神殿 13
会議が終わると、既にかなり夜更けになっていた。
「殿下、どこでもいいので、我々を朱雀離宮に泊めていただくことはできますか?」
「我々ということは、君だけでなくアルカイド君もか?」
リズモンドの問いに、レオンは確認をする。
「私が一緒ではいけないのですか?」
思わずサーシャは、不満を口にした。
「いや。そういうわけではないが、若い女性が、こんな男所帯に泊まるのは、よくないのではないか?」
朱雀離宮は親衛隊の本部になっているため、男性の比率が高い。もちろん女性の使用人もいるにはいるが、多くはない。
「ですから、オレも、と言っているのです。そもそもハダルさまに殿下の警護を申し付けられておりますから、我々は帰るわけにはいかないのです」
リズモンドは肩をすくめた。
「オレだけ泊まると言ったら、こいつはすねますよ」
「すねません。私は大人ですので」
サーシャは口をとがらせる。
言っていることと、表情が全く逆だ。
「わかった。アルカイド君にへそを曲げられては困るからな」
レオンは真顔で頷く。
「だから、別にすねませんよ」
サーシャは思わず言い返した。命じられれば従う程度にはサーシャは大人だ。
「部屋を用意させよう。必要なものがあったら言ってくれ」
「特には。ただ、サーシャはともかくオレは、殿下の部屋の近くにお願いします」
「わかった」
そのやり取りに、サーシャは、思わずリズモンドを不満げにみる。
「夜の警備はオレがする。女のお前が殿下の傍にいるのは、殿下の外聞にかかわる」
「……はい」
サーシャとしては自分がレオンの警備をまかされたという自負があるものの、レオンの醜聞になってはまずい。サーシャのことを案じてではなく、レオンのためだと言われたら従うしかない。
「もっとも、ここにいる限り、我々の出番はないでしょう。あくまで念のためです」
朱雀離宮には、強固な結界がある。その結界を破るほどの魔術を使えるものはまずいない。
離宮が襲われるとしたら、武力的な危険の方が高いだろう。
それにしたって、常時親衛隊の隊員がいる状態だ。レオンがすぐに危険になる確率は低い。
「警備は万全と思いますが、世の中、絶対ということはないですから」
「そうだな」
リズモンドに念を押され、レオンは頷く。
「二人には世話をかける。マーダン、ジルを呼んでくれ。ああ、それから、二人を食堂へ頼む」
「食堂ですか?」
意外な場所に、サーシャは首を傾げた。
「夕食がまだだろう? 隊の食事ですまないが、食べてくれ」
「助かります」
リズモンドとサーシャは頭を下げた。
サーシャに用意された部屋は二階で、どうみても来客用の客室だった。
ウナギの寝床のような魔術師の寮とは、全然違う。寝室とリビングが別になっていて、中庭の様子が見える。一人で使うには広すぎる部屋だ。
リズモンドは、レオンの寝室のある三階の部屋を用意されたが、サーシャはそこからかなり離れている。
完全に『お客さま』状態だ。
とはいえ、昼間はずっとレオンに張り付いているわけだから、息抜きは必要だろう。
サーシャはそう結論づけ、ふかふかのベッドに寝転がった。
──ああ、これ、起き上がれなくなるヤツだ。
寝心地が、半端なく良い。疲れていたこともあるのだろう。サーシャは、あっという間に眠りについた。
どれくらい眠ったであろうか。
ゴンという衝撃を感じて、サーシャは飛び起きた。
結界が壊れたのだ。
実際には、何の音もしないが、サーシャには音と同じように感じる。
すぐさま、リズモンドの魔力で結界が張られた。
サーシャもその魔力に加勢する。だが、二人でもきつい。
「まずい」
サーシャは慌てて、部屋を飛び出た。
朱雀離宮の結界は、幾重にも結界の魔石を埋め込んでいることでできている。
だから、一人の力でどうにかなるものではない。サーシャやリズモンド、ハダルであっても、一人で結界を破壊することは無理だ。
かなり大人数で術を展開し、さらに、結界の魔石の一つが破壊されたようだ。
「冗談じゃない!」
サーシャは力を込める。
こんなところで、宮廷魔術師が、そこいらのもぐりの魔術師に負けるわけにはいかない。
「アルカイド君!」
階段の踊り場で上から声がして、振り仰ぐとレオンがいた。
「すぐ、魔術師に応援させる。しばらくこらえてくれ」
「はい」
人を呼びに行くのをレオンに任せると、サーシャは、結界を張ることに集中する。
敵はいったい何人いるのか。
「ニ十人以上いるかも。さすがに二人ではキツイかな」
サーシャはいつになく弱気になったが、それでも負けるわけにはいかないと気合を入れた。




