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AKANE  作者: 木と蜜柑
第2章  ゴーディア編
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     8話  再会

 

 華美な装飾に、真っ黒に染め上げられた絹を存分に使用した煌びやかな衣は、引き摺る程に長い。

 硬い王座にもう二刻以上も座ることを強要されているまだ少年の域を出ない年若い王は、まるで拷問を受けているかのように、お尻にかかる負荷にひたすら耐え続けていた。

「クロウ国王陛下、本日はご即位、おめでとうございます」

 腹立たしいことだが、朱音が腰掛ける王座のすぐ隣には、無表情なアザエルが立ち、朱音がもぞもぞと腰を動かす度にじっとしていなさいとばかりに睨みをきかせていた。

 元老院やゴーディア国のお偉い方達の祝辞が一通り済むと、やっとのこと、朱音は硬い王座から開放してもらった。

「ああ、疲れた・・・。喉カラカラだよ」

 うんざりしたように言うと、ルイがグラスに水を注いで手渡してくれた。

 式の行なわれていた部屋を退室した後、今はパーティー会場として使われている大広間へと向かっているところである。

 朱音の手をとり、エスコートするように歩くアザエルの横顔をそっと盗み見る。思えば、今日はこの男と一度も言葉を交わしていない。しかし今の朱音にとっては、そんなことはどうでもいいことだった。サンタシからの使者、フェルデンに会えるかもしれない、その喜びで胸がいっぱいだった。

 あの鍛えられたすらりとした身躯、そして短く美しい金の髪。少年っぽい色を残した、男らしく優しいブラウンの瞳。もう一度あの人に会えるかもしれないと思うだけで、無意識に足が震える。

(フェルデン・・・!)

 従者の手で開けられた大広間の豪華な扉の隙間から、華やかな音楽の音が響き、美しく着飾った女達や身分の高そうな男達が楽しそうに立食したり、会話をする様子が目に飛び込んできた。

 扉が開ききった途端、大広間中の者達が歓声を上げて朱音の方に向き直った。

 女達は頬を赤く染め、男達も感嘆の声を洩らした。そして、口々にこう口走った。

「なんとお美しい!」

「まるでルシファー国王陛下を生き写したかのようだ!」

と。

 未だおおっぴらには、魔王ルシファーが死去した事実は公表されておらず、皆、ルシファー国王は健在だと信じて疑っていない。

 しかし中には、覚醒したばかりの年若いクロウの突然の即位と、その息子の即位式にさえ姿を現さなかったルシファー国王のことを考え、ルシファー国王の身に何か起きたのではないか、と疑念を抱く者が出てきているのも現実だった。

 朱音は自分が人々の視線の的となっていることに気付き、不快感で顔を歪めた。見世物にでもなったような嫌な気分を抱きながら、朱音はそれでもパーティー会場の人混みの中に長身の男の姿を探した。フェルデン・フォン・ヴォルティーユ、その人の姿を。



「しかし、まさか本当に魔王が死去していたとはな・・・」

 フェルデンは旅装束から、賓客用に用意された美しい礼服に着替えていた。

白いシャツの襟を立てると、慣れた手つきで蝶えを結ぶ。艶やかな紫色の細いタイは、フェルデンを紳士へと仕立て上げてくれた。

「国王の側近、あいつ、やはりただ者ではありませんね。こうなることを予想して、まるでおれ達をわざとここへ招き、利用しているような口振り」

 ユリウスはぶるりと身震いした。あの冷徹な顔を思い出しただけで寒気がする。

「あの男は、感情の無い蛇のような男だ。一瞬の気の緩みが命取りになる」

 長身のフェルデンは、小柄な部下に向き直った。

 ユリウスもかっちりとした礼服で身だしなみを整え、謹厳な面持ちで上官の目をじっと見つめた。

 魔王ルシファーの息子が復活の儀式によって覚醒したこと、そしてその息子がゴーディアの国王として即位したこと。その全てがフェルデンやユリウスにとって衝撃的で、停戦中のサンタシ側からすれば、いつ停戦状態が解かれるかもわからない今、そのことはヴィクトル王に事細かに報告すべき重要事項ばかりである。

 即位式は厳かに内輪の者だけで行われていた。まだ式は終わってはいなかったが、続々と魔城に到着する高貴な馬車や、そこから降りる着飾った男や女の姿を見るに、パーティーは既に開始されているらしい。

 日は傾き、空にはうっすらと二つの月が浮かび上がっている。

「おれたちもそろそろ会場へ行きましょうか」

 ユリウスがテーブル脇においてある水の入ったグラスをぐいと煽った。

「いいか、パーティーのときだけは城内がどうしても手薄になる。新国王に祝辞を述べた後、うまく会場を抜け出し、アカネを探すんだ」

「了解」


 

