9話 嵐の後で
嵐の去った夜明け、廃船のようにやつれてしまったリーベル号の船首に立ち、昨晩の荒れた海が嘘のように穏やかな海面に朝日が昇るのを、アルノは静かに見つめていた。
「アルノ」
一晩にしてすっかり窶れた様子の船長の隣に、フェルデンは背後から近付いた。
「フェルデン様、ご無事で何よりです」
そう言ったアルノの声はひどく掠れていた。
「ヴィクトル陛下がアルノを今回の任務に選抜した理由が今はよく分かる。船長、あなたの腕が無ければあの嵐を乗り切ることはできなかった」
昇る朝日を遠い目で見つめたままのアルノにフェルデンは言った。
それは、アルノに対する敬意と感謝を込めたつもりだったが、アルノはその言葉を快く思わなかったらしく、難しい顔をして小さく首を横に振った。
「いえ、それは違います。わたしは船長失格です。この航海を最後にして、わたしは海を去るつもりです」
「どうしてだ? おれはそうは思わないぞ・・・?」
目を伏せり、アルノは悔しそうに穏やかな波間に視線を落とした。
「今までの人生で海から得たものは大きい。しかし、今回の航海で失ったものがあまりに多すぎる」
甲板には今はアルノとフェルデンの二人と、見張り台で番を務める船員を除いては誰も見当たらなかった。それというのも、昨晩の嵐に夜通し戦いを挑んでいたクルー達は、今朝方やっと身体を休める時間を得、皆眠りについたばかりだったからである。
「ビリーにニック、スコッチ・・・。ニックは先月婚約したばかりだった・・・」
呟くようなアルノの話に出た名前は、全て嵐の犠牲になった者達のものだった。
「その上エフまで・・・。あいつは将来有望な船乗りだった。まだ若いというのに、よく助手として働いてくれていた。なのに・・・」
フェルデンは、じっとアルノの話に耳を傾け続けた。
「・・・それに・・・、ロジャー・・・」
突然ピタリと口を噤んでしまったアルノの異変に気付き、フェルデンは波間から目を戻した。アルノの厚みのある丸い肩が、小刻みに震えている。
「アルノ・・・?」
突然アルノはきつく握り締めた拳を手すりに数度叩きつけた。
「わたしは友人の先ある未来までも奪ってしまった・・・!」
くうっと喉を鳴らしながら、アルノは手すりに項垂れるような格好で頭を抱え込んだ。
フェルデンは震えるアルノの背に触れようとするが、はっとしてその手を止めた。
「そのロジャーという友人、細身でハットを被った紳士か・・・?」
アルノが俯いたままこくりと一つ首肯した。
「その男、死んだのか・・・?」
フェルデンはその大人の男に見覚えがあった。日中、何度か船で擦れ違ったことがあったのだ。
船乗りにしてはあまりにきちんとした紳士的な服装で、いつも擦れ違い様に優雅にハットを外し礼儀正しく会釈をするものだから、彼が何者なのか少し気になっていたのだ。それに、その男と一緒に乗船しているという少女の噂もちらりと耳にはしていた。
「ロジャーが折れたマストの巻き沿いを食って、海へ流されるのを見た者がいるんです。あの波の高さです、おそらくは・・・」
アルノは目を真っ赤に充血させて左の手の甲でごしごしと両の目を擦った。
「そうか・・・。今更だが、彼はどうしてこの船に・・・?」
昨晩、あの暗い船室に潜んでいた死んだ筈の朱音と思しき気配と、その朱音をよく見知っている友人と名乗る男の存在を思い出していた。なんとなく、昨晩の男とロジャーという名の男が同一人物のように思えて仕方が無かったのだ。
アルノは、悲しげな表情で言った。
「彼は駆け落ちの途中だったんです。詳しい事情はわかりませんが、一緒にいた女性はどこかの王族の姫だったようです。彼は大陸を渡って身を隠すと言っていました」
フェルデンは混乱していた。
「そのロジャーという男は、女性と一緒に乗船していたのか・・・!?」
なぜこうもフェルデンが見知らぬ男についてあれこれと聞きたがるのか不思議に思いながらも、アルノはサンタシの王子の質問にきちんと答えていく。
「そうです、まだ十代の若い方でした。それと、従者の少年を一人連れていました」
その瞬間、フェルデンの中であるものとあるものの存在がピタリと重なり合うのがわかった。
フェルデンは駆け出した。船首に一人アルノを残し、それさえも気が付かない程に。
(まさか・・・、どういうことなんだ・・・!?)
