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AKANE  作者: 木と蜜柑
第2章  ゴーディア編
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     4話  王の狙伺

 

 夢を見ていた。

「わたしの国はね、身分の違いなんかないんだよ。みんな平等に仕事をしたり学校へ行ったりしてすごく平和に暮らしてて」

 にこりと微笑む少女の顔は、本当に幸せそうだ。

「では、君の国では王がいないと?」

 こくりと頷いた少女の反応に、驚いてフェルデンは目を丸くする。

「それでは、誰が国を治めるんだ?」

 少女のきょとんと見つめ返す茶味がかった黒い瞳は、不思議な色を秘めていた。

「みんなが代表に選んだ人が期間限定で政治を引っ張る方法を執っているかな。わたし達の国では、総理大臣っていうんだけど」

 少女の話すことはこのレイシアでは考えもつかないような興味深いものばかりだ。

「それは凄いな・・・」

 フェルデンは部屋の窓のから立ち上がると、くるりと少女に向き直った。

「君はどんな環境で暮らしていた?」

 朱音はふっと顔を綻ばせると、

「私の家族はねえ・・・」

と、生き生きとした表情で話し始めた。それだけで、この少女がどれだけ幸せな暮らしを送っていたのかが想像される。

「わたしの家族は、お父さん、お母さん、それと弟の真咲(まさき)の四人暮らしでね、お父さんは空手の道場で師範をやってるんだよ。で、お母さんは料理が苦手なただの主婦。弟の真咲はチビで生意気だけど、お父さんの道場をいつか自分が継ぐんだ、って勝手に思い込んでるお馬鹿さん」

 フェルデンは知らずに口元が緩んでいることに気付いてはいなかった。

 空手や道場、師範、などの聞き慣れない言葉の意味を訊ねると、朱音は空手は武器を使わない武術のことで、道場は訓練場、師範は先生のことだと懇切丁寧に教えてくれたのだった。

  

 ズキリと傷が痛み、フェルデンは懐かしい夢から目を覚ました。

 どれだけ眠っていたのだろうか。

「アカネ・・・!」

 フェルデンは痛みを堪えてベッドから這いずり出た。

上半身に巻かれた包帯からはまだ血が滲み出している。力の入らない足、歪む床や天井から、自分が高い熱を持っていることに気付く。

「殿下! いけません! ベッドにお戻り下さい!」

 慌てて駆け寄ってきたのは王家の専任の医師、フィルマンだった。

「どいてくれ、おれはアカネを助けに行かなければ・・・!」

 何かに掴まっていないとすぐに崩折れそうになる身体を、なんとか壁に寄り掛かることで支えたフェルデンは、駆け寄ってきたフィルマンの手を払った。

「殿下、お気持ちはわかります。しかし、今の御身体では無理かと・・・。傷の状態はロランよりも悪かったのですぞ」

 フェルデンははっとした顔になり、すぐにフィルマンの肩を強く揺さぶった。

「そうだ・・・! ロランは・・・ロランは無事なのか・・・?」

 フィルマンはこくりと頷いた。そしてフェルデンにベッドへ戻るように促し、その背を支える。

「ご安心くだされ。ロランは無事です。ロランの傷は大きかったものの、フェルデン殿下に比べると、傷自体は浅いものでした。得意の結界で咄嗟に防御したものと思われます。」

 ほっと安堵の溜め息をついたのも束の間、フェルデンはフィルマンの支える手からやはり離れようとした。

「アカネが、魔王ルシファーの右腕、アザエルに捕まったのだ。直ぐに追わなければ・・・!」

 壁に背を委ねながら、懸命に部屋の扉に向かうフェルデンを、フィルマンは何とかして止めなければならなかった。フェルデンの失血量は致死に到ってもおかしくは無い程のものだったからだ。そして、そんな身体で歩けること事態が既に奇跡としか言いようがない。

 何が彼をそこまで駆り立てるのか、フィルマンは不思議で仕方がなかった。

 アカネはセレネの森でフェルデンが保護してきた人間の少女であったが、その存在は城の内部でもごく少数の者にしか知らされていなかったし、ヴィクトル王の口から詳しい説明は何も語られることはなかった。しかし、フィルマンはそんなアカネに何度か面会する機会があった。

