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AKANE  作者: 木と蜜柑
第2章  ゴーディア編
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    13話  双子の過去

 

 朱音は唯一の理解者であるルイが見守る中、短い手紙を(したた)めていた。

 慣れない羽ペンで走らせた文字。最後に合言葉の『白い鳩』と記した。その紙を折り畳むと、窓の外でちょこんと日向ぼっこをするクイックルの足に結わえ付けた。

「クイックル、頼んだからね」

 いつもは首を傾げてあまり窓枠から離れようとしない白鳩だったが、少年の声に返答したかのようにホロホロと喉を鳴らすと、パサリと羽を広い空へと舞い上がった。

(どうか、なるべく早く届きますように・・・)

 一度だけしか顔を合わせたことのない謎多き美容師クリストフ。不思議なことに朱音はあの男に、今は小さな希望を託していた。そしてあの小さな友だちクイックルにも同じような想いを。

ルイはしつこく一体誰に手紙を書いたのかと訊ねてきたが、朱音はそのうち分かる、とだけ言って、詳しくは何も教えなかった。


 その晩のこと、いつもならばルイはとっくにクロウの私室から退室している時間だというのに、朱音は下がろうとするルイをなんとか引き止めて残させていた。

「陛下、一体何をなさろうとしているのです? それ位なら僕にも教えてくれたっていいんじゃないですか?」

 呆れたように腕組みをするルイに、朱音はくすりと笑った。こうして見ると、やっぱりサンタシの少年術師に、瓜二つであった。これはもう赤の他人だなんて言い切るにはもう無理が生じていた。

「ねえ、ルイ。ロランとはどういう関係なの?」

 ぶしつけな質問だとは分かっていたが、もうルイもロランも朱音にとっては大切な友達で、そのことを見て見ぬ振りをするには限界が近づいていた。

「ロランを知っているんですか・・・!?」

 顔色を一遍に変え、灰色の少年は黒髪の主をまじまじと見た。

 この口振りからしても、二人が知り合いなのは確実である。

「うん。サンタシで匿われていたとき、ヴィクトル陛下がわたしの護衛としてつけてくれた術師。すっごい口が悪くて素直じゃないんだけど、ルイと本当によく似てた」

 鏡の洞窟でロランを最後に見たときは、地面に(うずくま)り、ローブから血を滲ませていた。あと少しのところでアザエルに命を絶たれるところだったのを、フェルデンが止めてくれたのだ。

 あの後、ロランが無事に白亜城に戻ったのかは未だに分からない。

「ロランは、ぼくの双子の弟です・・・」

 淋しそうなルイの顔からは、いつもの朗らかな笑みは消えていた。

 ルイとロランの間に一体何が起こったのか、それは朱音が安易に踏み込んではいけない領域なのかもしれない。

 けれど、朱音は敢えてその領域に踏み込んでいった。

「やっぱり・・・。あんまり似すぎてるから、初めはロラン本人かと思ったよ。だけど、ルイとロランは別人だった。どうして離ればなれになってしまったの?」

 ルイは、悲しい出来事を思い出すかのように、そっと目を閉じて話し始めた。

「ぼくとロランは魔族の血を引く父と、人間の血を引く母の間に生まれました・・・」

 朱音は静かに少年の話に耳を傾けていった。



 二人の父はゴーディアの騎馬隊の小隊長を務める勇猛な魔族の騎士で、サンタシ国にあるミラクストーという街へ遠征に来ていた。

 この頃、二百年前の魔城落城の窮地にまで追い込まれた事件、“マルサスの危機”の時代で、サンタシ国王の玉座に着いていたセドリック・フォン・ヴォルティーユが百〇三歳で死去した後、孫のロベール・フォン・ヴォルティーユがその後を継ぎ、サンタシの実権を握っていた。

 しかしロベールは、贅沢を好み財を自らの欲望のままに使い果たす愚王であった。そのせいで、サンタシの国の防衛力は見るからに低下し、セドリックの頃と比べると遥かに国力を落としていた。

