三人で さわやかな おやつ
「おやつ、食べるひと~」
「はい!」「あーい」
ゆずとらいむが、おもちゃや絵本をほっぽり出して、テーブルへかけっこした。
「今日は、かーさんの手作りおやつだよ。何かわかるかな?」
「「みかんぜりー!!」」
「当たりー。ほい、食べなー」
おちびたちは、きゃいきゃいはしゃいで、スプーンをにぎった。
「ゆず、かーさんのみかんゼリーだいすきー!」
「ぼくもー! おみかんしゅきー」
どでかいみかんを入れ物に、その果汁にゼラチンを混ぜて流し込み、冷やし固めただけのおやつ。お隣のおばさんから大量にもらったみかんと、スーパーに売ってる製菓材料、それだけ。なんてことない安上がりで簡単なおやつを、おちびたちは「世界でいちばんおいしいおやつ」だと信じている。子どもって、小さなことに「特別」を見つけられる天才なのかもしれない。
「あ、らいむ、こぼしてるこぼしてる! ゆず、らいむのこぼしたやつ食べるなー」
らいむは、まだまだスプーンをうまく使えない。ゆずは、食い意地が張っているから、床に落ちた物まで口に入れる。こうなるだろうなと思って、ふきんをそばに置いていたのに、おちびたちは止まってくれない。はあ……、部屋が散らかっている。私が片付けなきゃならないんだよな。おやつの後は、おちびのテレビタイム。遊んでいたおもちゃなんか、忘れる。都合良くできた頭に、私もなりたいわ。
「らいむ、食べないの? じゃあゆずが食べるのてつだったげる」
「やーだー! あーん!! かーさん、ねーねがぼくのとったー!」
「もう! ゆず、おかわりならかーさんのを食べな! らいむ、ゆっくりでいいからね」
子どもの胃袋って、無限なの? いっぱい食べさせても、しんどくならないの? ダンナは「食べたいだけ食べさせてあげなよ。俺が食費ごっそり稼ぐから」と軽く言うけど。作る私の精神的ダメージを考えたことある? ダンナ、私たちより早く起きて、私たちより遅く寝て、バリバリ働いているのはめっちゃ感謝しているよ。おかげで私は、家でおちびたちといられるわけだし。でもさ、おちびの面倒みてるの、ほぼ私だよ。休みなしだよ、ダンナは完全週休二日でしょうが。嫌なわけないけど、一日育児体験してみ? ぼろぼろになるよ?
そういえば、公園でママたちが朝ごはんメニューの話していたな。ごはん・玉子焼き・味噌汁、トースト・昨日の残りのミネストローネ・フルーツヨーグルト…………マジですか。私は、トーストとバナナの二品ですけど!? どんだけ余裕ある家庭よ。ダンナはそこそこ給料もらっているけど、毎月ちょっとずつ貯金もできているけど、そんな手の込んだごはん作れないわ。時間の使い方が悪いのか? 私のやりくりが下手なの?
「かーさん、らいむがゆずのかみの毛引っぱるー!」
「え!? こら、らいむ、なんでゆずねーねのヤな事するの!」
「ねーねのあたまに、ほこりついてたのー」
「ホコリ!?」
毎日きれいにしているはずなのに!? ゆず、家のどこを探検したんだ!? いてっ、らいむ、力強っ! 本当に子どもの握力か!?
上の子は「優しくて、真珠のようにきれいな心の女の子になってね」で「優珠」。下の子は「誰にでも頼りにされて、武人のように強い男の子になってね」で「頼武」。キラキラしちゃって、とか、いい加減な名前、とか聞き飽きた。ダンナと私が考えた名前なんだから、ケチつけんなよ、と思う。実際は、優しくなくて意地汚い娘だし、人見知りが激しくて他の子におもちゃをすぐ取られちゃう息子だけど、これから名前に合った人になれるんだからね。
そういう私の名前は、サクレ。レモン味のかき氷カップアイスから取った。私の母親が、つわりの時に食べられた物が、それだったから。あと、兄の名前は、沙琵。これもかき氷アイスなんだって。ソーダ味じゃなくて、オレンジ味の方。なんで、子どもにつわりに食べられた物の名前をつけたのか、聞いたことがあった。
「あんたらが、確かにわたしのお腹にいたんだよって証拠を残したかった」
深いようで、深くない理由。
母親は、娘の私から見ても、変わっていた。私と兄は、父親が違う。母親は、独身を貫いた。ひとりで産んで、もらえる物をもらいながら、ひとりで育てた。
「わたしは、いろんな男を愛したいんだ。たったひとりの男とずっといる生涯は、考えられない」
私の父親は、青年実業家、兄の父親は、タンバリン奏者だった、らしい。
母親は、私たちにも「わたし」と言っていた。「ママ」「お母さん」親の呼び方は、性に合わなかったそうだ。母親は、兄の結婚後に急に亡くなった。当時の恋人が売れっ子作家で、集めていた彼の著作の下敷きになって息絶えたんだって。最期まで、変わっていた。好きな男を思いながら、一生を終えたのなら、母親は化けて出ないだろう。
母親の葬儀は、私たちの父親が仕切ってくれた。青年実業家は、大手企業のトップになり、タンバリン奏者は、なぜか行列のできるカレー屋の店長になっていた。ダンナを紹介したのは、私の父親だった。「親らしいこと」をしたかったらしい。
ねえ、私、結婚したよ。二人の子どもができた。あなたには似ないで、たったひとりの男しか愛せないけど、やっていけている。たったひとりの男に秘密で、おやつを三人で食べるくらいに、ね。
「「「ごちそうさまでした」」」
あとがき(めいたもの)
公園で、図書館で、ありとあらゆる場所(といったら大げさですね)で、乳母車をひいたお母さんを見かけます。お疲れの様子もあれば、鼻歌をうたっている方もいらっしゃいます。私もそうやって育てられてきたのかもしれません。保護者との手紙のやりとりだけでなく、時には顔を出してやろうかと重い腰を上げる八十島なのでございます。
ちなみに、柑橘類の中ではピンクグレープフルーツが好きです。う、おじさん認定されてもおかしくない私がピンクグレープフルーツを……自己嫌悪に陥りそうです、負けてはならぬ。