 森から保護された少女は、足の裏に傷を負っていて、その治療に自分が抜擢されたのだ。   

 珍しい肌の色や黒髪と少々風変わりではあったが、平凡な人間の少女であった。

 傷の手当を終えた後に、

「ありがとう」

と、感謝の言葉を述べられたとき、実はフェルマンは少々驚いていた。城で働き始めてからというもの、そんな言葉を言われることがなかったからである。 しかも、それは治療の度に繰り返されたのだった。

 騎士団を率いる忙しい身のフェルデンであったが、日々の公務の後、必ずと言っていい程、アカネを気に掛け部屋を訪ねていく姿をよく見かけたものだ。

 ふと、幼い姫君と一緒に戯れる、少年時代のフェルデンの姿が思い出され、もしかすると、フェルデン閣下は亡くなられた姫君に面影を重ね合わせているのかもしれないな、とフィルマンは勝手な解釈をした。

「殿下、どうかベッドに・・・」

 フィルマンがはてさてどうしようかと焦り始めたその時、

「入るぞ」

という声と同時にヴィクトル王が姿を現した。フィルマンは咄嗟に礼をとった。

「兄上・・・」

 驚いた表情でフェルデンは兄であるヴィクトル王の顔をしばし見つめた。

「部屋の前を通った際に、お前とフィルマンのやり取りが耳に入ったのでな。

どうやらまたフィルマンの手を煩わせているようだが?」

 昼間の王の顔とは違い、ヴィクトルはフェルデンの年の離れた兄の顔に戻っている。

「フェル、一体どの位眠り続けていたのかを知っているか? お前は三日間も眠り続けていた・・・。一体あの夜何が起こったのだ?」

 フェルデンは三日という言葉に愕然とした。

 あのアザエルならば三日あれば既にこの大陸を離れているかもしれない。あれから三日経っているとすれば、あの男に追いつくことはかなりの困難を極めるだろう。

「おれはそんなに眠っていたのか・・・」

「正確には、瀕死の重傷だったと言えるだろう」

 ヴィクトルは、フェルデンの背に腕を回し、ベッドに戻る手伝いをした。今度はそれに素直に従った。

「ロランに大まかなことは聞いている。時空の扉から、確かにアカネをアースへ送り返したこと。しかししばらくの後、魔王ルシファーの側近であるアザエルが突然背後から現れ、容赦なく攻撃を仕掛けてきたこと、閉じかかった時空の扉を再び開き、自ら入って行ってしまったこと。少し後に気を失ったアカネを抱えてアザエルが時空の扉から帰還したこと」

 小さく呻きながらフェルデンはベッドにどさりと腰掛けると、こくりと悔しそうに頷く。

「おれはアカネを手放したことに動揺し、儀式の片付けをロランに任せたままに早々に退散していた・・・。おれが馬鹿だった。公務に私情を挟むなどと・・・」

 くっと唸ってからフェルデンは包帯の巻かれた拳をベッドに振り下ろした。

 ヴィクトルは項垂れる弟の肩にそっと手を置いた。

「馬を走らせていたおれだったが、途中で何か嫌な予感がして慌てて引き返して来た。すると鏡の洞窟の前で部下が血を流し倒れていて、まさかと思い洞窟の中を覗いたときには、もうあの男、アザエルがアカネを担いで出てくるところだった・・・」

 フェルデンの落ち込み様は異常だった。嘗てこんなにも後悔に苛まれる弟の姿を見たことはあっただろうか。そう、幼きジゼル姫を失ったあの時でさえ、恨みや怒りを露にしたものの、ここまで落胆することはなかった筈だ。

「フェル、そう自分を責めるな。お前の指揮官としての働きはこの国の誰もが認めている。それに、お前があの場に初めからいたにしても、いくら剣の腕の立つお前でもあの男の魔術を前に対抗できたのかもわかるまい。寧ろ、そうであればお前の命はもうここにはなかったやもしれぬ」

