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AKANE  作者: 木と蜜柑
第2章  ゴーディア編
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     9話  引き裂かれた心

 

 魔城は日が落ちるとますます不気味に暗くなり、明かりをつけていても尚薄暗い。

 白亜城とはまるで対極にあるような城だな、とユリウスは思った。

「しかし、兄上が放っている密偵とやらの情報で、おれ達は随分助けられているな」

 フェルデンは魔城の内部を記してある手書きの地図を取り出すと、蝋燭の火で照らした。

「どうやって調べたのかはわからないけれど、大まかな部屋の場所はこれでなんとかわかりますよね」

 ユリウスがにこりと白い歯を見せて笑った。

「フェルデン殿下がこうまでして取り戻したい程のお嬢さんだ、セレネの森では薄暗くてよく見えなかったけれど、きっと可愛い子なんでしょうね」

 にやにやと肘でフェルデンは部下に脇腹をつつかれると、「ユリ!」と頭を軽く叩いた。

「って! 何焦ってるんですか? 大丈夫ですってば。おれの好みはボッキュッボンの大人の女なんですから」

 ユリウスは悪戯っぽい目をフェルデンに向けると、また地図に視線を戻した。

「おれが思うにですね、アカネさんが囚われているとしたら・・・この地下牢か、こっちの離棟じゃないでしょうか」

 フェルデンは、揺れる蝋燭の炎をゆっくりと地図から遠ざけた。

「同感だ。ほんとにお前とは昔っからそういうところは気が合うな」

 城内を調べ歩くにはもう左程時間はない。地下牢と離棟の当てが外れたら、きっともう朱音を見つけ出すことは困難になるだろう。

「今は時間が惜しい。お前は離棟を、俺は地下牢を探すことにしよう。そして、無事にアカネを見つけたら、お前がアカネをサンタシまで連れて逃げてくれ」

 小柄な部下は、こくりと頷いた。

 フェルデンにはまだ、アザエルの身柄を預かり、サンタシへと連れ帰るという重要な任が残っていたのだ。

 二人の計画は、パーティーから大勢の客人が出ていく瞬間を狙って、予め用意しておいた変装で人ごみに紛れて逃亡するというものだった。

 しかしこれは一種の掛けでもあった。

 朱音の消えたこの魔城にフェルデンが一人残るということは、ゴーディア側に誘拐の容疑を掛けられる可能性も大いに考えられる。


「じゃ、急ぎましょう。後程、礼の場所で落ち合いましょう!」

 ユリウスは快活に闇の中へと消えていった。

 フェルデンも持っていた蝋燭をふっと吹き消すと、見回りの兵がいないことを慎重に確認しながら、暗闇の中地下へと続く階段を降りていった。

「アカネ・・・? ここにいるのか?」

 じめじめした淀んだ空気に、湿気臭い匂い。時折鼠が暗闇の中を掻け回る音がする。

 フェルデンの声が妙にわんわんと地下に響いた。

 幸い、現在無人の地下牢に見張りの者はいない。皆、パーティー会場の警備に駆り出されているようだ。

 こんな暗くて不潔な場所に、あの華奢な少女が閉じ込められていると思うと、フェルデンは居た堪れないない気持ちになり、暗闇の中をじっと目を凝らして少女の姿を探した。

 しかし、人の気配は感じられず、反応は何も返ってこない。

「アカネ、おれだ・・・! いたら返事をしてくれ・・・」

 ぴちゃりぴちゃりというどこかで滴る水滴の音だけが暗闇の中で響いている。

 地下牢にはアカネの姿はどこに見つけられなかった。あとは、ユリウスが行った離棟の方に望みをかけてみるしかない。

 落胆する気持ちを抑えながら、フェルデンは胸の内側ポケットに折り畳んである魔城の地図を取り出す。蝋燭の火は邪魔になると思って消してしまっていたし、この暗い地下牢では、地図はよく見えない。

