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AKANE  作者: 木と蜜柑
第1章  サンタシ編
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     2話  逃亡

 


(なんでわたしがこんな目に遭わなきゃなんないの??)

 朱音は、すっかり土埃で汚れてしまっている、寝巻き代わりの着慣れたTシャツとハーフパンツ姿のまま、木の陰で息を潜めていた。

 

 それというのも、不思議な金色の光を通り抜けた後、アザエルという謎の男に抱えられたまま次に見た光景は、洞窟の中だったのだ。

 湿っぽい洞窟の中では、二人が通り抜けた途端にみるみるうちに縮んで消えてなくなった光の穴の他に、他に何も見当たらなかった。アザエルがどういったマジックを使ったのかは定かではないが、家で寝ている朱音を攫って何の説明もなしに強引にこの洞窟に連れて来られたという事実だけは確かだった。

 こんな夜更けにいつまでもこんなところにいる訳にもいかないし、夜が明けると家の者が朱音の不在に気付いて騒ぎ始めるはずだ。

「いいかげん降ろして!」

 不機嫌な朱音の声に意外にもあっさりと手から解放したアザエルは、突然片膝を地面につけると、恭しく朱音の前に礼をとった。

「先程までの御無礼をお許しください。これはあなたのお父上、魔王陛下最期のご命令にございます。どうぞご理解頂きたい」

 暗闇の中でよく分からなかったが、男の服装は普段朱音が目にしているようなものではない。それに、アザエルの言っていることといえば、正気とは到底思えなかった。

(とにかく、家へ帰らないと・・・)

 一見すると女性のようにも見えなくもないこの美しい男だが、先程抱えられていたときの力強さを思うと、そう簡単には帰してもらえそうにはない。

 もぞもぞと朱音は足先を落ち着きなく動かしてみせた。

「どうかなさいましたか?」

 異変に気付いたアザエルが朱音に視線をやる。

「えっと・・・。トイレに・・・」

 アザエルがこくりと頷くと、ちらと洞窟の外を見やった。洞窟の外は木々や草が茂っているらしく、どうやらそこで用を足せということだろう。

 もじつきながら、朱音は洞窟から足を踏み出した。

 先程と変わらない筈の山。でもなんだか妙な感じがする。梟や虫の鳴き声がしない。

 ふと天を見上げると、朱音は驚きで目を丸くした。

 月が二つ。

 西の空に大きな三日月が一つと、東の空に小さな満月が一つ・・・。

「え・・・?」 

 もともとアザエルからうまく逃れる為に嘘をついた朱音だったが、ここで初めて自分が置かれている異常な環境に気がついたのだ。

「ここ・・・どこ・・・?」

 呆然として立ちすくむ。

 まるで金縛りにでもあったかのようにその場から動けない朱音に向けて、洞窟からアザエルの声がした。

「お逃げ下さい!」

 その直後、洞窟の中から激しい剣のぶつかりあう音が響き、ときどき数人の男のくぐもった呻き声が漏れる。

 一体アザエルに何が起こったのか。朱音の心の危険信号が点滅し、とにかくここは危険だから離れるべきだと知らせる。なんとか自分自身を奮い立たせ、朱音は駆け出した。

(とにかく逃げないと! 生きていれば後から考える時間はいくらでもある・・・!)

 鋭い野山の草は素足の朱音に容赦なく切り付ける。

「うっ・・・」

 あちこちきり傷だらけになり、足の裏も小枝や小石を踏んづけたせいでひどく痛む。ひょっとすると出血し始めているかもしれない。

「誰かいるぞ! 追え!」

 朱音の気配を察知した男達が、数人朱音の後を勢いよく追いかけてくる足音が聞こえる。

(どうしよう・・・、このままじゃ殺される!)

 痛みをこらえながら、朱音は辺りを見回して身を隠せそうな場所がないかを必死に探した。

 目に入ってきたのは、巨大な幹。 樹齢何百年もの大木である。

 咄嗟にその影に身体を滑り込ませると、息の上がってしまった口を両の手で覆い、男達が行き過ぎるのをじっと待った。

「確かこの辺りに逃げ込んだぞ」

 低い男の声がすぐ近くまで迫っている。

(お願い、通り過ぎて・・・!)

 朱音の願いむなしく、まだ別の男の声が聞こえた。

「見ろ、血だ・・・」

 身体の大きな男が地面を明かりで照らすと、地面を濡らす血液をじっと目で追った。

 点々とつづく血痕は、巨大な木まで続いていた。

 ゆっくりと近づく数人の男達の足音。

(なんでわたしがこんな目にあわなきゃなんないの?)

 朱音は恐怖で顔を真っ青にしながら、震える手で口を覆って静かに時を待った。

 ピタリと止まった足音。

 張り詰めた空気にきつく閉じた目をおそるおそる開いて見てみる。

「驚いた・・・。人間の女の子だ」

 朱音の目の前に立っていたのは、身長一八〇を優に超える、金色の短い髪の青年騎士であった。

 恐怖のあまりがたがたと肩を震わせて潤んだ瞳で見上げる少女の姿を見て、青年は持っていた剣を鞘に収めた そして青年は少女を驚かさないようにそっと屈んで目線を合わせると安堵の表情を浮かべた。

「殿下、これは一体どういうことでしょう」

 青年のすぐ後ろで剣を鞘に収めた小柄な騎士が、困惑の表情を浮かべながら言った。

「われわれの読みが甘かったようだ。これからのことは一度城へ戻ってからゆっくりと検討するにしよう」

 青年は目線をほんの少しだけ後ろの騎士にやると、落ち着いた口調で答えた。

「さて、君の名前は? おれの名はフェルデン・フォン・ヴォルティーユ」

 ふっと優しく微笑むフェルデンの瞳は、美しく透けるようなブラウンであった。

「・・・朱音・・・」

 震える声の少女の髪をえらかったねとばかりにフェルデンは優しく撫でた。

「よし、アカネ。おれ達は君を傷つけたりしない。どうやら君は怪我をしているようだ。手当てをしたいんだが構わないか?」

 フェルデンの優しい声に、命の危機はどうやら去ったことを悟った朱音は、コクリと頷いた。と同時に、一気に気が緩み、その場へとくず折れた。

「アカネ!?」


 心配そうなフェルデンの声を遠くに聞きながら、朱音は再び眠りの淵へと落ちていったのである。






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