乱暴に昨日の部屋の扉を開ける。部屋の中はまだ水浸しであちこちに倒れた積荷や樽が散らばっていた。夜が明けたとは言え、地下に潜り込むような形で設置された室内は薄暗い。
フェルデンはばしゃばしゃと見つめたい水を蹴飛ばしながら、散らかった荷の中から目当てのものを探し当てた。幸い、木箱は少し湿ってはいたものの、それほど傷んではおらず無事のようである。荷には先日と変わらずに簡単には解けないように念入りに縄でしばられていた。
(開いた形跡がない・・・!)
腰の剣を抜くと、フェルデンは無我夢中でその縄を掻き切った。はらりと切れた縄が落ちると、木箱の蓋を毟り取るようにして取り払い、中にある美しく彫刻された棺を確認した。棺の蓋はしっかりと塞がれている。
(昨日確かにこの部屋にアカネがいた!)
意を決し、黒い棺の蓋を持ち上げる。
薄暗がりの中でふわりと漂うチチルの甘い香油の香り。そこにあってはならない筈の少女の姿は変わらぬままそこに存在した。
ごとりと鈍い音を立て棺の蓋が落とされる。
「なぜだっ!」
力の入らなくなったフェルデンの手から棺の蓋が滑り落ちたのだった。
昨日あんなに近くに感じた朱音の気配や心臓の音。言葉こそ交わしはしなかったが、フェルデンは少女が生き返ったと確信していた。
しかし、その愛しい少女の身体は未だこうして棺の中で横たわっている。
“わたしはアカネさんの友人です。”
そう言った暗闇の中の謎の男の声がふいに脳裏に蘇った。
“貴方は悲しみのあまり、あまりに盲目になりすぎている。もっと心の目で物事を見てみてください。そうすれば・・・真実が自ずと見えてくる筈です。”
朱音の身体がこうしてここにあることを考えると、あとはもう、一つの可能性しか考えられなかった。
(アカネは別の姿で存在している・・・?)
金の髪をぐしゃりと掻き乱すと、フェルンデンは近くの積荷の上に座り込んだ。どういう訳かは分からないが、とにかく失ったと思っていた朱音が、自分のすぐ近くにまで戻ってきていたのだ。
(あの男の言う通りだ。おれは、あまりに盲目すぎた・・・。アカネの存在に今まで気付かなかったなんて・・・)
はっとしてフェルデンは勢いよく立ち上がった。そうと分かれば、もうのんびりなどしていられない。
アルノの友人ロジャーが連れていた女というのが、きっと今の朱音の姿に違いなかったからである。
しんと静まり返った船の上を、フェルデンは物音など気にも留めずに一目散にあの部屋へと向かった。この船唯一の客室である。
「アカネ!!!」
ノックもせずに凄まじい勢いで客室の扉を開け放つ。
しかし、中は蛻の殻だった。
真っ白いシーツはまだ起き出した形のままふっくらと膨れている。シーツを捲り上げると、ここでもふわりと甘いチチルの香りが僅かにした。
ここに、朱音が眠っていたに違いない、そうフェルデンは思った。
「ひょっとして、ロジャーの恋人とお知り合いだったのですか?」
背後から声を掛けられるまで、フェルデンはアルノの存在に気付かなかった。
