7話 暗闇の中で
「いいですか、これから話すことは決して穏やかではありませんよ」
そう言ってから話し始めたクリストフの言葉は、思ったよりも朱音に大きな衝撃を与えなかった。
「クロウ王が魔城を抜け出したことにより、確かに城内に混乱が生じています。しかし、その事実は一部の者にしか知らされておらず、王は無期限の瞑想に入ったと誤魔化されているそうです。しかし、クロウ王不在をあくまで隠し通そうという考えの元老院の弱みに付け込み、現在ゴーディアを取り仕切っているのは実際のところヘロルド・ケルフェンシュタイナーと。名ばかりだったヘロルド・ケルフェンシュタイナーの地位と元老院の地位は逆転し、あの男は次々と法令を自分の有利なものへと変えようと目論んでいるようです」
このことを予想していなかったと言えば嘘になる。
しかし、まさかあのヘロルドがこんなにも短期間で王に取って代わるなどと考えが及んでいなかった。自分が無断で城を抜け出したことにより、他の人達に迷惑がかかっていることや、国を危険に晒していることを思うと多少なりとも申し訳ない気持ちは起こった。
かと言って、自分が何者かもわからないまま、大国を背負える度胸も諦めも、今の朱音には無かった。
クロウの身体には戸惑うこともあるが、随分慣れてはきている。以前のように違和感を覚えることはなくなった。
しかし、戻ると言われたクロウの嘗ての記憶は、一向に戻る気配は無く、それと同様、肉体に眠る筈の魔力さえ微塵も感じたことはない。
正直なところ、このままずっと中身が朱音のまま時が過ぎていくのではないかという不安も拭い去れなかった。それに、勿論のこと元の世界に戻りたいという願いは捨てた訳では無かった。目を閉じると、今までのことが全て悪い夢で、目が覚めるとただの中学生だった朱音の日常が訪れるんじゃないかという淡い幻想を抱くこともしばしば。
しかし、二度目にアザエルにこのレイシアに連れ去られてきた際鏡の洞窟で感じた、ブツリと元の世界と切り離されたような感覚は今でも妙にリアルに朱音の記憶の中に蘇る。時折思い出しては不安と焦燥に駆られて胸が張り裂けそうになる為、なるたけ考えないようにしていた。
あれこれと思いを巡らすうちに、夜がすっかり更け、深夜にベッドを抜け出すという日がこのところ毎晩のように続いている。
リーベル号に乗船してからというもの、もう一週間という日が経過していた。
この船唯一の客室で寝泊りしている朱音達だったが、片時も離れようとはしないルイとは違い、なぜかクリストフは時折二人の前からふと姿を消すことがあった。
この晩もクリストフの簡易ベッドは蛻の殻で、となりのベッドですやすやと寝息を立てているルイはそのことに気付いてはいないようだった。
“あちこち船内を歩き回らないように”
っと、きつく釘を刺されていた朱音だったが、こうも目が冴えてしまうと、なかなか寝付けないもの。決まって目が覚めたときにベッドを空にしているクリストフの不在をいいことに、甲板に出て夜風に当たる、というのが密かな習慣になりつつあった。
ルイを起こさないようにこっそり抜け出した客室。薄手の寝具はクリストフが調達してきた洒落たデザインのネグリジェだ。
海の上は風が冷たく、朱音は薄紅色のガウンを着込むと、甲板の船尾に立って、じっと暗い海の景色を眺めた。
海は嫌いじゃなかった。元の世界でも、何度となく夏には海を訪れ、南国でのシュノーケリングに憧れたりしていたものだ。志望校に合格したら、親友達と晴れて卒業旅行で沖縄に行く計画まで立てていた。
それがどうだ、もうこの世界に来てからどれくらい日が過ぎただろうか。
今頃、受験日が数日に迫っているかもしれない。いや、ひょっとしてもう過ぎてしまったかも・・・。
そんなことを考えながら、朱音は冷えた身体でぶるっと一つ身震いすると、ふるふるとそんな考えを振り切った。
『バタン』
扉の閉まる音が聞こえ、朱音はそっと物影から覗き見た。
長身の身体。ふわりとした金の髪は夜の船上でもすぐに誰のものかはわかった。
(フェルデン・・・!)
