しながら空を旋回し始める。仕舞いには高度を落とし、ふらふらと頭を振りながら降下していた。
人の耳には聞こえない、特殊な音波のようなものが、魔笛から発されているのかもしれない。
とうとう二人の目の前に、巨大な鳥が降り立った。遠くから見るのとは違い、ゾーンは想像以上の迫力だった。
身体の割に小さい頭は、禿げ上がり、身体を覆っている黒と白の羽毛は、お世辞にも美しいとは言えない。あちらこちらに毟りとられた後やすでに塞がった傷が目立つ。この鳥は、共食いをして生存する稀な種で有名だ。おそらくは、これらの傷はそのときにできたもの達であろう。
「ビャア」
耳障りな潰れたような声で、ゾーンが鳴いた。
赤い目が不機嫌な様子を物語っている。今、ライシェルが魔笛を吹くのをやめたとしたら、間違いなく、この鳥は二人に襲い掛かってくるだろう。
「ライシェル、もう少し大人しくさせていてよ。今からこの鳥と“血の契約”を結ぶ」
少年王はそう言うと同時に、胸元にしまってあったペンダントを取り出し、原型であるナイフへと変形させた。そして、迷うことなくその刃を自らの左手首に宛がった。
異変に気付き、ライシェルが少年王に声を掛けようとするが、今は一時だって笛から口を離すことはできない。
少年王は、シュッと宛がったナイフを手首に走らせた。僅かに眉をしかめると、その直後、ぽたりぽたりと血が滴り始めた。
血の匂いに敏感な巨大鳥は、
「びゃあ」
と、やはり耳障りな鳴き声を上げる。
少年王は、ゾーンの目の前まで近付き、素早くその尖った嘴を無理矢理こじ開けた。そして尚も血液の滴る左手を、肘のあたりまで無理矢理奥に捩じ込んだのだ。
魔笛を吹きながらも周囲の音に注意を払っていたライシェルは、突然少年王がとった危険な行為に、思わずぎょっとしていた。
驚いたゾーンは暫くはバタバタと大きな翼を暴れさせていたが、しばらくすると、その赤い目が落ち着いた朱色へと変化し、急に大人しくなった。
「ライシェル、もう吹くのをやめていい」
クロウの声で、ライシェルは魔笛を口から離した。
いつもならば、ここでゾーンの攻撃に備えて槍をすかさず構えなけでばならないところだが、このときばかりは様子が違っていた。
先程までの凶暴な鳥は、じっと静かに主人の命令を待つ、従順なただの鳥に変わっていた。
「陛下、一体どうやってこの鳥を手懐けたのですか?」
思わず訊ねずにはいられなかったライシェルは、魔笛を袋にしまいながら言った。
「この方法は、父上に飛竜を貰ったときに使った方法だ。“血の契約”と言って、自らの血を飲ませた相手に不老の肉体を与え、魔力を目覚めさせてやる代わりに、僕への忠誠を誓わることができる」
“血の契約”の存在を知らずにいたライシェルは、魔王の血の恐ろしさを今改めてその身に感じた。
「さ、早く乗ろうよ。出発は早い方がいいでしょう?」
華奢な左手首の切り傷は、もう既に塞がりかけている。驚異的な回復力である。
目の前の小さな少年王の底知れぬ力に、ライシェルは恐ろしささえ感じた。
(この王は、この世の全てを思う儘にしうる力を持っているというのか・・・? そして、あのルシファー陛下もこれと同じ力を持っていた・・・。しかし、先王はそれを乱用しようとはしなかった。この力さえあれば、サンタシの王でさえ忠誠を誓わせることができたというのに・・・。そして、この王もまた・・・)
そして同時に、この少年王が、これからどのように行動していくのかを見てみたくなった。
「ライシェル、何をぼうっとしてるんだよ、出発するよ?」
すでにゾーンの背に跨つ少年王にライシェルはこくりと頷いた。
「ああ、すみません。そうですね。すぐに出発しましょう」
ライシェルは馬の手綱を解いてやり、自由にしてやった。
二人は、レイシア一の巨大鳥の、初の飛行者となったのである。
朱音は突然の吐き気に見舞われ、図書館のトイレに駆け込んでいた。
ひどい頭痛。
それも、あの蜂蜜とファーストキスの相手をキーワードに記憶を辿ろうとすると決まって訪れるのだった。急に目の前で真っ青になった友人の姿にびっくりし、愛美がトイレに同行してくれていた。勿論のこと、彼氏を待たせたままである。
「ね、朱音、一体どうしちゃったの?」
心配そうに背中を擦ってくれる愛美の手に感謝しながら、朱音はパシャリと冷たい水で顔を濡らした。
「分かんない・・・。でも、なんか急に・・・」
「ちょっと根詰めて勉強ばっか頑張りすぎてんじゃないの? ちゃんと夜とか寝てる?」
横からさっと可愛らしいハンカチタオルを差し出しながら、愛美は言った。
「うん、睡眠はちゃんと摂ってるつもりなんだけど・・・」
受け取ったタオルハンカチで顔を拭くと、それがブランド品だということに気付き、ちょっぴり朱音は申し訳ない気持ちになった。
「気分転換は? 家にすっこんでばっかしてんじゃない? 時々はそのファーストキスの相手でも誘って、外でデートとかしなきゃ」
ぷんすかしながら、愛美は続けた。
しかし、その言葉を聞いた途端、朱音はひどい頭痛で頭を抱え込んだ。
「ちょ・・・、朱音・・・!? まじで大丈夫? 誰か呼んで来ようか・・・?」
友人の状態に心配した愛美は、
「ここでちょっと待ってて。彼氏呼んでくるから」
とだけ言って、慌ててトイレから飛び出していった。
残された朱音は、洗面台に圧し掛かるような姿勢で、荒い息でもたれ掛かっていた。真っ青になった自分の顔が、鏡に映っている。
(これはほんとに不味いかもしんない・・・)
そう思った瞬間、鏡の中の自分がぐにゃりと歪んで別人へと姿を変えた。
「!?」
驚いて、目をごしごしと擦るが、鏡に現れた世にも美しい漆黒の髪の美少年は、消えることなく朱音を見つめてくる。
痛みのせいで幻覚を見ているのかと疑ったが、そのあまりにリアルな光景に、その少年の人間離れしすぎた美貌を前に、ただ呆然と見入っていた。
「アカネ」
すると、突然鏡の中の少年が口を開き、朱音の名を呼ぶではないか。
(なっ、なんでこの子わたしの名前を知ってるの!? ってか誰!?)