はっとして振り返ると、物悲しげなアルノの目がそこにあった。
「すみません、フェルデン様が客室の方に行かれるのが見えたもので・・・」
握り締めていたシーツをもう一度見やり、空になったベッドからフェルデンの頭に良くない考えが過ぎった。
「ここにいた客人は・・・、その王族の姫という人はどこだ・・・?」
その瞬間、ふっとアルノが床に目を伏せった。
「アルノ、彼女はどこに・・・」
「昨晩、従者の少年とともに海に流されるのを見た者がおります・・・」
シーツを握り締めている手がわなわなと震えた。
ほんの少し垣間見た一筋の光が、僅かに手の指先を掠め消え去っていくような絶望感に見舞われた。
「こんなつもりではなかったんです・・・。もう少しわたしが注意を払っていれば・・・。本当に申し訳ありませんでした」
アルノはがくりと肩を落とし、簡易ベッドにくず折れるように座り込んだ。
握り締めていたシーツを離すと、フェルデンは息苦しい程の思いを感じた。
「貴方のせいじゃない・・・」
そうは言うものの、今度こそ本当に失ってしまったかもしれない、そんな恐怖と盲目だった自分への怒りが腹の底から沸きあがってくるようで、フェルデンは悔しさと憤りで唇を血が出る程強く噛み締めた。
あの嵐は必然だった。きっと誰にも避けようのないものだったのだろう。
しかし、あともう少し早く、朱音の存在に気付いていたならば、彼女を最悪の事態から救うことができたかもしれない、そう考えると愚かだった自分を戒めてやりたいと強く思った。
「うう・・・」
潮水を多量に飲んでしまったせいだろうか、口の中や喉がひりひりと痛む。
「おっ、気がついたか! 水飲むか?」
ルイはまだ覚醒しきっていないぼんやりとした頭で、差し出された木の器を受け取ると、有難くその水に口をつけた。
水を全て飲み終えたところで、ルイは自分が今いる状況を一つずつ分析し始めた。
日が昇っていることを考えると、夜が明けていることは明らかだった。
それに、真っ白い砂浜。後方には森が広がっている。小枝を組み、火を起こしたであろう薪の痕。それに、いつの間にか着ていた服は脱がされ、水分を絞って木の枝にうまく引っ掛けられていた。代わりに大きめの古い毛布が身体に掛けられていて、ルイはそれでくるりと身体を包ませると周囲の情報を得ようとゆっくりと見回した。
(僕は一体・・・)
見回した景色の中に、見慣れない青年の姿が一つ。
逞しい褐色の剥き出しの上半身、風変わりの帽子に大きな石の耳飾りをしたその青年は健康的な笑顔をルイに向けた。彼の服はルイの衣服と同様にそれは木の枝に干されているようであった。
「あなたは・・・」
ルイがぽかんとしている様子を見て、青年は察しよく言った。
「ああ、悪いっ! お前、昨日の嵐で海に投げ出されたの覚えてる?」
こくりと頷いたルイに、青年は笑顔のまま話を続けた。
「俺、リーベル号の乗り組み員でさ、お前を助けようとして海に飛び込んだはいいけど一緒に流されちまったんだよな」
昨晩の悪夢を思い出し、ルイは真っ青になった。
(へ、陛下・・・!)