また会えた、という喜びで思わず朱音は口を両の手で覆った。
ボウレドで最後に見た彼の姿は、フレゴリーの診療所内の寝台の上で、熱に浮かされ苦しんでいるものだった。傷の状態は素人の朱音から見ても相当に悪いということはすぐに分かった。そして、そんな彼を見ていると、このままこの青年がいなくなってしまうのでは、というとてつもない恐怖を感じた。そして朱音の抜け殻を目にしてしまったフェルデン自身は、きっと同じような思いを抱き、絶望したに違いない。
鏡の洞窟で彼を裏切り、見捨て、こういう結果を招いたのは紛れも無い朱音自身だということを、あの夜は身を持って思い知らされた。
しかし、こうして離れた場所からでも、彼の健在な様子を拝み見ることができることが何より幸せなことと思えた。まだ完治したという訳ではなさそうだが、とりあえずこうして当初の目的通り彼がサンタシへと帰国するのを見守ることのできる現状に、朱音は深く感謝した。
ふっと口元を緩ませると、朱音は身体が冷え切ってしまう前にと客室へと戻る。
(いつもあの部屋で何してるんだろ・・・)
フェルデンを見かけた最初の晩は驚きと興奮で何も考えてはいなかったが、毎夜、同じ時間帯にあの部屋から出てくるフェルデンの姿を見るうちに、朱音にある疑問が浮かび上がってきた。
見たところ、物置き部屋のようにも思えるあの部屋で、フェルデンは一体何をしているのだろうか、ということばかりが気になり始めたのだ。気になって確認してみたい気はあるものの、日中はクリストフが部屋から出ることを許してはくれないだろう。
(なら、夜にこっそり行っちゃえばいいんだ!)
クリストフはきっと朱音のこういったところを恐れていたのだろう。
次の晩、朱音は連日のように深夜に起き出し、こっそりと例の部屋に潜り込んでいた。暗闇の中、じっと息を潜めフェルデンが現れるのを待つ。
「時化込んできやがった。こりゃ、一雨くるぞ」
今晩はいつもよりも波が高く、星は雲で一つも見えてはいない。
アルノは経験からあと半刻もしないうちに海が荒れ始めることを予想し、船乗り達を叩き起こして配置につかせた。被害を最小限に抑える為、マストは畳み、揺れに備えて放り出されそうな物という物に縄を結びつけていった。
少々騒がしい甲板の様子に異変を感じながらも、一室から出るに出られなくなった朱音は戸惑いながらもじっと息を潜めて待つことしかできなかった。
「ルイ! 朱音さんはどこです!?」
客室に戻ったクリストフは、いつもならそこにある筈の朱音の姿がベッドにないことにすぐさま気付いた。
「うううん・・・、どうしたんですか・・・?」
眠気眼でルイがむくりとベッドから身体を起こす。
従者の少年は、まだ事態の深刻さを全く理解できていなかった。
「“どうしたんですか?”じゃありません! 朱音さんはどこへ行ったんですか?」
クリストフに肩を揺すられて、ルイはガバリと飛び起きた。
「え!?」
抜け殻となっている主のベッドを目にするなり、ルイは裸足の足で部屋を飛び出した。
しかし不可抗力な力がルイの身体にかかり、少年は跪くように床へとよろめき、倒れた。
「!?」
理解できない出来事に、ルイはクリストフを仰ぎ見る。
「嵐ですよ。それも、アルノによると、稀に見る大嵐だそうです」
ルイは差し出された手を掴むと、床に叩きつけられるような圧力に耐えながら、なんとか立ち上がった。
クリストフの表情はいつになく固い。
ルイ自身、何か物にでも掴まっていなければ、歩くどころか立っているのも危うい。
「どうしましょう・・・! また僕は同じ失敗を・・・」
悔しそうに唇を噛み締める従者の少年の肩に手を触れると、クリストフは小さく首を横に振った。