「こんな偽の世界に囚われていていいの? 君の居場所はここじゃないでしょ」
全く訳のわからないことを言われ、朱音は訝しげに少年を見た。
「偽の世界・・・?」
「そうだ。ここは、君が創り出した作り物の世界。まだ君は完全には消えてしまった訳じゃない。君が消えてしまうその時まで、クロウの身体は二人のものだ」
またひどい頭痛に苛まれ、朱音は霞む目で少年の黒曜石の瞳を見つめ続けた。
(何を言ってるのか分かんないけど・・・、わたし、この子とどこかで会ったことがある・・・)
「思い出せないのは気のせいだ。ちゃんと君は覚えている。僕のことも、アザエルやルイのことも。そして、フェルデン・フォン・ヴォルティーユのことも・・・」
ぐるぐると回る視界で、朱音は小さく悲鳴をあげた。
『アカネ、もどって来い』
遠くで優しく懐かしい声がした。
そう、あの優しい声を朱音はよく知っている・・・。
高鳴る鼓動。
振り向くと、金の髪の青年が柔らかに微笑んでいた。その目は、その目は透けるようなブラウンで、蜂蜜の色によく似ていた。
「フェルデン・・・」
気付けば、朱音はそう口にしていた。
(そうだ・・・、ここは元の世界なんかじゃない・・・! わたしはまだレイシアにいるんだ。ここは違う・・・! 彼の居る世界じゃない!)
そう思った途端、バタンとトイレの入り口が開き、彼氏を引っ張ってきた愛美の姿が視界に入って来る。
しかし、朱音の身体はみるみると透け始めていた。
「朱音!?」
消えかかった友人を見て、愛美が何か叫んでいた。
(ごめんね、愛美・・・)
偽の世界だと分かってはいても、こうして再び母や真咲、そして愛美に出会えたことに、朱音はただ感謝した。そして、できることなら、父にも一目会いたかったなとも思った。
突然ぱっと開けた視界に、朱音は思わず目を細めた。いつの間にか夜が明け明るい太陽が差し込んでいる。浮遊感とともに、あまり座り心地のよくない羽毛を尻の下に感じた。
「わっ、わっ!? どうなってんの、これ!?」
自分が地上から遙かに離れた空を飛んでいることに気付き、驚いて落っこちそうになったところを、がしりと後ろから捕まえられた。
「陛下、急にどうしたんです」
振り向くと、盲目の槍使い、ライシェル・ギーがいた。
「えっ、ラ、ライシェルさん・・・!? 」
どういう成り行きでこうなったのかは想像もつかないが、とにかく、今は巨大な鳥の背に跨って空を飛んでいることだけは確かだ。
急に別人のように纏っていた空気を変えてしまった少年王に気付き、ライシェルはここで初めて少年王の中に存在する、二つの人格に気付き始めた。
「陛下、陛下がこのゾーンを手懐けてくださったお蔭で、銀獅子の足よりもずっと早く追いつくことができたようですよ」
どうして目の見えない彼が、遙か下にいる騎士団の姿を知ることができたのかは不可思議な事象だったが、朱音は上空から、黒の騎士団とサンタシ騎士団の姿を確かめることができた。
戦闘をかけている白いマントの騎士はきっと、フェルデンに違いない、と朱音は思った。
クロウがくれた僅かだけれど、大切な時間。
朱音はぎゅっと胸元に隠したペンダントを服ごしに握り締めた。
(あともう少し・・・、あともう少しだけ・・・!)
きっとフェルデンは朱音の存在に気付くことはないだろう。けれど、朱音はそれでも構わなかった。
(たとえ気付いて貰えなくても、憎まれたままでも構わない。ただ、消えてしまう最後の瞬間まで、フェルデン、貴方の傍で貴方の助けになりたい・・・!)
残された僅かな時間を彼の為に、と朱音は強く心に決めたのであった。