神殿 9
レオンは、ダイビンを連行した後、孤児院の職員を院長室に呼び集めた。
職員は全部で二十名。勤務が交代制とはいえ、十五人ほどが定員とおもわれる孤児院にしては、ずいぶんと手厚いらしい。
むろんデイバーにある孤児院だから、安全面に気を付けてと言うことも考えられる。
だが、食事や掃除の担当は、四名ほどで回しているらしい。
書類仕事をしていたのが三名。残りの十四名は教育係だそうだ。
全員男性なのは、デイバーの治安を考慮した結果と言われれば、納得できる。
だが、十四人もの教師がいると言うのは、孤児院としては普通ではない。
孤児の中には幼児もいることから、人手がいるのは理解できるが、それにしてもかなり手厚い教育をしている。
国の経営する孤児院は、万年人手不足と予算不足に悩んでいるのに、ずいぶんと羽振りのいい話だ。
「つまり、教師の担当は神殿からの出向、それ以外は院長が雇ったということか」
「はい」
副院長のロバスと言う男が答えた。
「教師は何を教えていた?」
「一般的常識ですが」
ロバスは緊張を隠せない様子で答える。
院長が連行されていったこともあって、かなり怯えているようだ。
「魔術の訓練は一般常識に入るのかね?」
「この施設にいる子供に関しては、そうだと思います」
ロバスは冷や汗をかいている。
「君はそう信じているのかね?」
レオンの言葉に、ロバスは頷く。
「魔力量の検査はどこでやっている?」
「こちらへ入る前に、神殿で行っております」
「なるほど」
神殿には、魔力を検査するための道具がそろっている。
そこに違法性はないし、院長が言ったように、暴走の危険を考えて、デイバーの孤児院に集めるのはある意味では理にかなっている。
「あの、すみません。我々、仕事がおしているので、手短に願えませんか?」
一人の男が手を挙げた。
「仕事?」
「お昼の用意をせねばなりません。子供たちが待っておりますので」
どうやら、厨房担当らしい。
「そうか。では、全員、名前を署名してから、仕事に戻ってくれていい。取り調べは一人ずつ行うことにする」
「殿下?」
あまりにもあっさりとしているレオンに驚いたサーシャだったが、取り調べで職員を集めていては、子供に目が届かなくなる。
レオンの許可を得て、職員たちは書類に署名をしてから部屋を出て行った。
職員が出て行くと親衛隊の隊員も出ていく。逃走などがないよう見張るためだ。
「院長を連行しても、きちんと従う時点である程度まともな施設だ」
職員たちがいなくなると、レオンはサーシャに向かって呟く。
「なるほど」
サーシャは頷いた。やましいことが明らかにあるようだったら、招集に応じず、逃げ出す可能性が高い。
「それに経営に怪しいところがあったとしても、子供が生活する場所だ。子供らをどうするか決まらぬうちに、職員を全員捕まえるわけにはいかない」
「……そうですね」
「まずは、魔術訓練をしていた人間が、本当に国家資格を持っているかどうかを調べねばな。まあ、おそらく持っているだろうが」
「持っていますか?」
サーシャは首を傾げる。
「神殿には、資格を持った人間が大勢いるし、訓練そのものが失敗するようなら困るだろう」
「それは、そうですね」
サーシャ自身、訓練を受けなかったせいで死にかけた経験があるため、訓練の大切さはよくわかっている。
魔力のある人間を指導するには、正しい知識がいるのだ。
「まだ塔に秘密で訓練したと決まった訳では無い」
「私は申請していない方に賭けても良いです」
孤児院で訓練をするのはかなり珍しい。同じ塔でもサーシャは部署違いだから聞いていなくても不思議はないが。
「平民でも強い魔力を保ち、魔術師として出世した人間はいくらでもいますが、これだけ手厚く長期間育てれば、何人かは噂になるはず」
「ふむ」
レオンは顎に手を当てた。
「今ここにいる子供の魔力量検査をするべきだな」
「確かにそこを偽装されている可能性がありますね」
仮に上級クラスの子供がいたとすれば、塔に登録されているはずだ。
「部下に検査道具を持ってくるように言って来よう」
そう言ってレオンは立ち上がる。
「少し出てくるが、アルカイド君はここで待っていればいい」
「待ちません」
レオンの気遣いにサーシャは首をふる。
「私は殿下の護衛ですから」
「そうだったな」
レオンは珍しく苦笑し、サーシャを伴って院長室を出た。