「それよりも、今は朱音さんを捜すことが先決です。それに、何も君だけのミスではないです。朱音さんから離れたわたしにも非はあります」
夜な夜な二人の眠る客室から抜け出していたクリストフに気付くことのできなかったルイは、更に自らを恥じ入った。
しかし、今は反省や後悔をしている場合ではない。この揺れだ、華奢な少年の姿の朱音が一人で出歩いていたならば、船外へと放り出されてしまってもおかしくはない。ましてや、今はなんの魔力も持ち合わせていないのである。刻一刻を争う事態である。
二人は壁を伝うようにして、なんとか揺れに立ち向かい、船を捜索し始めた。船内はほとんどの人員が外に出払ってしまっていて、人気は少ない。
「どうしました!? 危険だから部屋に戻っていてください!!」
すれ違い様に船乗りの一人がクリストフとルイに声を掛けた。
「連れを捜しているんです。見ませんでしたか?」
男は息を切らし、両手に持ったバケツを担ぎなおした。
「噂の美人の子ですか? さて、中では見てませんけど・・・」
申し訳無さそうに頭をペコリと下げると、男は船外へと飛び出して行った。
「船内に残っていないとなると・・・、考えたくは無いですが外にいるとしか・・・」
クリストフは頭痛でもするかのように、眉間を人差し指でグリグリと押さえる仕草をした。
「そんな・・・!」
真っ青になって、ルイがへたりとその場に座り込んだ。
「まだ諦めるには早いですよ。アカネさんはわたしの見込んだところ、なかなか骨のある方です、きっと無事でいる筈です」
クリストフの励ましに、ルイはもう一度足を踏ん張って立ち上がった。
「いいですか、甲板に出たらとりあえず、何か固定できるものにこの縄を結びつけるんです」
クリストフはルイの腰に数回縄を巻き付けると、もう片方の端を本人に手渡した。
「分かりました。でも・・・、あなたはどうするんです?」
命綱となるだろう縄は一人分しか見当たらず、クリストフは何もつけずに船外に出るつもりらしい。
「私は無くてもきっと何とかなりますよ」
ルイが止める間もなく、クリストフは甲板へ出る為の扉を勢いよく開いた。
途端、凄まじい風とバケツの水を頭からひっくり返したような雨が吹き込んできた。
「うあっ・・・っぷ」
開け放たれた扉は船が揺れる旅ギイギイと音を立てている。そこにはもう、クリストフの姿は見当たらなかった。
思い切って扉から這い出るようにして外へ出ると、甲板はまるで地獄絵図だった。
周囲の海はいつものように青く穏やかなものではなく、黒く高い波がほとんど船を寝かせてしまう程にリーベル号を目茶苦茶に揺さ振っていた。船を通り過ぎた波の水しぶきが、甲板の上を増水した川のごとく流れ交っている。
立派な商船リーベル号はもとは戦闘用の船で頑丈に設計されている筈だったが、今は荒れた真っ黒な海の上に漂うただの小舟でしかなかった。
荒れ狂う波の音達に混じって、ギシギシと軋みを伝える船の音、そして懸命に転覆させまいと海に挑む船乗り達の声が僅かに聞こえる。
「無理だ・・・、こんなの、歩くことさえままならないよ・・・! ほんとにこんな中に陛下は・・・」
ふと過ぎったとんでもない考えを、ルイはふるふると首を振るって断ち切った。
(僕は一体何考えてるんだ・・・! 陛下は、こんな僕を側近と言ってくれたんだ。陛下の危機を僕が救えなくてどうする・・・! 僕は陛下にずっとついていくと約束したんだ!)
ぎゅっと目を閉じ決心を固め、ルイは持っていた縄をマストにしっかりと結びつけ、何度も転がりながら朱音の姿を探し始めた。
(陛下・・・! 待っていてください! すぐに参りますから・・・!)