身体に巻きつけた毛布が外れ落ちてしまうのも構わず、ルイは命の恩人かもしれない目の前の青年の肩を掴みかかった。
「僕と一緒に流された人いたでしょ!? その人はどうなりました!?」
「お、おいっ」
いきなり肩を掴みかかられて、青年は困ったように声をあげた。
「あっ・・・す、すいません」
とんでもないことをしてしまったと気付いて、慌ててルイは手を離した。
「残念だが、俺は流されたお前しか見てない」
ふらふらと立ち上がったルイは灰の瞳をこれ以上ない程見開き、そのまま近くの木の幹へともたれ掛かった。
「そ、そんな・・・」
ルイは自らの手の平を見つめた。百二十数年生きたというのに、まだ小さな少年の手だ。この手で確かに一度は主をしっかりと掴んだのに、その手を離してしまったのだ。
ルイは、“お前を世話役に命じる”と、アザエルに初めて告げられたときのことを今でも鮮明に覚えている。天蓋付きのベッドで安らかに眠るクロウ王の姿は、まるで魔王ルシファーを生き写したかのように美しく、それでいて一切の禍々しさは感じられなかった。
そんなクロウ王だったからこそ、ルイは強く惹きつけられていたのかもしれない。
“アザエルがいない今、ルイはわたしの側近です”
何も出来ず、近くに仕えることしかできないルイにも関わらず、クロウはヘロルドにはっきりとそう言い切ってくれた。
その言葉に驚き、そして感激したこと。
しかしその直後、“ルイはわたしの友達でしょ? だから側近なんて思ってないよ“と続けられた言葉にルイは呼吸さえするのを忘れていた。
友達という言葉を知らずに生きてきたルイにとって、クロウの言ったことはどんな魔力よりも強い力を持っていた。大切な主であること以前に、ルイは初めて友としてこの人の近くで支えになりたいと心から感じたのだ。
「そう落ち込むなって・・・! まずは自分が助かった幸運を喜ぶべきだぜ!」
青年が真っ青になったルイを励まそうと、じっと下から顔を覗き込んだ。
ルイはそのとき初めて、青年が燃えるような緋色の瞳をしていることに気がついた。
「でも・・・僕は・・・、ずっと傍に仕えると誓ったんです・・・。なのに・・・」
いつか、ずっと一緒にいると思っていたロランが突然目の前からいなくなってしまったときの孤独感を思い出した。彼がどうして自分の前から去ったのかは未だ分からないが、今度はルイ自身が手を離してしまったという大きな失態をしてしまった。
「待てよ、まだ諦めるには早いぜ? よく考えても見ろよ、俺達だってあの嵐の中こうして生きてこの島に流れついたんだ。お前と一緒に流されたっていうそいつも、どっかで生きてる可能性だって十分あり得るだろ?」
気がつくと、ルイは青年の手を強く握り締めていた。
「ほんとに!? ほんとですか!?」
「えっ、ああ・・・」
僅かな希望を見出し、ルイはそれでもその希望に縋り付くしかなかった。
苦笑を漏らすと、青年は頷いた。
「俺は船じゃエフと呼ばれてた。お前は?」
緋色の瞳をじっと見つめ、ルイははっきりとした声で言った。
「ルイです。エフさん、僕の主人を探すのを手伝ってください!!」
あまりにダメージの大きすぎたリーベル号は、昼過ぎになってから海上で応急処置を始めた。
しかしそれはあくまでも応急処置。このまま航行を続けることはできないという船長アルノの判断で、船は一旦近くの港で大規模な修理を受けなければならなくなってしまった。
船は昨晩の大嵐で予定の航路から大きく外れ、サンタシ国が位置する大陸のずっと南の辺りまで流されていた。
幸い、すぐ近くに小国リストアーニャがあり、リーベル号の行き先は急遽そちらへと変更となった。
「あああ~~~・・・、死にそう・・・」
ユリウスがひどく顔色悪い様子で窓から突き出した首を引っ込めた。
「あの揺れで目が覚めなかっただけでも驚きなのに、夜が明けて揺すっても叩いても起きないものだから、おれはてっきり既に死んでるのかと思ったぞ」
フェルデンは呆れ顔で小柄のユリウスの背中を擦ってやる。