 ふと顔をあげると、高い牢の天井近くの壁に、小さな鉄格子の窓が見えた。

そこから、僅かに月明かりが差し込んでいる。フェルデンは身を屈めると、空っぽの牢の中に潜り込み、その光の筋を頼りに地図を見つめた。

 フェルデンがいる地下牢から、ユリウスが向かった離棟はかなり離れていて、今から行くには時間的に無理がありそうだ。

 くしゃりと金の髪を掻き毟ると、フェルデンはちっと舌打ちした。

 この城のどこかに、あの無垢な少女が囚われているというのに、無情にも時間は刻々と時を刻んでゆく。

 ふとフェルデンは地図のある箇所に目をとめた。

 扉の描かれていない奇妙な空間。じっとそこを見つめ、指先でその場所をなぞる。扉は描かれてはいないけれど、確かにここには何かの部屋がありそうだった。というのも、フェルデンの住む白亜城にも同じような隠し部屋がいくつか存在したからだ。この奇妙な空間は、その隠し部屋の構造にとてもよく似通っていた。

(ここだ・・・!)

 フェルデンはくしゃりと地図を握り締めると、勢いよく駆け出した。

 地下牢から左程離れてはおらず、パーティーの終息まで余り時間が残されていない。

 フェルデンは息を切らせながら湿った石造りの階段を駆け上がった。薄暗い廊下に取りつけてある蝋燭の火がゆらゆらと仄暗く、不気味に大きな人影を壁に映し出した。

「しっかし、クロウ陛下って言ったら、まだ子どもじゃないか? ルシファー陛下は一体何をお考えなのか」

「おい、お前、言葉には気をつけろ! アザエル閣下のお耳に入ったら、命はねえぞ!」

 二人組みの見回り兵が明かりを手に、階段に面した廊下を横切っていく。フェルデンは上がった息を抑えると、じっと死角となる階段の陰へと身を潜め、二人が通り過ぎるのを待った。

 地図によると、隠し部屋らしき場所があるのは、この廊下を右に折れてその突き当たり。見回り兵が逆方向へと姿を消して行ったのを確認すると、フェルデンはふうと大きな深呼吸をして呼吸を整え、再び走り始めた。

 魔城は白亜城よりもひどく冷える。周囲を山脈で囲まれている気候のせいか、ゴーディアの王都マルサスは、気温が低いようだった。

 フェルデンは、突き当たりの石壁の前に立った。一見ただの石壁のようにも見える。コンコンと壁を拳で叩くと、中の空間に響くような音が返ってきた。

(間違いない、ここは確かに部屋だ!)

 ぺたぺたと石壁のあちこちを手で触って、何か仕掛けが隠されていないかを調べるが、見当たらない。

(どこだ・・・!)

 サンタシの白亜城の隠し部屋は、石壁の一つが奥へ沈み込むと、壁が開くという構造になっているから、同じようにこの城の隠し部屋もそんな造りになっていると予想していたにも関わらず、いくら石壁を押してみてもびくともしない。

「パーティー会場を抜け出し、こんな離れた薄暗い場所で、何かお探しかな?」

 突如背後から声がし、フェルデンは慌てて飛び退いた。

 薄暗闇の中、不気味に碧い目がぎらぎらと光る。長い碧髪は片方に寄せて紐で結わええられていた。

(全く気配を感じなかった・・・!)

 フェルデンは氷のように冷ややかな男の笑みを恐ろしい思いで見据えた。

「フェルデン・フォン・ヴォルティーユ、気付かなかったのか? 地下牢は湿気と水でそこらじゅう濡れていただろう?」

 くすりとアザエルは口元を歪めた。

 フェルデンもアザエルの能力についてはよく知っていた。水を魔術により自由に操り、場合によっては空気中の水分でさえ武器にも変えてしまうことができる悪魔の力。セレネの森でフェルデン自ら、そしてロランや兵士が襲われたあの不気味などす黒い武器は、今考えると死んだ兵の血液だったに違いない。