”海の天気は変わりやすい”
昔そんなことを祖父から聞いたような気がする。
母方の祖父は、マグロ漁に命を懸ける生粋の漁師だった。
「お爺ちゃんは海の男だから、潮の流れや海の天候予報のプロなのよ」
母はマグロ漁船で漁を続ける祖父のことを誇りに思っていた。 そして孫である朱音も・・・。
今頃になって、朱音はそんな事を思い出してひどく後悔していた。
船の揺れがきつくなったと気付いたときには既にもう手遅れだった。波はあっとう間に高くなり、直ぐに立っていることさえ難しくなった。真っ暗闇の船室には船外からの海水が流れ込み、床中水浸しである。それに、軽い積荷や樽は揺れで転がったり、倒れたり、はたまた床上の海水を浮かんでは激しく揺さぶられていた。
更に悪いことに、今晩も予想通り、フェルデンはこの部屋へとやって来てしまっていたのだった。
甲板が騒がしくなり、出るに出られなくなってしまった朱音が荷の影に座ってじっと息を潜めて待っていたところ、フェルデンが通例通り蝋燭を片手に部屋へと入ってきたのだ。
彼に見つからないように、と身を小さくして蹲っていたのだが、間髪入れずに船が突然大きく揺さぶられ始めたのだ。当然のことながら、不意を食らった朱音自身も船室の壁に叩きつけられる格好になり、積荷の多くは崩れ、樽は床面をごろごろと勢いよく転がった。
「あっ!」
朱音は咄嗟に出てしまった声を止めることはできなかった。
「・・・誰かいるのか・・・?」
この揺れで、フェルデンは蝋燭を落としてしまったようで部屋には再び暗闇が訪れた。
しかし、ひどい揺れはおさまることはなく、一層強さを増している。
はっとして口を紡ぐが、フェルデンは暗闇の中に潜む誰かの存在に気付いていた。
「なぜ返事をしない・・・? 誰だ!?」
心の内で祖父の言っていたことを思い出し、こういう状況になってしまったことへの後悔を繰り替えしながら、無言でじっと揺れに堪えた。
(ああ、私のバカバカ! なんでお爺ちゃんの言ってたことをもっと早くに思い出さなかったの!? っていうか、そもそも、なんでフェルデンがここに来る理由を知りたいなんて思ったりしたの!?)
しかし、朱音はもっと肝心なことに気付かなかった。この部屋には多くの荷が積まれていることを。いくらバランス良く積まれた荷でも、これ程の揺れではあまり意味を成していないことも。
「!!!」
とびきりの大きな揺れが起きた。
一瞬船が海面を離れ、宙を舞ったような浮遊感に見舞われたその直後、バラバラと詰まれた荷が朱音目がけて崩れ落ちてきたのだ。身動きのとれない朱音はただ身を固くして衝撃に備えることしかできなかった。
しかし、訪れる筈の衝撃はいつまで経っても訪れなかった。
ただ、荷が床面に崩れた音が聞こえただけ。
今尚シーソーのように揺れる床面の上で、朱音はじっと暗闇の中で目を凝らした。
朱音は驚きで息を吸うのも忘れてしまった。仰向けに倒れた自分の身体の上に、フェルデンが覆いかぶさるようにして手をついていたのだ。
暗闇の中でも、フェルデンの金の髪は見えた。短かった髪が少し伸びたようだ。
「っつ・・・、大丈夫か・・・?」
朱音を庇った際にどこか怪我をしたのかもしれない。フェルデンは少し呻いた後、静かに呟いた。
今にも彼の心臓の音が聞こえてきそうな距離に、朱音はぎゅっと目を閉じた。本当は“大丈夫”と彼に直接言葉で伝えたかった。でも、まだ正体を悟られる訳にはいかない。
「おい・・・? どこの誰だか知らないが、なぜ何も話さない? ひょっとして、どこか怪我をしているのか?」
こんなにも近くにいるというのに、暗闇は今の朱音の姿を全て覆い隠してくれている。フェルデンはまだ暗闇に目が完全に慣れていないせいもあって、真下にいるのがクロウ王だとは気付いていないようだ。
(お願い・・・! 気付かないで・・・!)
