神殿 17
翌日はバーソローに立つと言うことが決まり、映視に集まった親衛隊は解散となった。
「おい。サーシャ、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。私は、こう見えてタフですから」
心配気に声をかけてきたリズモンドに、サーシャは手をひらひらとさせ、余裕をアピールする。
本当は、思った以上に疲労を感じていたが、それを見せるのは癪だ。
「久しぶりに強がるというか、自信たっぷりというか……まあ、それなら大丈夫だな」
リズモンドが苦く笑う。
「ハダルさまも心配していたから、あまり無理するな」
「ハダルさまが?」
「倒れたという連絡を入れたからな。お前が寝ているときに、様子を見に来ていたぞ」
「なっ!」
サーシャの顔が引きつる。
ルーカス・ハダルは、公正でどちらかと言えば、サーシャには優しい。
だが、術に失敗した時は別だ。
今後の安全や、術者の成長のためではあるものの、非常に厳しく叱責する。
今回、サーシャが倒れたのは、術を失敗したわけではないが、結界の前に術を解けばおこらなかった。
宮廷魔術師の本来の仕事ではないにせよ、不始末には違いない。
「塔に戻ったら、大量の始末書が待っていると伝えておくように言われたぞ」
「ああああああっ」
サーシャは思わず頭を抱えた。
「どうした? アルカイド君、変な声を出して」
サーシャの声に驚いたのか、マーダンと打ち合わせをしていたレオンが振り返る。
「サーシャは始末書を書くのが嫌いなのです」
リズモンドが苦笑する。
「好きな人間はいないが、そうか。ルーカスが?」
「はい。ハダルさまも、サーシャの心配をしておられましたから」
リズモンドが苦笑する。
「そうか。では、私も始末書を書いてもらおうかな?」
「うわぁぁぁ。もうやめてください殿下」
レオンの言葉にサーシャは首を振った。
「殿下がこの手の意地悪を言うのは珍しいですね。さすがはアルカイドさんというところでしょうか」
レオンの隣にいたマーダンが肩を震わせながら言う。
「そうだろうか」
レオンはなぜマーダンが笑うのか、よくわからないようだ。
「ところで、私が寝ている間の捜査はどうなったのです?」
「孤児院の件だが、神殿管轄の孤児院のいくつかが、武術訓練などを積んでいることが分かった」
レオンはため息をつく。
「武術訓練ですか……」
「もっとも、魔術と違って、法律がないから裁くことはできない」
「手に職をつけることが悪いことではありませんから」
マーダンが苦笑する。
「騎士団に入った人間が一人でもいるなら、正当化されるでしょうね」
リズモンドが頷いた
騎士団に入るには、学問や武術のほかに、身元引受人になる人間が必要だ。
孤児院が身元引受人になれば、それだけで話題になる。
「少なくとも私は聞いたことがない」
レオンは首を振った。
「それから、メリトン宝石商に行ったら、伯爵は女と来ていたらしい」
リズモンドが口をはさむ。
「女の為に、高い首飾りを買って、仲睦まじく出て行ったそうだ。店主の話では、夫人だと思っていたらしいが」
「女ですか……」
つまりブルックス伯爵は、孤児院に慰問に行くと言う名目で家を出て、孤児院を慰問したことはしたが、そのあとは、浮気相手の女の為に宝石を買ってやったということだ。
「その後は?」
「まだ女の身元が分かっていない。それが分かれば、事故までの足取りがわかるだろう」
レオンがため息をつく。
調べなければいけないことが山積みだ。
「せめて、伯爵の目が覚めれば、話が早いのだがな」
「それは、もう、グランドール氏に祈るしかないですね」
サーシャがそう言うと。
「アルカイド君は、神に祈らないのだな」
言われて、サーシャは首を傾げる。
「そういえば、あまり祈りませんね」
「私もだ」
レオンはそう言って、少しうれしそうな顔をした。