朱音の存在に気付いた後、落ち込んだフェルデンが寝泊りしていたクルー用の一室に戻ると、ユリウスが一度も目覚めた様子もなくハンモックで眠り続けていた。起こそうと試みたが、一向に起きる気配は無く、異様な程深く眠りについているようであった。しばらくしてからやっと起き出したユリウスだったが、起き抜けに、突如強い吐き気に見舞われ何度もどし始めたのだ。
「す、すみません、殿下・・・」
ユリウスは青い顔でフェルデンに何度も頭を下げた。
「昨日、夕食の後に出された飲み物の中に、どうも一服盛られたようです・・・。
あれを飲んだ直後、急に眠気が襲ってきて、その後の記憶が無いんです・・・」
フェルデンは不可解そうに眉を顰めた。
昨晩は夕食後に出された飲み物にフェルデンは手をつけないままあの積荷の地下の一室へと向かったことを思い出した。
「一体誰が何の為に・・・?」
ユリウスがもう一度込み上げてきた吐き気を窓を開けてなんとかやり過ごすと、疲労し切った様子で答えた。
「あの人じゃないですか、元魔王の側近・・・」
「アザエルか?」
大きく頭を振ると、フェルデンは昨日の嵐で倒れたままにたなっている椅子を起こし、そこに腰掛けた。
「あいつはそんな手の込んだことはしない・・・」
確かにアザエルは昨晩から一度も二人の前に姿を現してはいなかった。
「じゃあ、どうしてあいつはこの船にいないんです? 昨日、おれ達を眠らせている間に逃げようという魂胆だったんじゃないですか?」
ユリウスの考えは一理あった。
しかし、あの魔王の側近がこんな面倒なことを仕掛けるとも考えにくい。
フェルデンは頭を悩ませた。
昨晩の嵐に紛れて、何か大きな影が動き出したような予感がした。
「間諜だ・・・。邪魔なおれ達を眠らせている間に、事を進めようとした何者かがこの船に潜んでいた・・・」
ユリウスはモスグリーンの瞳を揺らした。
フェルデンは度々送られてくる刺客や間諜のことを知っていたのだ。
「フェルデン殿下・・・!」
「お前がおれにゴーディアから刺客が送られてきていることを黙っていたのは知っていた。おれに心配を掛けまいとしたことも」
しゅんと下を向いてしまった部下に、フェルデンは知ってしまった真実を包み隠さず話した。
「ユリ、この船にアカネが乗船していた。おれは昨晩彼女に会ったんだ」
ユリウスは我耳を疑った。とうとう悲しみに明け暮れたフェルデンが妄想まで抱き始めたのではないかと思ったのだ。
「誤解するな、それはおれの見た想像や幽霊の類じゃない。アカネは姿形こそ以前とは違ってはいるが、確かに生きて戻ってきていた」
理解に苦しむフェルデンの話に、ユリウスは頭を抱え込んだ。
「おれが思うに、アカネはゴーディアの儀式とやらできっと何かされたんだ・・・!」
まだ腑に落ちないユリウスだったが、フェルデンが妄想にとりつかれている訳ではないことは理解した。
「・・・と言うことは、魔王の側近はそのことを全て知っているということになりますよね・・・?」
フェルデンはまたあの男にしてやられたと小憎らしげに思った。
あれ程朱音を失い悲しみに暮れるフェルデンの姿を目にしていたというのに、あの男は、表情一つ変えることなく朱音の存在を黙っていた。まして、あの男が敵国の王子であるフェルデンにみすみすそんな情報を与えてくれることはまず考えられないが。
今、二つの出来事が交差していることに二人は勘付いた。
船に潜んでいた間諜・・・。そして同じ船に乗船していた朱音・・・。
「昨日の嵐に紛れ、何か大きな事が起こったに違いない・・・!」
一夜にして忽然と姿を消したアザエルと、朱音。
(アカネはどこかできっと生きている・・・!)
なぜかフェルデンは強くそう感じた。
朱音がサンタシの白亜城に居たときから感じていた、彼女がゴーディアにとって何か重要な存在だという予感は外れてはいない筈だ。
「おそらく、アザエルとアカネは一緒にいるだろう」
そう呟いたフェルデンのブラウンの瞳は、アザエルに対する怒りと、少女の生存への僅かな希望の入り混じった色を秘めていた。
(アカネ・・・、君はどうしていつも蝶のように俺の腕をすり抜けていってしまう・・・??)
ユリウスは、切なげに目を閉じたフェルデンの姿をじっと見つめていた。