「そうか・・・、水で結界を・・・」

 フェルデンはふっと苦い笑みを零した。どこまでも一枚上手な相手に、両手を挙げることしかできないことが惨めすぎて、本当なら大声で笑い出したい気分だった。

「裏切り者のの犬、ロラン程のものではないがな。地下牢は目が行き届きにくいのでな、人が入り込むとわかるようにしてある」

 アザエルはフェルデンの正面に立つと、床面にある黒石の一つをこつんと踏みつけた。

 途端、ギギギと音を立て、先程までいくら押しても引いても開かなかった石壁の扉がゆっくりと開き始めた。

「入らないのか?」

 アザエルが先に部屋の中へと進み入ると、少し振り返って、空いた扉の前で棒立ちになっている若い青年騎士を招いた。  

 中は真っ暗で、明かりの一つも見当たらない。美しい魔王の側近は、無言のまま壁に設置されている蝋に火を灯した。

 途端、ぼんやりと部屋は明るみになり、部屋の真ん中に二つの黒い棺が横たわっていた。碧髪の男は、静かに棺に近付いていくと、そっとその蓋に僅かに積もった埃を指で払った。

「あちらの棺は空けるな。ルシファー陛下のご遺体が入っている。棺の中は特殊な魔力によって腐敗から守られてるのだ。こちらの棺も、面会が済んだら必ず蓋を閉じること。遺体を腐らせたくなければな」

 そう言い終わると、アザエルはフェルデンをその部屋へ置き去りにし、自分はさっさと何事も無かったかのように出て行ってしまった。

 

残された金の髪の青年は、アザエルの触れた黒い棺の蓋に手を触れた。

 どうしてあのアザエルが、城中をこそこそと嗅ぎ回っている自分を捕らえようとも咎めようともせず、こうして隠し部屋の中にまで招き入れたりしたのか、フェルデンには理解できなかった。

 ただ、この棺の中は何があっても確認する必要があった。そう、どんなに見たくないと思っていても、そうせざるを得なかったのだ。

 魔王ルシファーの棺の隣には、一体誰が眠っているのか。美しい彫刻は、対になっている。この棺自体が強力な魔力を持っていることは、触れただけでもよく分かった。

 ここにユリウスがいたならば、できるなら彼に棺の蓋を開けさせただろう。

いや、彼がいなくて良かったのかもしれない。こんなに臆病な姿を有能な部下の前で晒す訳にはいかない。

 フェルデンは、震える手で、棺の蓋をゆっくりと持ち上げた。

 少し開いた隙間から、ふわりと甘い香りが漂った。懐かしいチチルの実の匂い。侍女エメがチチルの実を香油にして瓶詰めし、朱音の髪につけてやっていたのだ。

 蓋を持つ手の震えが止まらない。

 まさか、間違いであって欲しい、と願うのに、少しずつ露になる中身にちらりと黒い髪が見えた。

「う・・・嘘だ・・・」

 フェルデンは蓋を無我夢中で取り払った。

 棺の中で横たわるのは、夢の中で抱き締めた、華奢な少女その人だった。

「アカネ・・・」

 震える手で、フェルデンは少女の額にかかる髪にそっと触れた。

 少女の胸に深ぶかと突き刺さった剣の柄。横たわる朱音の表情は眠っているかのように穏やかである。

「嘘だろ、目を開けてくれ、アカネ・・・!」

 棺の魔力のせいか、朱音の頬はさっき息を引き取ったばかりのようにほんのりと赤みを残していた。その眠る頬に、ぽたりぽたりといくつもの雫が零れ落ち、それがまるで朱音自身の涙のように見えた。

「アカネ、お前を救ってやれずすまない・・・! 元の世界へ帰してやると約束したのに・・・! おれがあの時、あの男からお前を取り返していたら・・・!」

 眠ったまま動かない朱音の身体をそっと抱き寄せると、フェルデンは甘いチチルの実の香りを放つ髪に頬を寄せた。

「可哀想に・・・怖かっただろう・・・」

 フェルデンは胸が張り裂けそうな思いでいっぱいだった。

 出来ることならば、この棺ごとサンタシへ連れ帰り、もっとちゃんとした場所へ葬ってやりたい、そう思った。

 アースに帰ることは叶わなかったが、淋しがり屋の朱音が淋しくないように、せめてサンタシの白亜城の中に墓を建て、いつでも皆の傍にいられるように、と。

「アカネ、愛している。一緒に帰ろう・・・」

 フェルデンは掠れた声でそう囁くと、そっと朱音の唇に口付けた。

 無垢で可憐な少女は、フェルデンがもっとも恐れていた形で手の中に戻ってきてしまった。

 年若い騎士の青年は、生まれて初めて号哭(ごうこく)した。






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