 それを機に、魔王ルシファーはここぞとばかりに各地に遠征軍を送り、サンタシの武器生産の主要な街を占領することで、国の内側から崩壊させる策に乗り出したのだ。

 ここミラクストーの街もそうした中の一つで、砲弾生産工場の密集する地であった。


「リュック隊長、またあの娘が来てますよ」

 街を見事制圧したゴーディアの騎士団は、五日程前から街の中心部を駐屯地として占拠していた。

 そこへ、毎日のように現れるパン屋の娘。編み込んだ茶色い髪と、朗らかな微笑みは、魔族の騎士達を虜にしていた。

 パン屋の娘は、マリーという名で、騎士団の中で一際男らしく、珍しい霞みがかった灰色の髪の騎士に恋をしていた。サンタシでは幼い頃から魔族は恐ろしい種族と教えられてきたが、その男がマリーに向ける眼差しはとてもそんな恐ろしいものには見えず、余ったパンを差し入れに持っていくと、いつも男は喜んでそれを受けとってくれた。


「リュック、わたし、あなたが好き」

 ある日突然のマリーの突然の告白に、リュックはひどく喜んだ。二人の間を邪魔するものは何も無く、人間の娘マリーと魔族の騎士リュックは愛し合うようになり、やがて結ばれた。

 しかし、幸せはそうは長く続かなかった。

 街を制圧したリュックは、半年の月日を過ごしたミラクストーを離れ、ゴーディアの地へ引き戻されることとなったのだ。

 その大きな理由は、サンタシのロベール王が身動きのとれなくなってしまった自国の危機をなんとか乗り切ろうと、大陸の南に位置する、サンタシ、ゴーディアに告ぐ軍事国、カサバテッラを味方に引き込んだことにあった。

 カサバテッラは小国ながら近年優れた軍事技術を持ち始め、急激に成長しつつある国であった。今まで大人しくしていたにも関わらず、サンタシの勢いが落ちてきた今、うまくそれを利用してサンタシに成り代わろうと画策し始めていたのだ。

 こうして、カサバテッラは、遠征で兵の薄くなったゴーディアの横腹を攻め始め、遠征に向かっていた兵の多くが急を要して国内の防御へと回呼び戻されることとなった訳だ。

 リュックが街を去ることを知り、マリーはひどく悲しんだ。

 しかし、戦争は無常にも再び二人を引き裂いてしまった。


 そのしばらく後、リュックの率いる騎馬隊は、ゴーディアの地でカサバテッラの集中攻撃を受け全滅し、二人が再び出会うことはもう二度となかった。 

 だが皮肉なことに、マリーはリュックの子を身篭っていたのだ。

 

マリーは、双子の男の子を出産し、それぞれにルイとロランと名付けた。

 二人は母の愛の傘下で大切に育てられたが、二人を育て上げるには、ただの人間であるマリーの寿命はあまりに短かすぎた・・・。

 魔族の血を引く者は、人間の約十倍もの時を生きるが、即ち成長も遅い。ルイとロランが人間でいう七歳程に成長する頃には、母マリーはこの世を去ってしまっていた。 

 残された二人の子どもは、長年の間聞かされてきた父リュックを探す旅に出る。魔族である父ならば、きっとまだ生きていると信じていたのだ。

 二人は苦労の末、ゴーディアの地へ渡り父リュックの消息を尋ねるが、父リュックは母と別れたすぐ後に戦死していたことを知る。

 