賑やかなパーティー会場、人ごみの中には朱音が夢に描いていた金の髪は見つけられないでいた。

 いつもは従者服であるルイも、今日は礼服を身につけ、こんな時でさえぴたりと朱音の背後に張り付いていた。灰色の髪の従者は、黒髪の主がこの喧騒の中で一体何を探しているのかを知っていた。

「国王陛下、何かお探しでしょうか?」

 アザエルが落ち着かない様子で、辺りを見回す朱音の様子に、感情のない声で言った。碧い眼が全てを見透かしているかのように、朱音を見つめる。

「べ、別に・・・!」

 この冷たい眼に何度陥れられてきたことか。朱音は無意識にその眼から視線を逸らす。ふっと口元を歪めると、氷の男はそっと朱音の耳元で囁いた。

「今やあなたはこの国の最高権力者なのですよ。あなたがわたしに命令を下せば、チェスの駒を動かすようにいとも簡単にわたしは動くというのに」

 喫驚し、黒髪の少年は耳の飾りを揺らしながら、国王の側近の手を掴んだ。

「サンタシから、フェルデンが来ているの!?」

 突然壇上でアザエルの腕を掴んだ主の行動に灰の目を丸くし、ルイがあたふたと慌てた。

「へ、陛下・・・? ここは壇上ですよ・・・!」

 それでも掴んだ手を離そうとはしない黒髪の少年王に、アザエルは不敵な笑みを浮かべた。

「陛下がお望みならば、ここへお呼びしましょう」

 アザエルが警備にあたっている兵に目配せすると、パーティーの人ごみが割れ、通り道ができた。その人の道の奥から少しずつ懐かしい色の金の髪が見え始め、ゆっくりと長身の男が姿を現した。

「・・・フェル・・・」

 どんなに願っても二度と会うことは叶わないと思っていた愛しい青年が、人垣から一歩進み出た。その後ろには懐かしいロランの姿はなく、いつしかセレネの森で見た小柄な騎士の姿があった。凛とした男らしい顔で、フェルデンはじっと麗しい黒髪の新国王の顔をした主音を見据えた。

 朱音が口を開きかけた途端、フェルデンが礼の形をとり、よく通るあの心地よい声で言った。

「お初にお目に掛かります、新国王クロウ陛下。わたしはサンタシの国王ヴィクトル・フォン・ヴォルティーユの実弟、サンタシの騎士団司令官フェルデン・フォン・ヴォルティーユと申します。この度のご即位を兄ヴィクトルともどもお喜び申し上げます。今後も両国にとって、よい関係が続きますよう」

 流暢な言葉は、朱音の心をものの見事に打ち砕いた。

(そうだ・・・、わたしはもう朱音じゃないんだ・・・)

 瞬きをするのも忘れて、朱音はへたと腰掛けていた椅子の背にもたれかかった。

 大好きなフェルデンが、あんなにも会いたかった騎士が目の前にいるというのに、朱音として声を掛けることさえできない。

 今ここで、大声で叫びだしたかった。

『わたしはクロウなんかじゃない、ここにいるのは新崎朱音なんだよ!』

と。

 しかし、その目論見は木っ端微塵に吹き飛ばされる。

 顔を上げたフェルデンの表情が、忌み嫌うようなものでも見るかのように、明らかに朱音から視線を逸らしたのだ。

 ズキリと心臓が鷲掴みされたように痛んだ。

(フェルデンはクロウを嫌っている・・・、魔王ルシファーの血を引くこの身体を嫌っているんだ・・・)

 朱音の頬を、つうと一筋の雫が伝った。

「へ、陛下?」

 驚いたようにルイが駆け寄る。

 朱音は堪らずに椅子から立ち上がり、気が付けば、艶やかな黒い衣を翻して逃げるように大広間を飛び出していた。

「なに、陛下は喜びの余り感極まって席を立たれただけのこと」

 驚いて思わず立ち上がったサンタシの使者達に、碧髪の男はひどく落ち着いた口調で言った。こくりと頷くと、フェルデンとユリウスは一礼してその場を去った。

「フェルデン殿下、あの少年王、泣いてましたね・・・」

 ユリウスがテーブルの上に美しく盛り付けたハムを一枚フォークで刺すと、ぱくりと口へ放り込んだ。

 絶世の美貌とは聞いてはいたが、十年前に結ばれた停戦条約の際に一度だけ目にした魔王ルシファーの、人知を超えた美しさをそのまま生き移したかのような姿だった。恐らくは、幼ないながらも魔王ルシファー同様、強大な魔力を内側に秘めているのだろう。

 しかし、その黒曜石の瞳から流れた一筋の涙は、フェルデンの心を揺さぶってならなかった。

(あれは憂いの涙では・・・)

 だが、長き眠りから覚めた少年王がなぜにあんなにも悲しい目でフェルデンを見つめていたのか、考えも及ばない。

「さて、フェルデン殿下。我々はそろそろもう一つの任に取り掛かりましょうか」

 

 

 

 



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