朱音はとにかく祈った。彼がクロウに気付きませんように、と。
「・・・ネか・・・?」
ギシギシと軋む音の中で、何かをぼそりと呟いた。
「アカネなのか・・・!?」
朱音は我耳を疑った。まさか、フェルデンが自分の存在に気付くとは思ってもいなかった。
「チチルの香油の香り・・・、間違いない! あれはおれがエメに特別に作らせた唯一の品だ! そしてそれを身につけているのはアカネ唯一人・・・」
確信へと変わったフェルデンの声に怯え、朱音は持てる力の全てを使って青年の身体を押し退けた。
こんな姿へと変貌してしまった朱音の存在に気付かれる訳にはいかなかった。これ以上接触すると、いくらこの暗闇でも、朱音の正体を長くは隠し通せない。
「アカネ、なぜ逃げる?」
驚きと戸惑いを含むフェルデンの優しい声に、朱音は胸が熱くなるのを覚えた。
(私の今の姿を知ってしまったら、貴方は朱音を嫌いになってしまうかもしれない・・・)
クロウは憎しみの対象となってはいても、せめて記憶の中の朱音だけは愛されていたい、それが朱音に残された唯一つの願いだった。
「答えてくれ・・・、無事だったのか? それとも、今ここにいる君は魂か幻想か何かなのか・・・?」
朱音はただ沈黙を守り続ける他無かった。その質問に、朱音自身がまだ答えを見つけ出していなかったからである。
(私は、一体何なんだろう・・・? フェルデンの言うように、魂だけの存在・・・? それとも、クロウが創り出したただの幻想・・・?)
無意識に身体が震えていることに朱音は気付いていなかった。そしてそれは、浸水してきた海水の冷たさから引き起こされたものではなく、心理的なところからきた震えだった。
「アカネさんっ!」
突如開け放たれた扉から多量の海水と雨が吹き込んできた。
船外もほとんど室内と変わらぬ程の暗闇だったが、扉の前に立つ人物が誰なのか、朱音にはすぐにわかった。
(クリストフさん・・・!!)
それは、どんなピンチにもいつも駆け付けてくれる、クリストフその人に他ならなかった。
暗闇でもわかるクリストフは、頭の先から靴の先まで、これ以上にない程ぐっしょりと濡れていた。
「今、アカネと言ったか!? 」
フェルデンは壁に手をつくと、よろめきながら扉から現れた新たな人物に問い掛けた。
「やはり、ここに居るのはアカネなんだな!? 」
クリストフは瞬時にこの暗闇の中で何があったのかを読み取ると、部屋の隅で蹲る朱音の影に、船のひどい揺れをまるで感じさせない程素早く 駆け寄った。
「さ、アカネさん、私達の部屋に戻りましょう。ここは危険です・・・。ほら、私に掴まって・・・」
朱音の肩に触れた途端、クリストフはぴくりと手を止めた。
「アカネさん、貴女、震えて・・・?」
力の入らない朱音の腕を抱えると、クリストフはぐっとその腕を自らの肩に回させ、なんとか立ち上がらせる。
「おい! 貴方は一体誰なんだ!? それは俺の知っているアカネなのか!?」
フェルデンは二人の元に歩み寄っていく。
しかし、クリストフはそれを許さなかった。
「私はアカネさんの友人です。今はそれだけしか申し上げられない」
朱音を担いだまま、ゆっくりと部屋から脱出していくクリストフの背中に、フェルデンは強く問い掛けた。
「なぜだ! 」
クリストフは小さく潰いた。
「それは、彼女が貴方に会いたいと願わないからです。貴方は悲しみのあまり、あまりに盲目になりすぎている。もっと心の目で物事を見てみてください。そうすれば・・・真実が自ずと見えてくる筈です」
二人が立ち去った後、フェルデンは揺れる船室で、しばらく頭を抱えて座り込んでいた。
またずきりと肩の傷が痛み始めた。さっき崩れた荷を身体で受け止めた際にまたぶつけたようだった。
「アカネ・・・、一体どういうことなんだ・・・」