「そんな・・・、じゃあ二人は、どうなったの・・・?」

 朱音は、過酷な双子の人生を思い鼻の奥がつんとするのを感じた。

「幸い、僕らは魔族の血を引いていましたし、僕らは結界術に長けていましたので、ゴーディアの軍から引き抜きを受けました」

 引き抜かれた幼い双子は、ゴーディアの戦力になるよう教育、訓練を受けることになった。そのときに幼い双子の面倒を見てくれたのが軍事総司令官アザエルだったのだ。

「僕とロランはアザエル閣下に大きな恩義があるんです。閣下は僕たちの育ての親だとも言えます・・・」

 ルイは突然言葉を詰まらせた。

「だけど、ロランはある日突然僕とアザエル閣下の前から姿を消しました・・・」

 ルイの肩が小刻みに震えている。

「ルイ・・・」

 朱音は震える少年の手をとり、優しく擦ってやった。

「ロランがどうして僕に何も言わずに消えてしまったのかはわかりません・・・。でも、風の噂でロランがサンタシの王に仕えていると聞いたときは、すごくショックでした」

 朱音は、サンタシにいたもう一人の双子、ロランのことを思い出していた。

 口は悪いが、人を簡単に裏切ったりするような少年ではない。そのことは鏡の洞窟で自分を元の世界へ返そうとしてくれたことから、朱音自身よく知っていた。

「辛い話をさせてごめんね、ルイ。でも、話してくれてありがとう」

 ロランにもきっと何か事情があったに違いない。

そしてこうも思った、鏡の洞窟で、アザエルがロランの命を絶とうとしたことは、今は話さないでいよう、と。


「こんばんは」

 突如窓から大人の男の声がして、ルイと朱音ははっと驚いて振り返った。

「クリストフさん!!」

 美容師として訪れていたときと違い、全身闇夜に紛れる紺のタイトな上下に身を包み、懐かしい揉み上げのクリストフが窓の枠を飛び越えて部屋に入ってくるところだった。

「お邪魔だったかな?」

 朱音はクロウの黒曜石の瞳を輝かせて、ふるふると首を横に振った。

「ううん! あなたが来るのを待ってた!」

 ルイは呆気にとられたように、朱音とクリストフのやり取りを見た。

「昼間、白鳩を使ってわたしに手紙を寄越したでしょう? もっと早くに寄越してくれると思って、ずっと待っていたんですよ」

 にこりと微笑むクリストフに、ごめんと朱音が照れながら謝ると、とんでもない! ジョークですよ、とクリストフが笑顔で返した。

「クリストフ、貴方、一体何者ですか・・・!?」

 ルイは疑いを込めた目でクリストフに詰め寄った。

「知っての通り、わたしは、しがない美容師ですよ」

 ルイは窓の外を指差して囁き声で怒鳴った。

「そんな訳ないでしょう! この城では兵が夜も交替で見張りをしているんですよ? それにこの高さの窓からいとも容易く侵入してくるなんて・・・、ただの美容師な筈がないでしょう!?」

 すごい剣幕のルイに、クリストフは苦笑を洩らした。

「まあ、ただの美容師ではないことは認めますよ。ですが、陛下や君の敵でないことは約束しておきます」

 長くて質量のあるくるりとカールした睫を、美容師の男は片方だけ瞬かせた。

「そんなこと、信じられる訳ないでしょう!? 陛下、こんな不審な男を信じてはダメですよ!」

 クリストフは肩を竦めて苦笑を洩らした。

「陛下、行くのなら早くしないと機を逃してしまいますよ」

「わかった、あなたの言う通りにする。で、どうすればいい?」

 ルイは驚いて黒髪の主の顔を振り返った。

「陛下! 何をなさるおつもりですか!?」

 しっと朱音は扉を気にして人差し指を立てた。

 扉のすぐ外には近衛兵のトマ・クストーが見張りをしている。いつか朱音が癇癪を起こしたときのように、騒ぎを立てるといつ彼が部屋に飛び込んでくるかわからない。

「空を飛ぶのはお嫌いですか?」

 クリストフは突拍子もないことを口にした。

「え?」

「は?」

 朱音とルイは気の抜けた声を出す。

「申し訳ありませんが、手荷物は置いて行ってくださいね」

 クリストフはぐいと朱音とルイの手を引いて窓際へと引き寄せた。

「一体何を・・・!」

 ルイが口を開いたと同時に、朱音と従者の少年は謎の美容師に勢いよく窓の外へと放り投げられていた。


「!!!!!!!!」


 瞬間、ゴオッと唸りを上げながら、突発的に旋風が巻き起こる。あまりの強風に、後方で部屋の扉が開き、部屋中の物という物が宙に舞うのが視界の端に映った。

「お望み通り、広い世界へとお連れしましょう!」

 驚くべきことに、朱音とルイはふわりと空を舞っていた。

 というより、強い風に吹き飛ばされているといった方がぴんとくるかもしれない。

 遠ざかる魔城、離れゆく国王の私室の窓から、小さな人影が窓から外に乗り出しているのが見える。トマ・クストーだ。

 突如突風に攫われた少年王と従者の少年が夜空に消えていくのを、きっと口をあんぐりと開けて見ているに違いない。

 ルイの顔は真っ青になって引き攣れている。

 朱音は今までに感じたことのないスリルと、快感に包まれていた。

 それに、トマ・クストーやルイの様子が可笑しくて可笑しくて堪らず、声を上げて笑った。クリストフも愉快そうに微笑んでいる。

「やっぱり、あなたを呼んでよかった!」

 

 愛するフェルデンを守る為、朱音とその友ルイ、謎の美容師クリストフの奇妙な三人の旅はこうして始まったのである。 






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