 ヴィクトルの言うことは正しかった。アザエルの魔力が強大で、結界術を得意とする有能なあのロランでさえ怪我を負ったのだ。ただの人間であるフェルデンに剣一本で互角に渡り合える筈はない。

「それよりも、お前はまずその怪我を治すことに専念しろ。お前には、一刻も早く復活し、重要な任に就いて貰う予定でいるのだ」

 フェルデンの額には、うっすらと汗が浮き出ている。傷の痛みは尚酷いらしい。

「重要な任・・・?」

 ヴィクトルはフィルマンに目配せして部屋を退室するよう合図し、フィルマンがいなくなるのを確認した後、声を落として驚くべき事実を告げた。

「ゴーディアに放っておいた密偵からの情報でまだ確信はないのだが、ルシファー王が死去した可能性がある。それをゴーディアがどうも隠し立てしているようだと・・・。」

「そ、それは本当ですか!?」

 フェルデンは兄王の腕を掴むと、強く揺さぶった。

「これはあくまで推測の域だ。だが、各国の王達が異変を感じ始めているのも事実」

 ヴィクトルは難しい面持ちで頷く。

「実はあの儀式の夜、わたしも何か胸騒ぎを感じてな、お前がアカネを連れて出た一刻半程後に、ディートハルト達に鏡の洞窟へと向かわせたのだ」

 何か言いたそうなフェルデンの顔を見て、ヴィクトルは腕を強く掴む弟の手首にそっと手を置き言った。

「ディートハルト達が着いたときには、既にお前が洞窟脇に血を流して倒れていて、洞窟内も悲惨だったと・・・。生きていたのはお前とロランのみ。ディートハルトは部下にお前達をすぐに城へと運ばせて、自らはアザエルの気配を追ったが、森を抜けてしばらくいったところで見失ったと報告を受けた」

 ディートハルトとは、フェルデンの剣の師であり、フェルデンが尊敬する数少ない人物の一人であった。

 二年前まで、騎士団の指揮官を務めていた屈強な戦士である彼は、すでに六十を迎えたというのに、未だ部下からの信頼も厚く、ヴィクトルのよき相談相手でもあった。

 そんな彼が急に指揮官の地位をフェルデンに譲ることを宣告してから、時は既に二年経ち、それからはヴィクトルによって国内の治安維持を目的とする警備隊長官という任を与えられている。

「ディートハルトが・・・」

 傷を負った自分を助けてくれたのが、嘗ての師である男だったことと、その男を的確な判断で送るヴィクトル王に、フェルデンはひどく感銘を受けた。

「そこでだ。わたしはすぐさまゴーディアに向けて書状を書いた。内容は、我国土内で起きた不祥事を会談でもって御伺いしたい、というようなものだ。その為にこちらから遣いの者を向わせるとも」

 フェルデンは兄王の眼を見つめ、意図を読み解こうと努力した。

「まさか、その遣いというのは・・・」

 ヴィクトルはこくりと大きく頷いた。

「そう、それをおまえに頼みたいのだ。おそらく、これだけの問題を起こしておきながら、それを拒否するなどゴーディアの元老院の年寄共もさすがにせぬであろう。危険な任だが、行ってくれるか?」

「・・・わかってはいると思うが、会談はただの名目であって、これが主ではない。お前のその目で、国王の生死、国の現状を探ってきて欲しいのだ・・・」

 その後に続く言葉はなかったが、恐らく暗黙の了解で、そのときを狙ってアカネを奪還してくることを許す、ということであろう。

 ほとほと、ヴィクトルの考えには驚かされ、国民に賢王と呼ばれるだけのことはある、とフェルデンは我兄ながら凄いと思った。

「はい、兄上。ぜひその役目、おれにやらせてください!」

 フェルデンの目には確かに希望の火が灯った。

 気落ちする弟を救い出すこと、それこそがヴィクトル王の一番の狙いだったのかもしれなかった。

 重大な任務を背負ったフェルデンは、必ずアカネを取り戻す、という強い決心の名の下に、右手でつくった拳を左胸に引き付け誓いの形をとる。

「ああ。任せたぞ、フェル・・・!」




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