第17章 宣戦布告
私は田中君との約束の日、支度を済ませ出掛けようと玄関に向かっていた矢先、インターホンが鳴った。
扉を開けると、目の前には諦めかけていた貝塚の姿が…。
私の手紙が彼の心に届いた瞬間でもあった。
1年振りに彼と交わす長めのキスは私の心を溶かしていった…。
余りにもキスの余韻に浸り過ぎていて肝心な事を忘れるとこだった。
そう、頭に過ったのは田中君の事…。
今日は貝塚と一緒に居たいって言うのが本音だった。
上手く断ろう。
私は携帯でメッセージを送る。
【今日は仕事の疲れからか身体がしんどいので映画はまた改めてにして貰えませんか?】
直ぐ様、田中君から返信が届く。
【分かった。お大事にしてね。また連絡するよ】
ふー、取り敢えず良かった。
しんどいって言うのは仮病で嘘だけど、今は貝塚と離れたくなかった。
田中君には悪いけどと、心の中で謝っていた…。
結局、この日私は貝塚のマンションに泊まったのだった…。
翌朝、貝塚からのマンションから一緒に職場へと向かった私は普段通りの店長振りを見せた。
時間も昼の時間をとうに過ぎていた。
もうお昼か。
貝塚もお昼じゃないかな?と店内から出ようとした時だった。
「望月!」
田中君が私を呼び止める。
「あっ、田中君昨日はごめんね」
「大丈夫だよ。それより仕事終わったら少しだけ会えないかな?大事な話があるんだ」
「あっ、うん。分かった……」
大事な話か…。
田中君が店内から出て行くのを確認した後、私はそのまま喫茶【ロマンド】へ早々と足を向かわせる。
いつもの事だが【ロマンド】は相変わらずの人気店で満席だった。
「空いてないかな?」
私が席を見渡してると1人の男性が手を振ってこっちだと合図している。
あれは貝塚だ!
「貝塚!」
「望月、ここ座りなよ」
私は昼食にクロワッサンと紅茶のセットを注文、レジで会計を済ませ貝塚の向かい席に座る。
「良かった、貝塚が居てくれたお陰で座れた」
「うん、丁度良い時に来たね」
「……確かに。だけど、私は会えて嬉しいよ」
「……うん、僕も嬉しいよ」
「……って、今日の朝も会ったのにね!」
何か急に恥ずかしさが込み上げてきて私は笑ってその場を誤魔化していると貝塚は本題を切り出してきた…。
「…あのさ、望月、さっきお店に田中の姿が見えたんだけど?」
「…あっ、うん。実は今日の夕方会う事になってて。……貝塚、ごめん、私が田中君に気を許してしまってたのは事実。ちゃんと言うから心配しないで」
自分には責める資格などないと思ってるのか、貝塚は私に優しい笑顔を向ける。
その笑顔が私には辛かった…。
「…僕なら大丈夫だ。気にしないで会ったら良い。その代わり、何かあったら必ず教えて欲しい。分かった?」
「うん、分かった!」
私達は束の間の幸せを心ゆくまで堪能していた。
そして、今の時間を十分満喫した私達はお互い自分のお店へと戻ったのだった…。
その後は貝塚に充電されたお陰か、私はとても充実した仕事振りでお客様の目を惹き付けていた。
私は他の従業員達の良いお手本になればと切に願っていた。
そして、田中君との約束の時間も刻々と迫っていた。
「あっ、もうこんな時間?!」
お店も閉店時間を迎えていた。
取り敢えず、彼がお店に迎えに来ると連絡が入り店内で待つ事10分…。
「望月!ごめん、お待たせ!」
慌てて走ってきたのか彼は息が切れていた。
「田中君、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。さぁ、行こうか」
「はい」
私はしっかりと扉の施錠をしお店を後にした。
それから暫く……近くをブラブラと散歩していた。
お互い沈黙状態のまま、時間だけが過ぎていく…。
田中君がいつもよりも静かで何か考え事でもしてるのか、何気ない日常会話をしても上の空だった。
どうしたんだろう?
私は思い切って問いかける。
「田中君、何かあった?」
「あっ、ごめん。少し緊張してて」
「緊張?」
「…あの、望月」
彼の真剣な眼差しが私の瞳を捉えて離さなかった。
「本当はもっと早くに言いたかった事だったけれど今、言うよ。………望月、好きです」
「ーーー?!」
「返事は急がないから。その代わり真剣に考えて欲しい、僕の事を……。それだけは約束して」
「……………」
「……望月?」
「……ごめんなさい。私、田中君とは付き合えません。本当にごめんなさい!」
私は頭を下げる事しか出来なかった。
「…えっ?何で?僕、何か気に障る事でもした?なら謝るよ」
「……ううん、そうじゃないの。私はやっぱり……」
「その続きは言わないでも分かる。どうせ貝塚が好きなんだろ?あいつは僕の大事な物を奪っていく。前の元彼女もそうだ。貝塚が大好きだった香を…」
「えっ、香?」
香ってこの前、貝塚のマンションで会った人じゃ……?
それじゃ、貝塚は田中君から香さんを奪ったって事……?
私はこの現実から目をそむけたい思いでいっぱいだった…。
「…何で、あいつが良いの?あいつは昔君をいじめて傷付けた張本人だよ?これからだって傷付けられる恐れもある。なのにどうしてあいつなんかが…」
「…そうだよね。私も悩んでた。だけど、好きになってしまった。この気持ちだけは嘘付けないし彼の事を忘れようとしても忘れられない。どうしようもなく好きになっていた。私、田中君とはやっぱり付き合えません。本当にごめんなさい」
私はただただ必死に謝る事しか出来なかった……。
だけど、その謝罪も虚しく……彼は私にこう告げた。
「……僕は諦めるつもりないよ」
「…えっ?」
「…貝塚から君を奪うから」
まるで宣戦布告とも取れる言葉を言い残し、彼はその場から立ち去って行った…。




